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赤の国 4

王宮の別邸


ここで隠居生活を送っていた先王を訪問したマディラとジュリアン。

「お前のせいで妃が死んだのだ!」と父親に言われ、小さく震える声で「生まれて来てごめんなさい」と口にしたマディラ。


その瞬間、ジュリアンは険しい表情を浮かべ、アンドリューへと一歩近づいた。そして、ためらうことなく彼の頬を平手打ちした。

マディラは思わず目を見開き、驚愕して息を呑んだ。

ぶたれた本人は、何が起こったのかすぐには理解できず、打たれた頬を押さえながら、呆然とした表情でジュリアンを見つめる。

先王の横暴は昔から周囲に知られており、彼が誰かに咎められることなど滅多になかったため、その衝撃はなおさら大きかった。


ジュリアンはマディラを守るように立ちはだかりながら、平然と先王に告げる。

「良いんですよ、これくらい。この人はさっき僕の首を絞めたんだ。平手打ちの一つくらい、反撃したって」

そして一瞬、深い息を吐いて視線を強く合わせると、彼は冷静な口調で続けた。

「僕はもはやあなたの家臣ではありません。そして今や義理の息子ですよ、あなたがその事実をどう認識しているかはわかりませんが。しかし、だからこそ一言、申し上げます」

室内は静寂に包まれ、張り詰めた空気の中、先王はわずかに目を細めて義理の息子を見つめ、初めて自身の立場と行動を問い直されているように見えた。


ジュリアンは静かな声で語り始めたが、その口調にはどこか鋭い痛みと温かな慈悲が混じっていた。

「亡くなった方は戻りません。あなたも悲しみを抱えていたでしょうが、彼女だって同じだったんです」

そう言って、彼は少し遠くを見つめるようにしながら、先王の心の奥に潜む感情を呼び覚ますように話を続けた。

「報告ぐらいは受けていたはずです。幼いマディラが、毎日母上のために小さな手で花を摘んで、夢の館へと通っていたこと。

目を覚まして抱きしめてもらえる日をひたすらに夢見ていた彼女は、僕たちと遊ぶ時間を惜しんで、ただ母を慕い、毎日あの建物に通っていた。」

そう言いながら、ジュリアンの脳裏にはの幼い頃のマディラが思い出されていた。


王宮の庭で、幼いパトリックと従兄弟のジュリアンが無邪気に走り回っていたが、遠くからそれをじっと見つめていた内気な姫の視線を、ジュリアンはいつも気付いていた。

そして、その言葉を聞いたアンドリューの微かな動揺を見逃さず、ジュリアンはさらに踏み込んだ。

「そして今、僕たちには子供がいる。あなたにとっての孫ですよ。彼女が存在してくれたからこそ、彼らも存在するんです」


ジュリアンの声は一層真剣さを帯び、先王の心の狭間に届くようだった。

「もっと周りを見てください。確かにジュリエット様はいない。けれど、あなたのそばには、他のお妃様方もいる。

パトリックはじめ、あなたのお子様たちも。

さらにその方々のお子様も、王宮であなたの傍にいるのです。」


ジュリアンは一度、厳かな目で先王を見つめ直し、軽く頭を下げた。

「これで失礼させていただきます。次の予定があるので」と告げ、毅然とした態度で部屋の扉へと向かう。

マディラもそれに続くようにそっと席を立ち、ジュリアンのすぐ横に立つと小さく一礼し、父親に別れを告げた。

その一瞬、アンドリューが少し表情を曇らせたようにも見えたが、マディラは黙ってそのまま後ろを向き、夫と共に歩き出した。


先王は、その後ろ姿を茫然と見送っていた。



――――――――――



その頃


セバスチャンはサヤの案内で王宮の廊下を歩きながら、彼は彼女が語る思い出話に耳を傾け、時折驚きの表情を浮かべた。

サヤが話し出すたび、かつてのマディラとジュリアンの関係性が少しずつ見えてくるようで、青年はその意外な過去に興味をそそられる。


「若い頃のお二人のお世話をされていたのですね」とセバスチャンが問いかける。

「はい、ここと違う青の世界での話ですけど」と、穏やかな表情でサヤが答える。

「当時から、あんなに仲が良かったのですか?お二人は」

そう質問をされて、うーん、としばし考えるサヤ。

「出会われた頃と、ご帰国時期では違うと思うのですが……」

記憶を整理しながら彼女は話し出す。

「ジュリアン様は、マディラ様を発見された時は、むしろ近づきたくないと思っていたんじゃないですかね。

街こそ普通の住宅街ですが、扱いは貧民街の少女と変わらなかったので、哀れみというか、任務と割り切ってたというか……」

一度言葉を切って、彼女は再び話し出す。

「ただ、それだと任務も遂行しにくいですし、だんだんと打ち解けていきましたけど、お二人は兄妹のような雰囲気でしたね」

あの仲睦まじい二人が、そんな冷めた関係から始まったとは……と、セバスチャンは信じられないような顔で呟く。

サヤは静かに微笑み、当時の事情を穏やかな口調で説明し続ける。


「マディラ様をお見かけした当時は、境遇が境遇ですし、誰かに心を開く状況ではなかったですね。

それが、私たちと喋るようになり、最終的には何名かご学友もいらしたのですが、誰かに恋をしてるって感じではないです。

ましてやジュリアン様に恋をするなんて、なかったと思いますよ。

帰国時には、ジュリアン様が別の方と婚約されたのもご存知でしたし」

サヤの言葉には、夫婦としての現在の姿の背景にある、複雑な関係が感じられる。

確かに二人は夫婦というより兄妹という感じもしなくはないが、想像していたのと随分違う印象を抱くセバスチャン。


「幼馴染と仰っていた気がしますが」と、彼は記憶を頼りに話すと、

「それは、人間界の前の話ですか?その当時のことはわかりませんが……」

そう言いながら、一度言葉を切り、思い当たる節があるのか、再び話し出すサヤ。

「ジュリアン様はパトリック様と従兄弟ですので、幼い頃王宮に通われていた話もされていましたね。

その時に、マディラ様をお見かけすることもあるかと思いますが……かなり幼いですよ、当時のマディラ様は。

しかもかなり人見知りが激しいので、3人で遊ばれることはなかったのではないでしょうか」


その言葉を聞き、セバスチャンの頭の中で、現在のマディラの姿とのギャップが浮かびあがる。

人々に愛され、堂々と王の隣に立つ王妃も、かつては他人を避けていた時代があったのだ。

「そんな感じのお二人だったのですね。でも今ではとても仲のいいご夫婦ですよ。お子様もいらっしゃいますし」

さらにセバスチャンが答えると、「お子様、ですか……」と呟きながら、複雑な表情をするサヤを見て、不思議に思った彼は思わず聞き返す。


「何か、気になる点でも?」

「いえ……だとすると、それはジュリアン様にとって、とてもお辛い状況ではないでしょうか」

思いもよらぬ話を聞き、「え?」と思わず声をあげるセバスチャン。

サヤは少し言い淀んだ後、「今も、マディラ様の状況が変わっていないと聞いておりますので、任務は続行されていると思います」と漏らした。

「任務と言いますと?」と、セバスチャンにそう聞き返されて、話してはいけないことだったと気づいたサヤ。

しばし考えて、「ジュリアン様が、青の世界に行く際に受けられた特殊任務は密命なので、他言されないと思います。私も詳細を把握しておりません。」と言葉を慎重に選ぶようにそう言い終わる。


そしてすぐに、「さあ、つきました。ここが王宮の大広間です。大規模な晩餐会などの会場になります」と案内が始まったので、彼はそれ以上の詳細を聞くことはできなかった。

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