赤の国 6
ヴィンランド家の庭園
久しぶりに帰省したジュリアンとマディラ、そしてジュリアンの両親が、再会のティータイムを楽しんでいる。
ジュリアンは、両親が初対面のマディラに対してオープンな態度を取っているので、ほっとした。
この瞬間、家族としての絆が少しずつ育まれていくのを感じ、彼は自らのカップを持ち上げ、一同に微笑みかけた。
「家族として、こうして一緒に過ごせるのは何よりも嬉しいです。」
ジュリアンの言葉に、彼の母親は穏やかに微笑み、父親も深く頷いた。
静かな和やかな雰囲気の中で、家族が共に過ごす大切なひとときが流れて、茶菓子を取り分ける手も自然と弾み、互いに笑顔を交わしながら、心温まるひとときを堪能していた。
「明日は用事があると聞いたが?」と、息子に問いかけるマクシミリアヌス。
「はい、サクラリス山脈の陸軍施設へ向かう予定です。ある探し物のために、現地で術を行います。そのことはパトリックにも伝えてあります」
と返事をするジュリアンの言葉に、父親の柔らかな視線が少しだけ厳しくなった。
サクラリス山脈は、陸軍の重要な施設があるが、同時に非常に過酷な環境としても知られている。ジュリアンの父親はその場所に長年関わってきたため、危険性を誰よりも理解していた。
「あの施設の近くに、少し小高い場所がありましたよね。あそこなら見通しがいいので、捜索目的で気を広げるのに最適かと」
という息子の言葉に、父親は静かにカップを置き、再び口を開いた。
「カラパタか……あの辺りは標高が高い上、風も強い。術を使うには最適かもしれんが、それ相応の対策が必要だ。特にこの時期の天候は一瞬で悪化する。」
そう言いながら、父親が眉をひそめた。
マディラが少し不安そうにジュリアンを見つめた。だが、彼は冷静な表情を崩さず、父親の警告を受け止めるように軽く頷いた。
「もちろん、その点も考慮して準備を進めています。天候や気圧の変化にも対応できるよう、装備と術具を万全に整えております。」
父親はその言葉を聞いても、完全に安心する様子はなく、何か思案するように視線を遠くに投げた。
「あそこを任せている氷塊翁に連絡を入れておく。誤ってお前たちを撃ち落としたら困るからな。そして奴は、あのあたりの天候を読み取るのに長けている。もし急変したら、すぐに退避できるよう、手配しておく。」
父親の言葉は、息子への深い信頼と同時に、心配の念が感じられるものだった。
ジュリアンはその忠告を真摯に受け止め、「ありがとうございます、父上。氷塊翁殿との連携、非常に助かります。必ず無事に帰ってまいります。」と静かに誓った。
父親は再び厳しい表情に戻り、椅子の背もたれに身を預ける。
彼は自分の息子が成長したことを認めつつも、まだどこか心配を隠せない。そんな父親の様子を見て、マディラも静かに息を飲んでいた。
周囲には庭の風が心地よく吹き抜け、ティーパーティーの穏やかな雰囲気が流れていたが、彼らの会話には張り詰めた緊張感が漂っていた。
しばしの沈黙の後、土翁が息子を見つめ、わずかに眉を上げながら、「国の方はどうなんだ」と問いかける。
ジュリアンはカップを持ち上げ、丁寧に一口飲んでから話を切り出す。
「平和の国とだけあって、ここに比べたら穏やかな日々を送っていますよ。」
そして少し沈黙し、彼は口元に軽く微笑みを浮かべつつ続けた。
「一つアドバイスをいただきたいのですが、我が国には正規軍がありません。
四方を海で囲われている上、特殊結界に守られている。他国に比べて特殊能力者の比率も高い。
ですが、力がない国が、最近軍の増強に力を入れている。
技術的にはまだですが、万が一、敵国に空軍が出来たら急に状況が変わります」
父は少し考え込み、息子の表情を探るように見つめながら、「即位して何年になる?」と問いかけ、すぐに「それでも、まだ軍を創設していないのがお前の答えだろう」と言った。
その鋭い目が一瞬、息子の顔を射るように見据え、ジュリアンも父の視線を受け止める。
父の問いは鋭く、まるで根底から本音を探り出そうとしているかのようだった。
続けてマクシミリアヌスは、「確認するが、お前は組織としての軍隊を引っ張っていけるのか。最後尾で指示するだけではなく、先陣切って剣を振るえるのか。魔法でも良いのだが。」と畳みかけた。
父の言葉には、戦場で何度も命を懸けてきた者だけが持つ重みがあり、彼の背後に感じられる陸軍の長としての歴戦の姿が、ひときわ厳粛な雰囲気を生み出していた。
「それが出来ないなら、やるべきではないな。そういう状況で安易に軍を作れば、それはお前に対する脅威が一つ増えるだけだぞ。寝首をかかれれる、な。絶対そうなるとは言わんが、確率はかなり高い。」
テーブルに沈黙が漂い、ジュリアンは無意識にカップの縁を指先でなぞりながら、考え込むように視線を落とす。
父の言葉は一つ一つが重く、真剣に受け止めるべき現実がその背後に潜んでいるのを感じさせた。
そして、彼はさらに続けた。
「それに軍は金がかかる。お前も知っているであろう、陸軍が毎年どれくらいの予算を要求しているか。有事には役立つが、平時は本当に金食い虫だ。……俺が言うのも妙な話だがな。」
そう言いながら、彼は苦笑をし、最後に父は穏やかに肩の力を抜き、静かに助言を与えた。
「今すぐ軍を持つ必要がないなら、金、人、モノを増やすことに集中するんだ。投資するなら、今ある結界や防衛網を強化するか、兵器の基礎技術に注力する。いざというときには、そうした土台が役立つし即席で外から賄える。必要なら、その時に正規の軍を作ればいい。外交と情報戦略も視野に入れておけ。」
父親が話を続けようとしたその瞬間、母親が急に眉をしかめ、口を挟んだ。
「まぁ、なんてつまらない話を延々としているの?ティーパーティに相応しくないですわ。私にもわかる話をしていただけませんか?」
英知翁と土翁は一瞬言葉を止めて視線を交わし、どうやら少し深刻な話題になりすぎたと気づいたようだ。気まずい空気が流れる中、マディラがタイミングよく口を開いた。
「あの、ヴィクトリア様、このタルト、とても美味しいですね。このフルーツが瑞々しいのは、もしかしてここで収穫されたものでしょうか?」
彼女の言葉に、母親の顔がぱっと明るくなった。
「まぁぁぁ、マディラ様!さすがですわね。このタルトはね、すべてこの庭で育てたフルーツを使っていますのよ。特に今年はとても豊作でして……」
母親はすっかり上機嫌になり、タルトの材料や樹木の育て方について楽しそうに話し始めた。
父親はため息混じりに小さく肩をすくめ、ジュリアンも苦笑いしながら、話題が変わったことにほっとした表情を見せた。
実は、この場に臨む前に、マディラは「タルトは母親の手作りだから、必ず褒めるように」と指令が伝えられていたのだ。その効果は絶大で、会話の雰囲気は見事に和らいでいった。
夕方になり、テラス席は柔らかな夕陽が差し込み、辺りは黄金色に染まり始めた。
時の流れを感じたジュリアンが、そっと立ち上がり「明日の準備もありますので、そろそろ失礼いたします」と口を開いた。
母親は名残惜しそうな表情を浮かべ、マディラに歩み寄る。
「まぁ、もうお帰りなの?こんなに楽しい時間が過ごせるなら、ぜひまた帰省してちょうだいね。今度はもっと長くいらして。」
義母の手を握り返しながら、マディラはにこやかに答えた。
「ありがとうございます、お義母様。今日のおもてなし、とても素晴らしかったです。またぜひ伺いたいですわ。」
ジュリアンも、母親の期待を感じながら軽く笑みを浮かべた。
「スープの冷めない距離どころか、扉を潜るのでそう簡単には来れないと思いますが」
そう言いながらも、気遣いを込めて母親を安心させるように続けた。
「でも、機会を作ってまた伺います。今日のような時間を再び過ごせるように。」
母親は少し目を細め、息子の肩を軽く叩きながら微笑んだ。「分かっているわ。」
そして、「あなたは多忙でしょうから、マディラ様だけで大丈夫よ」と付け足され、ジュリアンは苦笑する。
母親の茶飲み友達への渇望は相変わらずのようで、マディラを気に入ってもらい、来た甲斐があったと彼は思った。
父親も静かに立ち上がり、短く頷いて「道中、気をつけろよ」とだけ言い、温かい見送りの言葉を口にした。




