青の街 3
探し物を求めて緑の世界から青の世界に来たマディラ達
「魔剣を探していて、特殊な効果を発揮するために人の血を吸う。この街にあるわ」
マディラが感じた奇妙な気配、そして誰かに呼ばれるような感覚が、この世界に来てから、今もずっと感じている。
マディラは小さくため息をつき、「だけど、気配がぼやけていて正確な位置がわからないのよ」と不安げな顔で言う。
彼女の言葉に、ジュリアンは何かを決意したように頷き、「この世界にあると確定しているなら、話は早い。あとは街に出て、もう少し捜索範囲を絞れば見つかるかもしれない」と冷静に話した。
それを聞いて蒼が少し笑い、「今日はもう遅いし、あんまり大したことはできないけど……」とためらいながらも、「明日の午前中は用事があるけど、午後なら付き合える。車を出したほうがいいだろ」と軽い調子で提案する。
マディラは、ほっとしたように微笑んで「ありがとう」と礼を言った。
穏やかな空気が流れる中、それぞれが翌日の探索に向けて思いを巡らせていた。
この世界で何をすればいいかわかってちょっと安心したのか、マディラが手洗いに、付き添いのマリナと部屋を出た途端、重い沈黙が室内に漂った。
彼女がいない間に、とジュリアンはセバスチャンに視線を向け、静かに切り出した。
ジュリアンは背筋を伸ばし、目線を逸らすことなく語り始める。
「セブは、いきなりこんな状況になって、訳がわからないよね。ここは、他の世界に比べて技術が発達しているから、びっくりしないようにね」と言いながら、部屋の壁際に取り付けられた照明を指さす。
「例えば、この部屋の明かりは電気で点いてるんだ。我が国にはない技術だよ」
その話に、青年は目を見開き、見慣れない光源をまじまじと見つめた。
「そうなのですね……」と返事はするものの、彼にとってはまだ実感が湧かない様子だった。
彼が普段使い慣れているのは、火を灯したランプや燭台で、こうして照明からまばゆい光が降り注ぐのは初めての経験だったからだ。
ジュリアンが続けて「あと、この世界というより、この地域独特の文化がある。人々の名前も僕らには珍しい響きのものが多いんだ。たとえば、彼も本名はサロモンだけど、この世界では蒼として馴染んでいる」と説明した。
蒼がにっと笑って「そういうわけで、よろしく!」と茶目っ気たっぷりに指で自分を指さしてみせる。
さらにジュリアンは、自分の名前についても触れた。
「僕はここでは彬と名乗っていた。そしてマディラも、この世界では真唯佳と呼ばれている」
その名を聞いた瞬間、セバスチャンの胸に何かが蘇った。
「……まゆか?」
彼は小さな声で呟き、ぼんやりと彼女に初めて会った時、身分を隠すために「マユカ」と名乗っていたことをふと思い出し、懐かしさとともに驚きが胸に広がる。
彼の頭の中に、あの親しみやすい微笑みで「マユカ」と名乗ってくれた彼女の姿が、まざまざと蘇った。
「それから、マディラ……響きに慣れるために、真唯佳と呼ぼうか、彼女の前ではあまり話せないことだけど……」と、彬は慎重に言葉を選びながら続けた。
「かつて、蒼が真唯佳を騙し、裏切ったことがある。その件で、僕と蒼は対立し、剣を交えたんだ。
正確には、彼は反乱組織の一味だったというだけで、僕と直接戦ったわけではないけど」
それを聞いたセバスチャンは驚きを隠せず、目を見開き、ちらりと蒼に視線を投げた。
蒼は少しも動じる様子もなく、むしろ口元に薄い笑みを浮かべて、彼は重い空気を破るかのように肩をすくめ、「そうだな、仕方のないことだったさ」と、あっさりと認めた。
「でも、彼女は……今、そのことをどう思っているのか、お前は知っているのか?」と蒼が彬に問いかける。その口調は軽いようでいて、どこか切実な響きを含んでいた。
彬は一瞬、瞳を伏せ、何かを思い返すようにしてから、ゆっくりと顔を上げて言った。
「彼女は一時、その記憶を自分で封じ込めていたんだ。あの出来事が、彼女にとってどれだけ辛かったか……でも数年後、その記憶が戻ってきた。
とはいえ、当時のことを、どう気持ちの整理をしているかまでは、確かめていない」
その言葉に、蒼の表情がわずかに曇った。
彼は何かを言いかけるも、そのまま口を閉じ、遠くを見つめるように視線を逸らす。
セバスチャンは緊張した空気に押され、声を出せないでいたが、ようやく勇気を振り絞り、小声で問いかけた。
「……もしかして、その時の戦いの場所って……?」
彬は一瞬視線を遠くに向け、ゆっくりと頷いた。
「そうだ。まさにこの場所で、僕たちは互いの信念のために対立した」と彼は言い、部屋の壁にある古びた装飾や、かすかな傷跡のようなものに視線を向ける。
彼の目には、過去の光景が蘇っているかのようだった。
「僕は真唯佳のために、彼も自分の譲れないもののために戦っていたんだ」
一瞬、彬の瞳に寂しさが宿るが、すぐにその表情は穏やかさを取り戻す。
「僕の推測だけど、先ほど廊下で彼女がためらっていたのは、一瞬そのことを思い出したんだと思う」と彼は静かに続けた。
その言葉に、セバスチャンもまた真唯佳の表情を思い浮かべる。
どこか不安げに立ち止まり、廊下の薄暗い影の中でわずかに戸惑っていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
彬は、椅子に身を預けながら、少しだけ肩の力を抜いたようだった。
「だけど先ほど、僕と彼は当時の確執を気にすることなく普通に会話をした。
今の彼女の様子では、当時のことを気にしている風でもなかったから、おそらく問題ないと思う。
でも念のために、君にも話しておいた方がいいと思ってね」
セバスチャンは、静かに頷き、彬の言葉の重みを噛みしめながら視線を床に落とす。
セバスチャンが彬の瞳に宿る複雑な感情を感じ取ろうとしていると、部屋の外から真唯佳の足音が近づいてくるのが聞こえた。
その音に気づいた瞬間、蒼は表情を明るく変え、何事もなかったかのように笑顔を浮かべた。
彬もまた、感情を引き締めるように軽く息を吐き、普段通りの柔和な表情を取り戻した。
やがて真唯佳が部屋に入り、何も知らない様子で「どうかしたの?」と首を傾げて尋ねる。
彬は、何気ない様子で彼女に向かい「いや、ちょっと昔話をしていただけさ。ここにいる間は、昔の名前で通したほうがいいんじゃないかと思うんだけど、どう思う」と優しく微笑む。
「え、そうね。いいんじゃない」と、昔のことを気にしていないのか、真唯佳は軽いノリで答える。
蒼もまた、いつも通りの軽口をたたき始め、部屋には再び穏やかな空気が戻った。




