青の街 9
休日の昼下がりの街中
蒼は、真唯佳の探し物の短剣を求めて、街中の環状線を車で走り抜けていたところ、急に緊迫した声で停車するよう指示する真唯佳。
困惑しつつ「そんな急に止まれないよ!」と言いながらも、蒼はすばやく判断してハンドルを切り、強引に車線変更して路肩に停車した。
真唯佳は、短剣を持っていると思しき、全身黒ずくめの人物を一瞬たりとも見失わないよう、警戒しながらも急いで車から飛び降り、怪しい人物を追いかけていった。
その影は速やかに地下鉄の入り口に吸い込まれるように消えていき、真唯佳も負けじとダッシュで後を追いかける。
地下鉄の入り口に向かって走る真唯佳の姿を見た彬は、彼女の身を案じ、車を降りて地下鉄の入り口へと近づく。
地下への階段を数段降りたところで、ようやく真唯佳を見つけるも、彼女は疲れた様子でため息をつきながら報告をする。
「多分あの人……クレイヴを持っていたけど、ダメだわ。地下でオーラが反響して、正確な位置が特定できなかった……」
彬は真唯佳の肩に手を置き、夕焼けが差し込む入り口から見える薄暗い地下の通路を一瞥する。
辺りはすでに茜色を帯びており、地下で反響するオーラをこれ以上追跡するのは危険と判断した。
「今日はここまでにしよう。追いかけるのは不毛だ。まずは戻って、作戦を練り直す必要がある。」
その提案に真唯佳も渋々頷き、二人は階段を上がって地上に戻る。
車内で待機していた蒼とセバスチャンは、二人の無事な様子を見て安堵の表情を浮かべた。
「……何があったの?見つかったの?」
と声をかける蒼に、「クレイヴを持っていたと思うんだけど、地下でオーラが乱れて、正確な位置を見失ったの。」と、がっかりとした声で返事をする真唯佳。
「……撤収しよう。これ以上ここでの捜索は無理がある。今日は一度君の自宅に戻ろう。」
と彬が言うと蒼は頷き、車を発進させる。街の夕景を背に、彼らは帰路についた。
――――――――――
帰宅すると、屋敷で待っていたマリナが心配そうに出迎え、少し安心した表情で「お帰りなさい」と微笑みかけてくれる。
その後、夕食を終えてリビングで夜の雑談を楽しむ一行。
テレビの画面には、軽妙なトーク番組が流れ、リラックスした雰囲気が広がっていた。
彬はビールを手にし、少しほろ酔いの蒼に話しかける。
「君は普段の生活ではオーラを消してるのか……あ、いや、失礼。僕たち上流貴族と違って、消すほどのオーラがないのかもしれないね。」
彬はビールを一口飲みながら、どこかからかうような口調で言った。
その言葉に、蒼はびしっと指を突きつけて反論する。
「しっつれーな!確かにお貴族様みたいな高貴な血統じゃねぇけどな、王家も一目置いた風水師の力を舐めるなよ。」
彬は苦笑しつつ、「それは失礼したね。」と軽く頭を下げる仕草を見せる。
蒼は肩をすくめつつ、ビールの残りを一気に飲み干すと、と真顔で語る。
「ちゃんとオーラは消してるさ。異世界人が人間界で暮らすなら、それがお作法ってもんだろ?そうしないと霊感が強い奴に絡まれて、面倒なことになるからな。」
彬はその説明に納得した様子で頷いた。「あぁ、そうか。お作法か。それを聞いて安心したよ。」
蒼は満足げにうなずき、「おうよ、任せとけ。この辺りは特別な結界を張ってあるから、多少気を緩めたって問題ないぜ。」と胸を張るように言った。
彬はその言葉に少し微笑みながら、「それは心強いね。君のような頼れる仲間がいると、本当に助かるよ。」と軽くビールを掲げて乾杯の仕草をする。
「おう、俺に任せとけ!」と蒼はビールを注いでもらって、軽くぶつけ合ったグラスの音が、和やかな空間に響いた。
二人が何やら楽しげに話しているのに気づき、真唯佳が「ねえ、明日どうしよう」と真剣に問うも、蒼はすでにビールを何本か空け、ほろ酔いでやや気の抜けた表情をしている。
目がとろんとし、ソファにゆったりともたれかかりながら彼は、「明日だけど、俺は仕事だから手伝えないよ。夕方遅くに帰宅するから、その時話を聞けるけど」と返す。
明らかに他人事として受け流すような口調で、蒼は真剣には考えていない様子だ。
真唯佳はため息をつきながら、神妙な面持ちで言う。
「神社や美術館のような場所に納められていると思っていたのに、まさか誰かが持ち歩いているとは……しかも、私に気づいている可能性があるなんて。
あの魔剣は、相当な魔力を持った者でないと扱えないはずなのに、非常に危険よ。」
彼女も一瞬緊張した表情を見せているが、性格上楽天的なためか、すぐに肩をすくめて、「ま、仕方ないか。とりあえず、明日も街をぶらぶらしてみようかしら」と雑なコメントで締めくくる。
策を練ることが苦手な彼女は、結局あまり有益なアイデアを出せずに終わる。
その様子を見ていた彬は、表情を引き締め、やや考え込むように口を開く。
「闇雲に動いても、効率が悪い。相手は何らかの意図があって、僕たちにあえて近づこうとしたのだろう。
しかし、僕らはまだ相手を特定できていない、か……」とぼそりと呟く。
その声には慎重さが滲んでおり、彬自身も感覚が鋭い分、ただ闇雲に動くことには抵抗を感じているようだ。
しかし、言葉を選びつつ考えを巡らせるものの、それ以上具体的な案は口に出さなかった。
真唯佳は彬の真剣な表情を見て、少し頼もしそうに微笑みを浮かべる。
蒼はやはり酔いも手伝ってか、適当な調子でテレビに目を戻し、「ま、なんとかなるって。夕方には帰ってくるし、困ったらその時また考えようぜ」と軽く言い放つ。
彬と真唯佳は一瞬顔を見合わせるも、夜も遅くなってきたこともあり、翌日に備えてそれぞれ寝る準備をすることにした。
――――――――――
翌朝 各務家のダイニングルーム
リビングダイニングには朝の澄んだ光が差し込み、しかしその場には重苦しい空気が漂っていた。
彬と真唯佳が向かい合い、険しいやり取りをしている。
「ダメと言ったらダメだ」と、彬は冷ややかな目で真唯佳を見つめ、容赦のない一言を放った。
「えー、いいじゃん、ちょっとぐらい、ケチ!」彼女は目を細め、わざと不満げに口を尖らせる。どこか小言のようにも聞こえるが、彼女の声には諦める様子がまるでなかった。
ドアの外からその言い合いを聞いていた蒼は、ため息をつきながらダイニングルームに足を踏み入れた。彼の顔には呆れの色が見て取れる。
「朝っぱらから夫婦喧嘩かよ、自分ちでやれよ」と蒼がぼやくと、真唯佳は少しバツが悪そうにしながらも口を開く。
「今日は蒼くん仕事でしょ?彬は図書館に行きたいんだって。でも、私も手がかりを掴むためにどこかに行きたいって言ったら、『家にいろ』の一点張りなのよ!」
「絶対にダメだ。今日は屋敷にいること」
彬は短く言い放ち、断固とした態度を崩さなかった。




