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赤の国 5

ニーベル城からの移動中の馬車の中


車内は静かで、馬車が石畳を踏みしめる音がかすかに響く。

窓の外には緑豊かな景色が広がり、マディラは隣に腰を掛けているジュリアンに、やや遠慮がちに問いかけた。

「——ひょっとして、お父様のこと、嫌いだったの?」

ジュリアンは窓枠に肘をつき、外の景色を眺めながら、考え込むように答えた。

「好きとか嫌いとか、そういう話じゃないよ。パトリックも言っていたけど、本当にどうしようもない人だとは思ってた。ただ……、立場が変わったことで、言えなかったことが言えるようになった、って感じかな。」

言葉の節々に、自分でも思いがけない複雑な感情が混ざっているのを感じたのか、彼は微かに苦笑を浮かべた。

しばらく間を置いて、視線を彼女に戻し、落ち着いた声で続けた。

「擁護する点があるとすれば、アンドリュー様は、お妃様の中で一番ジュリエット様を愛してらした。

だから、王妃様が亡くなられた時のショックは、相当なものだったと聞いている。

それがあるからこそ、君に厳しく当たっているのかもしれない。」


マディラが少し顔を伏せると、彼はそっと手を添え、声を和らげた。

「それから、君も……、あんなことを言うもんじゃないよ。」

生まれてきてごめんなさい、なんて言わせないために、禁忌を冒してまで新しい人格を作ったのに——、とは言葉に出さなかったが。

その言葉を胸に秘めつつ、彼は思い出すように目を細め、かすかな声でさらに優しく付け加えた。

「少なくとも僕は、君の存在にどれだけ救われているか。君に伝えきれないほどだよ。」

彼のその言葉に、マディラの瞳が少し潤み、微笑みを浮かべてそっと「ありがとう」と呟いた。


やがて、馬車が目的地に近づいたことに気づいたジュリアンは、冗談めかして言った。

「さ、そろそろ着くよ。君の実父の恨み節を聞かされるよりも、次の予定の方が苦行かもしれないけどね。」

マディラは小さく笑いながら、「私、王宮を出たことないのよね。記憶にある中では、人間界から帰ってきたときの移動くらい」とつぶやいた。

ジュリアンは驚いたように目を丸くし、「本当に?異世界には何度も行っているのに?」と聞き返した。

彼の表情を見て、彼女も小さく肩をすくめると、彼は愉快そうに笑い、「君は文字通り、箱入り娘だね」と言って彼女の手を優しく握った。



――――――――――



ヴィンランド家


ジュリアンの実家に着き、馬車を降りて二人が廊下を静かに歩むとやがて、テラスへのガラス張りの扉が目の前に現れた。

その扉の向こうには、ジュリアンの両親が待っている。

マディラは心中複雑な感情を抱えていた。

かつて彼女を苦しみから救い出してくれた彼と共に、今度は義理の両親に対面する。

しかしその心配とは裏腹に、彼女は冷静な表情を保っていた。

ジュリアンもまた、かつて家を出て行った時のことを思い出しながら、無言で立っていた。

マディラの手を軽く握り締め、彼女に安心感を与えるために、彼は小さな微笑みを見せた。

「大丈夫だよ、君がいることを誇りに思っている」とジュリアンは妻にささやき、彼女に最後の励ましを送ると、扉を押し開けた。


広大な敷地を誇るジュリアンの実家は、立派な庭園を備えており、その美しさと規模はニーベルの名門にふさわしいものだ。

庭園の奥には、演習用の丘があり、陸軍のトップであるジュリアンの父親の権威を感じさせる場所でもある。

丘の手前には緑豊かな木々が生い茂り、手入れの行き届いた花々が彩る庭が広がっていた。


その庭を見渡せるテラスで、ジュリアンの両親が息子夫婦を迎える。

ジュリアンの父親は、堂々とした姿勢で立っており、長身の息子よりさらに背が高く肉厚で引き締まった体格で日焼けをし、軍人らしい力強さがある。

しかし、彼のウェーブがかった黒髪は後ろで軽く束ねられ、チャコールグレーのテーラードジャケットとスラックスを着用し、中のアイボリーのシャツの袖には家の紋章が入ったカフスリンクが嵌められており、そのスタイルは野生味よりも貴族の洗練された風格を漂わせている。

その隣に立つ母親は、上品な笑顔を浮かべていた。

髪は光沢のある金色で、流れるような巻き髪が肩のあたりでふんわりと広がり、上品な髪飾りで軽く留められている。

シルクのダークグリーンのロングドレスにシャンパンゴールドのレースのショールを羽織っており、父が放つ圧倒的な存在感とはまた異なる、穏やかで温かな魅力を放っていて、父親と調和の取れた雰囲気を醸し出していた。


久々に顔を合わせた家族の間には、どこか落ち着かない空気が漂う。

母親は貴族然とした落ち着いた姿をしていたが、彼女の柔らかな茶色い目には、いくらかの苛立ちが浮かんでいる。

「——お久しぶりです、父上、母上。」と、ジュリアンが丁寧に頭を下げた。

母親は息子を見ると、最初に口を開いた。

「まぁ……、挨拶くらいちゃんとできるのね。前に家を出る時は、父親にしか別れを告げず、私には一言もなかったけれど。」

その言葉に、マディラは少し驚いた様子でジュリアンを見た。自分と違って親子仲の良い彼が、母親とそんな別れ方をしたと思っていなかったからだ。

彼は軽くため息をつきながらも、笑顔を保った。

「すみません、母上……。国境でのトラブルやクーデターの直前で当時はとても慌ただしかったのです。

機密事項ばかりでお話することも困難で……。でも、今こうしてお会いできたのですから、許していただけませんか。」

「……あんな家出の仕方で、まさかこの国に再び足を踏み入れるなんてね。」

母親は言葉の裏に柔らかい鋭さを込めながら、マディラに視線を向けた。


「こちらが、妻のマディラです。」と、ジュリアンが一歩進んで、妻を紹介する。

マディラは丁寧に礼をし、「初めまして、こうして皆様にお会いできることを光栄に思います」と穏やかな声で挨拶した。

夫の父親は目を細めながらも、うなずいて挨拶を返したが、母親はまだ何か言いたそうだった。

「まぁ、ジュリアンさんには勿体無いくらいの良いお姫様じゃないですか。しかもお若い」

まだあてこすろうとする母親の言い振りに、青筋が立ちそうなのを堪えながら彼は返事をする。

「年は僕と4つしか違いませんよ、見た目が若い年齢で止まっているだけで……。」

ニーベル人の上流階級の者は数百年の寿命があるが、ある程度まで成長して、見た目が固定される。

ジュリアンの見た目が30歳手前で止まっているが、なぜかマディラは20前後で止まっていた。


ジュリアンとマディラ、そしてジュリアンの両親は、互いに再会の挨拶を交わしていたが、マディラは少し緊張しながらも微笑みを浮かべ、温かい雰囲気に包まれているのを感じていた。

息子であるジュリアンは、母親からの軽い嫌味を優しく受け流しながら、どこか安堵した表情を見せている。

挨拶を終えると、使用人が静かに近づき、優雅な動作で「お席の準備が整っております」と促す。

庭の美しい景色を背景に、4人は庭園を通り抜け、準備されたティーパーティのテーブルへと向かう。


テーブルには、見事な銀食器と繊細な茶器が並べられ、香り高い紅茶とともに、色鮮やかな菓子が優雅に配置されていた。

ジュリアンはマディラの手を軽く引いてエスコートし、二人並んで席につく。

マディラは緊張した面持ちから少しずつ解放され、周囲の人々が楽しむ穏やかな雰囲気に溶け込んでいった。

ジュリアンの両親もそれぞれの席に着き、使用人が丁寧に一つずつ菓子を配り、紅茶を注ぐと、ようやくゆったりとした時間が流れ始めた。

涼やかな風が吹き抜ける中、庭の彩りを眺めながらのアフタヌーンティーが始まり、彼らは静かな会話を交わし始める。


庭の壮大な景色と贅沢なティータイムが、再会の場を一層特別なものにしていた。

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