青の街 7
翌日 街の電気街
彬は、最新の電子機器を調達したかったので、午前中は真唯佳と二人でショッピングをしている。
蒼は、午前中届くはずのベッドの組み立てで外出できないといい、もう一人男手があると助かるというので、セバスチャンも彼と一緒に行動することになった。
電車で街に着くと、真唯佳は不慣れな人混みを避けるように少し距離を取り、歩くペースも彬に合わせずにゆっくりと進んでいた。
しかも久しぶりの繁華街なので、少しキョロキョロして危なっかしい。
彬は、さりげなく彼女に歩み寄り、そっと真唯佳の肩に手を回そうとしたが、彼女にその手をさりげなく振り払われてしまった。
現在生活しているグリーンフレードム国では、外出時は常に護衛が見守って、民衆も目もあるので、真唯佳は彬と手を繋ぐことすらしない。後宮内や馬車などの、外部の目が遮断されたところでしか、近づいてくれない。
「今は公務のような人目もない。少しリラックスしてもいいんじゃない?」
彬は少し戸惑いながらも、自分の後ろをついて歩く真唯佳に、振り返りながら、距離を縮めたい気持ちを隠さずに伝える。
彼女は、彬と間を空けているのは無意識ではなかったようで、相変わらず一定の距離を保ちながら話す。
「でも……、夫婦で日本で外に出るのはこれが初めてで、二人でそんな風に歩いたことないし、万が一昔の知り合いに出会ったらどうしようって思うと少し抵抗があって」と彼女が視線を逸らしながら言う。
彬は内心で「朝は蒼とあれだけ親しげにしていたのに……」と不満を感じる。
今朝、彬が目覚めてリビングに行くと、目に飛び込んできたのは、真唯佳と蒼が並んでソファーに座り、一つの冊子を熱心に眺めている光景だった。
どうやら、新しくベッドが入る部屋のインテリアを二人で考えていたらしい。
二人は肩が触れるほど近くに座っており、時折笑い声が上がっている。
彬はその親密な様子に思わずムッとして、咳払いしながら二人に近づき、「蒼、ちょっと距離が近いんじゃないか」と声をかけた。
それを聞いた彼は、「へーへー、失礼しやした」と煙たそうに返事をし、どこか悪びれない様子。
真唯佳はそんな蒼に微笑みかけ、冊子をパタンと閉じると立ち上がる。
彼女は「あら、おはよう。昨日はゆっくり寝れた?」と彬に声をかけながら、「朝ごはんの準備、手伝うわ」と言ってキッチンに入ったので、真唯佳と彬の距離は昨夜のリビングで喋って以来、空いたままだ。
「今朝の蒼と君の距離の方が、今の僕らより近かったように思うけど」と言うと、真唯佳は目をぱちぱちと瞬かせ、あっけらかんとした笑顔で応えた。
「そんなに近くなかったわよ。ヤキモチを焼かないで」
彼女の無邪気な返答に、彬は少し唖然としながらも苦笑した。
せっかく、プライベートで真唯佳と二人で過ごせる時間に心を躍らせていたのに、ちょっと残念な気もしながら、でも二人きりには違いはない。
こんなところで余計に雰囲気を悪化させても仕方がないので、「迷子にならないように、ついてきてね」と彼女に言い、彬のお目当ての店を何店舗か回る。
人ごみの中を歩いていた彬は、ふと後ろを見やって真唯佳がいないことに気づき、周囲を見渡した。
少し遠くで、彼女は流行りの服装をした二人組の若い男性に囲まれている。
髪を明るく染め、軽薄な雰囲気を漂わせた彼らは、口々に真唯佳に話しかけているが、彼女は困惑したようにわずかに眉をひそめるも、断りきれない様子だ。
「お姉さん、綺麗だね!一人?ちょっとお茶でもどう?」
明るいブロンドに染めたショートヘアで、薄い口ひげが特徴的で明るい色のTシャツに、ジーンズを合わせた男が声をかける。
軽い調子で話しかけてくる彼に、真唯佳は柔らかいが少し冷静な口調で「いえ、今はちょっと……」と返そうとするものの、相手は引き下がる気配を見せない。
もう片方の、やや長めの金髪のウルフカットで幼さの残る顔立ちで、黒のタンクトップにカーゴパンツを合わせている男性も、明るく声をかける。
「こっちにいい場所あるの知ってるからさ。楽しい話、聞かせてあげるよ!」
真唯佳は、なるべく穏やかに断ろうと微笑を作って答えているが、その仕草には少し疲れた様子も混じっていた。
男性たちの雰囲気には、どこか異様なものがあった。
口髭の男が、少し口元に笑みを浮かべながら近づき、低い声で真唯佳に語りかける。
「君さ、興味あるだろ?もっと深い話、知りたくない?」
「今日はいい日だからさ、特別に案内するよ。新しい体験、試してみない?」
と、もう一人の男は、さらに彼女の肩に軽く手を置こうとし、明らかに距離が近づきすぎている。
真唯佳は不審に感じ、思わず後ずさりをするが、男性たちは彼女を囲むようにさらに近寄る。
「ちょっとした飲み物とかもあるからさ、気軽にどう?」と口髭の男が言うと、「やり方も全部教えてあげるから、何も心配ないよ。ね、ちょっとだけでいいからさ。」とウルフカットの男性も畳み掛けるように語りかける。
不気味な熱意を感じさせる言葉と、彼らの鋭い目つきに、真唯佳の表情には、不安が浮かんでいた。
男性たちは口々に彼女を引き込もうとし、周囲の視線も気にせずに声をかけ続けていた。
彬が彼らに近づくと、ウルフカットの青年が彼に気づき、もう一人に軽く肘で合図を送る。
彼らは、彬の優雅で落ち着いた佇まいに気後れするどころか、逆に気にせず、薄笑いを浮かべながら話しかけてきた。
「おい、おっさん、悪いけどさ、俺たちが先にこの子に声かけてたんだよね?」と口髭の青年が挑発的にいうと、もう一人もそれに続いて声をかける。
「そうそう、おじさん、邪魔しないでよ。せっかく楽しく話してたんだからさ」
真唯佳は、ますます困惑した表情で彬の方を見るが、彬は冷静なまま若者たちを見下ろし、ゆるやかに微笑みを浮かべて話しかける。
「邪魔をしているつもりはないよ。ただ、彼女は僕の連れでね。さ、行くよ」
そう言いながら、彬が左手を彼女に手を差しのべると、彼女はわざとナンパの若者にお揃いの指輪が見えるように手を重ね、夫の方に行く。
その動作で、男たちは既婚者に声をかけた事に気づき、さすがに空気を読んだのか、少し照れ笑いを浮かべながら一人ずつその場を去って行った。
彬は軽くため息をつきつつ、真唯佳に視線を向け、「ほら、離れてると、また知らない人に声をかけられるよ」と声をかける。
彼女は少し気まずそうに微笑むばかり。
「だけど、ひっついて歩いてると、歩きにくいでしょ。色々見てまわりたそうだし」
と、言い訳のように口にした彼女に、彬は少し首を傾げて答える。
「そんな事ないよ。一緒に歩きたい」
そういうと、真唯佳はちょっと考えて、今度は彬の左腕にしがみつくようにして歩き出す。
街中で知らない人に声をかけられるのが初めてで、よっぽどショックだったらしく、彼女は落ち込んだようにしょんぼりしていた。




