青の街 1
日本のとある街 深夜の公園
夜の公園は静まり返り、街灯がぽつぽつと照らす歩道は薄暗い影に包まれている。
あるフードを被った人物が、古びたベンチに座っていた。
フードの下から覗く目は鋭く、片手で静かに何かを撫でている。
手の下には奇妙に揺れる「頭」のような物体があり、それは小さな人形のようでもあり、薄気味悪い生き物のようにも見えた。
その人物は低い声で囁きかける。
「もうすぐ獲物が来るよ、いい子だね。もう少し我慢して……」
その言葉に応えるように、撫でられた頭は小さく震える。
一方、公園の入り口からは、大学生くらいの年頃の、ラガーマンのような大男がふらふらと歩いてくる。
彼はほろ酔い加減で、足取りが不安定だ。
ジャケットのフードを引っかけ、少し寒そうに肩を丸めながら携帯端末を見つめている。
音楽を聴いているのだろうか?
時折鼻歌を漏らし、楽しそうな顔で端末を片手に、公園の歩道を横切ろうとしていた。
片手にはコンビニ袋をぶら下げており、袋の中には新しく買い足した缶ビールが揺れている。
満足げに鼻を鳴らしながら、早く家に帰って続きを楽しもうと気分よく歩いていたが、急に目の前に現れた人物に気づくことなく、そのままドンっとぶつかってしまった。
大男は、驚いた表情を浮かべてしばらくフードの人物を見るも、酔いのせいで反応が遅れ、ふらつきながらも何とか体勢を整えようとしたが、力が抜けてそのまま崩れ落ちるように地面に倒れ込んでしまう。
地面に転がる缶ビールの音が静かな公園に響き、フードを被った人物は冷ややかにその様子を見下ろしながら、手元の頭のような丸いものを再び撫でていた。
――――――――――
赤の世界からの移動を終えた3人は、ふと息をついた瞬間、薄暗い石造りの部屋に立っていた。
冷たい空気が肌を刺し、移動の余韻が体の中に微かに残っている。
壁は分厚い石で組まれ、苔の匂いがわずかに漂っている。
灯りもなく、窓もないその地下室は、赤の世界と青の世界の境界線を保つかのように無機質で、ひんやりとした静けさが漂っていた。
ジュリアンが一歩前に出て、部屋の中を見回す。
彼の肩下まであった濃紺の髪の毛が黒に近い焦茶に変わっており、前髪は眉のすぐ上まで垂れているが、全体的に中くらいの長さのショートになっていた。
濃い緑色の瞳も、髪と同様の色合いとなっていた。
その姿を見て、マディラはギュッと胸が締め付けられる感覚に襲われ、厳しい顔つきになる。
先日見かけた、息子のフレデリックを思い出してしまったのだ。
ジュリアンは、マディラの視線に気付き、「どうしたの?」といって、彼女の顔を覗き込む。
そのマディラも、波打つようなエメラルドグリーンの髪が、長さはそのままにストレートの黒髪に、瞳も黒に近い茶色に変わっていた。
「あ……、いや、何でもない」と呟き、彼から目をそらす。
「多分、扉をくぐる前に何か言おうと思ったけど、忘れちゃった。きっと、大した話じゃないのよ」
と、彼女はなんとなく言葉を濁した。
「そうか……ちょっと今日は色々あって、疲れたのかもね。ここではゆっくり休めると思う」とジュリアンは妻を気遣う。
「君は大丈夫?」と言いながら、セバスチャンを見るジュリアン。
「あ、はい、俺は大丈夫です」と答える彼の外見は特に変化がない。
マディラは、セバスチャンの方を向いたジュリアンの横顔を見て、やっぱり息子とは違うなと思った。
ジュリアンは30に近いので、顔の輪郭がシャープで、目の印象が落ち着いた感じがし、洗練された印象が強い。
フレデリックはまだ10代なので、顔の輪郭は丸みがあり、目が大きくぱっちりとして見えた。あどけなさの残る顔立ちで、ジュリアンに比べると童顔と表現してもいい。
何といっても、息子は肌が透き通るように白かったが、目の前の彼は、日本人として違和感がない肌の色調だ。
ジュリアンは慎重に周囲を確認しながらも、どこか余裕のある表情をしており、異質な空間に慣れた様子で、頼もしさを感じる。
部屋には、他には何も置かれておらず、ただ彼らを人間界へ送り届けるための場所として、静かに存在しているようだった。
ジュリアンが深呼吸をし、ゆっくりと出口へと向かい始める。
あ——
ジュリアンが出口の扉に手をかけ、隙間ができた瞬間、マディラはただならぬ気配を感じる。
しかし扉が完全に開いた瞬間、暗がりから何かが素早く飛び出してきて、勢いよくマディラに抱きつき、彼女が感じた不思議な気配を掻き消す。
「——真唯佳ちゃん、この瞬間を待ってたんだよ!もう離さないっ!」
そう叫んだ次の瞬間、飛びついてきた本人は少し違和感を覚え、顔を上げてみる。
抱きついた相手がお目当ての人物ではなかったことに気付き、驚いた表情を浮かべた。
よく見ると、彼はマディラではなくジュリアンの体に勢いよく抱きついていた。
「……なんだよ、お前か!俺に会いたくてたまらなかったってわけ?間に割り込むなよ!」
そう言いながら、彼は軽やかに後ろに飛び退き、照れ隠しにふっと鼻を鳴らした。
飛びついた人物は、ジュリアンと同じぐらいの年頃の、長身で涼しげな顔立ちで、大きめの目が印象的な青年、各務蒼だ。
彼はマディラとジュリアンの共通の友人で、特にマディラに惚れ込んでいる。
ジュリアンは少し呆れた顔で蒼を見つめ、「君は相変わらずだな……」と呟く。
その言葉に、蒼は悪びれもせずに肩をすくめて、にっこりと微笑む。
殺気に気づいて思わずジュリアンの後ろに隠れていたマディラが、「……蒼君?」と、夫の背後からそっと顔を出し、驚いた様子で小さな声を漏らした。
「まさか、この世界の扉番って——」
「そそ、俺だよ、俺!」
蒼は満面の笑みを浮かべ、自分の胸を指さす。
「お前らがこの世界に来るって知った瞬間から、準備万端で待ってたんだぜ!」
彼の顔からは嬉しさが溢れ、口元が得意げに持ち上がる。
マディラは一瞬あきれたように彼を見つめながらも、再会にどこか安心した様子を見せる。
「ま、立ち話もなんだから、上行こーぜ!」と、蒼は振り返り、3人に大きな手振りで先を促す。
マディラとジュリアンは目を合わせ、やれやれと苦笑を浮かべつつ、再び訪れた異世界に少しの期待と不安を抱きながら、蒼の後を追って歩き出した。




