青の街 5
蒼の屋敷内 客間
客間の静かな夜、彬とセバスチャンはそれぞれのベッドに入っていた。
静まり返った部屋で国王と二人きりという状況に、セバスチャンは自分が緊張しているのを感じる。
物静かな青年ではあるが、彬の存在は圧倒的で、目の前にいるだけでセバスチャンの心臓が早鐘のように鼓動していた。こうして一対一で向き合うのは初めてだ。
彬が微かに動くたびに、セバスチャンは自分の緊張を悟られないよう、静かに息を整えようとした。
しかし、頭の中で無数の思考が交錯する中、つい目が彬のほうへと向いてしまう。
「こんな自分を、陛下はどう見ているのだろうか」と、彼は自問せずにはいられなかった。
そんな彼の雰囲気を察して、彬は、ふと天井を見上げたあと、心のどこかに浮かんだ感慨を話し始めた。
「異世界をこう移動していては、ベッドに慣れるのも大変だね。君の疲れがしっかり取れればいいのだけど」
セバスチャンは、思わず肩を上げ、緊張を隠そうと小さく微笑んだ。「陛下は、大丈夫なのですか?」
「僕は、勝手知ったるところを転々としているだけだからね。」
彬の瞳には、懐かしい思いが浮かんでいるようだった。
「僕の故郷はともかく、日本は随分違って、さぞかし驚いただろう」
「はい、調理器具も、俺の家にないものばかりでしたし、あのテレビやパソコンというものも、どういう仕組みか全く理解できず……」
セバスチャンは、家電の数々に戸惑ったことを思い出し、少し頬を緩めた。
「慣れるには少し時間がかかるだろうね。未知のものが多い場所で、さぞかし気が張ることだろう」と、彬はささやくように優しく言った。
セバスチャンは一瞬、返答に詰まり、少し視線を外してから口を開いた。
「お二人が同じ部屋になってしまいましたね。僕と一緒で申し訳ありません」
彬は小さく肩をすくめ、ふっと笑った。
「積もる話もあるだろうに、二人ともいい大人なのだから、当時の想いが再燃……ってこともないだろう」
二人は視線を合わせないまま、ふと心の奥を探るように一瞬黙り込んだ。
柔らかな空気が流れ、彬は過去に目を向けながら語り始めた。
「蒼は、親の仇を討つと誓って王家に反旗を翻していたが、それは誤解だったんだ。
事件後、一生監獄にいる可能性があったが、当事者の一人である僕が彼の無罪を主張し、蒼は釈放された。
あの一連の出来事で、彼は家族を失い天涯孤独となった。
ただ、元々王家に縁が深いので、当時の皇太子に後見人になってもらったんだ」
彬の目が床の一点を見つめる。
「親の仇と自分の恋心、彼の中で葛藤があったんじゃないかな。ああいう性格だから表には出さないけど」
その言葉の温かさに、セバスチャンはかすかな尊敬の念を抱いた。
彬の真唯佳に対する想い、そして自分とは異なる道を歩んできた蒼への理解——その包容力が、彬の人柄を物語っていた。
「あの二人は、いつか仲直りしてほしいと願っていた。
しかし、人間界での対立を最後に、話す機会がなかったとはいえ、一つの布団に入って語り合わなくてもいいとは思うけど」
彬が、真唯佳や蒼の関係について話す際に見せる微妙な表情に、彼の複雑な心情を窺わせる。
「真唯佳様は男性に人気があるんですね。こんなに競争が激しいなんて思いませんでした」
セバスチャンが照れ隠しに口にすると、彬は微かに笑みを浮かべた瞬間、しまったと思った。
人妻であることは重々承知しているが、それでも彼自身が密かに真唯佳に思いを寄せていることが、バレてしまうのではないかと内心焦る。
この気まずい雰囲気を打破しようと、セバスチャンは他の話題を探し始めた。
「サヤさんから、お二人は出会った当初はそんなに仲が良くなかったと聞きました。以前、幼馴染と仰っていたので、その頃から相思相愛だと思ってました。」
それを聞いて、彬は少し驚いたように眉をひそめ、「そんな話をしたのか。僕の幼馴染はパトリックだよ」と冷静に訂正した。
セバスチャンは思わず目を丸くし、赤面しながら「俺の勘違いでした」と答える。
「あの、その話の流れから、陛下は真唯佳様に対して「任務を続行しているのでは」と仰ったのですが……。陛下は、お辛い立場なのではないか、とも。」
彬はその言葉に、少し目を細めながら、「そういえば、君は「あの場所」にいたんだったな」と言った。
侍従長のジョナサンが偽国王の騒動を起こした時に、彬は真唯佳の半生を説明したが、その場所にセバスチャンはいたので、彼女の生い立ちについて多少の理解があった。
彬の声には過去の記憶が垣間見える。
続けて、「その時に言ったように、君が日々接している王妃は、僕が後天的に創造した人格だ」と言い、再びセバスチャンを見つめた。
彬は突然、「君は彼女のこと、好きなんだろ」とセバスチャンに話を振り、彼は驚愕し、思わず赤面した。
陛下は気づいていたのかと思うと、セバスチャンは一瞬パニックになり、どう返事をすればいいのか分からず、無言になってしまった。
好きな人の夫にバレる方が、本人に知られるよりも恥ずかしいかもしれないという思いが、頭を巡った。
「君のライバルは多いぞ。それこそ、蒼みたいに積極的に攻めないと」とニヤリと笑いながら彬は続ける。
セバスチャンは心の中で驚きながらも、シリアスにならなくて少し安心感を覚える。
彬は、「実際、彼女は非常にモテる。見た目が若いから余計にね。舞踏会でも、彼女と踊ろうと必死な貴族が多数いる」と付け加える。
セバスチャンは一瞬戸惑いながらも、「王妃様は本当に魅力的ですから」と同意する。
ふと真顔に戻り、過去を思い出しながら彬は話す。
「過去に、後宮にもう一人、妃を迎えようとしたことがあってね。その女性を見極めるために、僕がその人に時間を割いていたら、王妃に一人の時間ができてしまい、そんな彼女に急接近する者が現れて……」
彬はさらに、「が、彼女は最後の最後で気を許さなかった。僕にでさえ、未だにそういう面がある」と言い、セバスチャンは驚いて「え?」と声を上げた。
彬は深く息を吐き、続けた。「それは、幼い頃に親から愛情を受けなかったから、自己肯定感が恐ろしく低いせいもあるし、そもそも彼女の本来の性格が影響しているのかもしれない。」
「幼い頃は内気な方だと伺いました」とセバスチャンは思い出すように言う。
「そうだね。それが本来の彼女だ。10年以上彼女とは話していない」と彬が告げると、本当の真唯佳はどういう方なのだろうとセバスチャンの心はざわめいた。
「君が知りたいのは、僕の任務のことだったね。サヤが考えている、当初の騎士のものと多少変わったのだけど、そのことを知っているのは非常に限られている。
僕と、パトリック、そして本来の彼女。」
急に話を切り替えて、彬は静かに続けた。
「本人含め、事情を知る誰もが感じているのは、今はまだ『その時』ではないということ。だから、僕がその任務の詳細を口にすることもない。」
セバスチャンはその言葉を噛み締めながら聞いていた。
彬はさらに言った。「ただ、サヤの疑問に答えるなら、この状態が、一番僕にとって心的負担が少ない、ということだ。
だから彼女のそばにいる。まぁ、アテナエルが彼女の中に入り込んだのは想定外だったけど」と、最後に少し冗談めかして言った。
セバスチャンはその言葉に、彼の心の重さと同時に、真唯佳への思いを抱えたままの苦悩を感じ取るのだった。
そして、アテナエルの名前を聞いた途端、以前、「死神」の能力者のアナスタシアから聞いた話をふと思い出した。
真唯佳本人にどう聞けばいいかわからなかったが、彬なら何かヒントをくれるのではないかと思い立ち、セバスチャンは慎重に言葉を選びながら言った。
「アテナエルは正しいことをしているのでしょうか。僕らは、良いことをしていると思って、大臣たちと戦っているのですが。」




