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赤の国 8

ニーベル領内 サクラリス山脈のカラパタポイント


ジュリアンとセバスチャンは、標高5000メートル以上のポイントにいるが、ここの気温は10度を下回っている。

陸軍施設で氷塊翁に挨拶をし、厚手のコートを借りた。

昨日から高山病対策の薬を服用しているものの、長時間滞在していると体調が悪くなるので、30分程度で撤収する予定だ。

氷塊翁曰く、その程度の滞在であれば気候は穏やかで問題ないとのこと。


本来、世界の裏側にいるマディラとジュリアンは、思念波や瞬間移動を使うには遠すぎるが、二人は気を増幅させる一対の特殊な輪を頭にはめており、目を閉じれば相手の見ている風景が脳裏に浮かぶようになっている。

慎重にやり取りをしながら術の行使を進める。


赤の世界の真反対、ジャンクワ山脈にいるマディラも、今のところ順調にお目当てのポイントに移動していた。

パトリックから借りた、気を増幅させる1メートルほどの長さの杖を地面に立て、彼女の呼吸が徐々に深くなり、静寂の中で体全体で集中していく。

赤の世界全体のエネルギーの流れを感じとり、深い呼吸とともに、彼女の内側から光の流れが広がる。

次第に両手から杖のトップに嵌め込まれている特殊な宝石に気が注ぎ込まれ、それが明るく輝き始め、彼女の気が杖を通じて世界に放たれていく。


「——セブ、マディラが術を行使し始めたので、そろそろ彼女の気がこちらに到達すると思う」

目を閉じて、マディラの様子を感じ取っていたジュリアンが、彼にそう話しかける。


それを聞いたセバスチャンも、マディラと同じように、借りた杖を地面に立てて瞑想を始める。

彼は、自分の気を発信することでマディラに正確な位置を知らせ、その方向に向けて彼女に気を拡散してもらう。

「あ、これですね……、マディラ様の気配を感じます。多分、全世界に王妃様の出すエネルギーの膜が張られている状況です。」


その波は地上のあらゆる場所を漂い始める。

「セブ、もう少し君の気を放出してあげて。ちょっと彼女が苦しそうだ」

ジュリアンが、目を閉じながらそう彼に指示を出す。

彼女の見ている世界がぼやけてきており、どうやら力を急に使いすぎて目が霞んでいるようだ。

「はい……」

そう返事をしながら、セバスチャンは1段階深い瞑想状態に入るが、彼の技量では彼女を支えるには限界があった。

もしもジュリアンが相手役を務めれば、彼女の負担はもっと軽くなるが、アテナエルの気を捕まえるには、彼女の能力で目覚めさせられたトーラーであるセバスチャンの方が、相性が良いらしい。


10分以上経過しただろうか。

(ないみたい。時間制限いっぱいだわ。)

そう、マディラの声がジュリアンに届いたので、セバスチャンに瞑想を終わらせるように告げる。



――――――――――



ジャンクワ山脈


半袖のチュニックドレス一枚で術を行使していたマディラが、瞑想を打ち切ってその場で座り込んでいた。

上着を着ていないのに、全身にじんわりと汗をかいているのを感じる。

ここから見える景色は、巨大樹エルニドから国全体を見渡すのと違い、まるで別世界のように広がる荒涼とした大地。

天気は穏やかだが、太陽が鋭く照りつけ、空は高く澄み渡った深い青色をしており、空気は透き通るように乾燥している。

大気が薄いため、遠くの山々までもくっきりと見渡せ、険しい山脈がごつごつとそびえ立つ様子が印象的だ。


足元には粗い砂利や岩肌が広がり、場所によっては少し雪が残っていたり、氷が薄く張っている。

強い日差しが雪や氷に反射し、赤く輝きながらも周囲にはひんやりとした冷気が漂う。

その場にいるだけで心が澄みわたるような、自然の圧倒的な力が感じられた。

彼女の体は疲れが蓄積して重く、手足は感覚が麻痺しており、視界が時折ぼやける。

一度目を閉じて再び開けたその時。

目の前に色鮮やかなマントが視界に入った。


——まずい

クエチャ族の見回りだ。

遠く100メートル先、褐色の肌に民族衣装をまとった攻撃的な部族の3人組が、荒々しい眼差しでこちらを睨み、槍を構えてダッシュしてくるのが見えた。

彼らは無言で地面を駆け、足音も立てずに接近してくる。

マディラは彼らの眼光の鋭さと、容赦ない攻撃性に気圧される。周囲には遮るものも隠れるものもなく、逃げ場はない。


重い鉛のような体を、無理に持ち上げるようにして彼女は立ち上がり、持っていた杖に力を込めて構えるが、力が抜けた腕はおぼつかず、敵が一気に迫るのを止めることはできない。

部族の一人が彼女の背後に回り込み、鈍い打撃音とともに杖がふっと空を切り、マディラの体が前に崩れるように傾く。

そのまま彼女は崖の縁を越え、ゆっくりと岩肌を滑るようにして下へと消えていった——



――――――――――



「マディラッ!」

カラパタの陸軍施設内でコートを返却し、やはり体力を消耗して座り込んでいたセバスチャンを見守っていたジュリアンが、急に叫び声を上げた。

「陛下?」

その異様な雰囲気を察したセバスチャンが、彼の方を見る。

「まずい、現地の部族の見守りに彼女がやられた。」

まるで刃物のように鋭い映像が、ジュリアンの脳裏をよぎる。

それは、マディラが背後から攻撃を受け、崖下に落ちていく瞬間だった。


目を見開いて息を呑むジュリアンの様子を見て、セバスチャンもただならぬ異変を感じとる。

ジュリアンの瞳には焦燥と決意が浮かび上がり、口元が一瞬きつく結ばれる。

「あっちに移動する。君は、向こうの山脈に着いたら岩陰に隠れていて」

そう言ったかと思った次の瞬間、青年の肩に手を置いたジュリアンは、鋭い気を集中させ、二人でマディラがいた場所へと瞬間移動した。

次の瞬間、陸軍施設から風のように二人の姿は消え、ジャンクワ山脈の荒々しい岩場に姿を現す。


現場には冷えた風が吹き、マディラが落ちていった崖の上に、攻撃的な部族の三人が立っていた。

彼らの目は険しく、槍を手に彼女の転落を冷徹に見届けていた。

国王はその光景を目にした瞬間、鋭い怒りがその表情に走り、岩陰から力強く前に出ていった。


(え?陛下一人であの屈強そうな三人を相手に?あの方が儀式以外で剣を振っているところなんて見たことないけど、大丈夫なのか……)と、セバスチャンは心の中で叫ぶ。

動けないセバスチャンは、わずかに残る力を振り絞り、岩陰からそっと彼の戦う姿を不安そうに見守っている。

マディラの気配を辿って瞬間移動してきたものの、目の前で展開される状況に焦りが募る。

自分は、地の者と化したカインはじめ、ジャックの手下や将軍クラスのノクスやテラと戦った経験もあるため、ジュリアンよりもずっと戦闘の経験値があると思われる。

しかし、もともと文官であるジュリアンが、屈強な部族戦士たちに単独で立ち向かうなど、思いもよらない展開だ。

激情に駆られるがままに、相手に突っ込んで行っても、逆に撃たれるだけではないか——

しかし体力を消耗して動けない今、セバスチャンはただジュリアンを見守るしかなかった。

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