青の街 8
電気街でナンパにあった真唯佳
街中で知らない人に声をかけられたのがショックだったらしく、真唯佳が元気がなさそうなので、早めの昼にしようと彬は提案する。
近くにあったアジア風のカフェに入ると、そこは人気店らしく、カウンター席しか空いていない。
ただ、小さなライトが照らす奥まった席だったため、真唯佳が少しリラックスし始める。
席に着くと、「本日のお勧め」としてカップル向けのシェアプレートのメニューを見つけ、「いろんな料理を少しずつお楽しめるみたいだよ」と彼はさりげなく声をかける。
「ベトナム風生春巻き、タイ風鶏の炭火焼き、パッタイ、キムチチヂミ、四川風ピリ辛肉団子、小籠包だって」
彬が内容を読み上げると、「何それ、ちょっといろんな国を混ぜすぎじゃないの」と真唯佳が苦笑してツッコミを入れる。
しかし、楽しそうにメニューを見る彼女の声が、少し元気になっていた。
「僕らのように、短期滞在者には都合がいいんじゃない。いろんな店を回れるわけでもないから」と彬は返事をし、二人の会話が弾んできた。
その言葉に、真唯佳は一瞬考え込み、ふと懐かしむように小さく笑った。
「昔は、こんな料理をシェアするなんて想像もできなかったね」と真唯佳が呟くと、彬も穏やかな表情で微笑み、「そうだね。ファストフードか無難なファミレスか、せいぜいイタリアンか」と静かに答える。
「こうして静かに話せる時間も、悪くないでしょ」と彬が微笑むと、真唯佳も軽く頷き、彼の目をまっすぐに見つめた。
「確かに」と彼女は穏やかな声で答える。「民衆の目も護衛もいないのが新鮮。昔はこれが当たり前だったのにね。」
そう言いながら、彼女はふと視線をメニューに戻し「じゃあ、そのシェアプレート、頼んでみよう。」というので、店員にオーダーをする。
ランチが進むにつれ、真唯佳は自然と彬と時折手が触れる距離で、リラックスした笑顔を浮かべるようになった。
彼はその変化に嬉しさを感じ、互いに温かいひとときを共有することで、真唯佳がだんだんと恋人らしい雰囲気を纏っていくのを実感した。
店を出る頃には二人で手を繋ぎ、真唯佳もほのかに照れながら、その手を離さずに歩いた。
食事前に検討していたパソコンなどを手早く購入し、駅の方に行く途中、彬が声をかけられた気がして車道に視線を向ける。
彼のその視線の先で、黒い外車のSUVがゆっくりと進み、彼らのすぐそばで停車をし、その車内から蒼が二人に向けて手を振っていた。
つややかな黒のボディが午後の日差しに反射し、ドアハンドルやホイールは上質なメタリックシルバーで統一されており、高い車高と広いボディは一目で力強さを感じさせ、大型の外車特有の重厚感が漂っている。
「どんだけ買ってんだよ。まさに貴族のようにって感じだな」
蒼が愛車から降りながら呆れた顔で声をかける。
「滅多に買えないからね。つい。」
そう言いながら、彬はトランクに荷物を入れてもらい、真唯佳と二人で後部座席に座る。
車内は広々としたシートがゆったりと配置され、ブラックレザーのシートが乗る者の体をしっかりと包み込む。
「馬車と全然違う乗り心地ね。セバスチャンは、びっくりしたでしょ」
やっと知り合いだけの個室に安心したのか、真唯佳が助手席のセバスチャンに声をかけると、彼は戸惑いながら、はい……と、返事をする。
「見るもの全てが珍しいのもあるけど、車の中なのに人混みに酔ってるみたいだぜ」と蒼が彼をフォローをする。
真唯佳は彼の言葉に頷きながら、「セバスチャンのオリーブグリーンの髪色も、異国情緒漂って素敵だけど、結局変装せずに外に出ることにしたのね。」と軽く話題を変える。
「今時、街に行けばこれくらいの髪や瞳のやつなんているし、留学生か何かのフリしてればいいんじゃないの」と、蒼は軽い調子で返す。
「まあ確かにね。」真唯佳は思い出すように、ふと窓の外を見やった。
「さっき寄ったお店にも、似たような髪や瞳の人がいたわ。」
蒼はそれを聞いて「だろ?」と言いながら、「で、どっちの方に進もうか?リクエストはある?」とカーナビをいじりながら真唯佳に声をかける。
「蒼君の家よりは、反応が強いけど、……この辺りじゃないみたい。ちょっと通り過ぎている気がする」と彼女は曖昧な返事をする。
「なるほどね……郊外よりも街の中心にありそうだな、どちらかというと」と言いながら、蒼は地図を調整する。
「じゃあ、ここが環状線なんだけど、この通りに走って、最終的に街が見渡せる展望台に行くのは?まだ時間があるから、行きたい方向が定ったらそっちの方に変更するから言ってね」
そう言いながら、蒼はゆっくりとアクセルを踏んだ。
休日の昼下がりの環状線は、特に渋滞が起きておらず、蒼は、真唯佳の探し物の短剣を求めて、街中の環状線を車で走り抜ける。
助手席にはセバスチャンが、後部座席には彬と真唯佳が乗り、各々が鋭敏に魔剣の気配を探っている。
蒼の家がある環状線の北側に近づくと、真唯佳は首をかしげ、「このあたりでは魔剣の気配が薄いわ」とつぶやく。
車が南側の繁華街や電気街へ進むと、真唯佳はさらに集中し、感覚を研ぎ澄ませるが、「ここではない」と断言する。
蒼は環状線内側の中心地に向かい、真唯佳の指示でどんどん進むが、不思議なことに、進めば進むほど魔剣の気配は遠のくように感じられる。眉をひそめた真唯佳が、ふと気づいたように声を上げた。
「わかったわ。……魔剣は動いているの。何かの中にあるか、誰かが持ち運んでいるのかもしれない……」と考え込むと、次の瞬間、彼女は緊張を含んだ声で叫ぶ。「違う、近づいてきている!」
「僕も、少し感じます。」とセバスチャンが答える。彼も魔剣の気配に敏感で、何かが迫りつつあることを察知していた。
車が環状線の東側にさしかかると、ふと後部座席のスモークガラス越しに視線を感じ、振り返る真唯佳。
その先には、通行人に紛れてこちらをじっと見つめる人影があった。
女優帽のようにつばの広い帽子を深く被り、顔ははっきりと見えないので男性とも女性とも見分けのつかない、真っ黒のコートに黒いズボンを履いた人物の視線は鋭く、まるで真唯佳を標的に定めたかのように突き刺さる。
「ここで止めて!あの人よ!」と緊迫した声で指示する真唯佳。
「そんな急に止まれないよ!」と言いながらも、蒼は困惑しつつも、すばやく判断してハンドルを切り、強引に車線変更して路肩に停車した。
真唯佳は視線の主を一瞬たりとも見失わないよう、警戒しながらも急いで車から飛び降り、怪しい人物を追いかけていった。




