赤の国 2
ニーベル城 応接室
マディラの異母兄で、ジュリアンの従兄弟であるニーベル国王、パトリックとの対面を果たし、全員がソファに掛けるとすぐに本題に入った。
「元々国にあったはずの伝説のアイテムを探している……か。それで、なるべく高いところからマディラが気を張り巡らし、世界の反対側で彼がそれを受け止めたいのはわかった。」
ニーベル国王はセバスチャンに視線を向けつつ、異母妹の帰省の理由を理解し、協力を惜しまない態度を見せた。
マディラは軽くうなずき、「幸いにして、世界最高峰の山脈、サクラリスは我が国領土にあるけれど、真反対のジャンクワ山脈に行くにはどうしたらいい?」と、課題を兄王に尋ねた。彼女の声には、緊張と焦りが少し混じっていた。
「あっちの山脈の麓のラリオハなら、非公式の回廊が繋がっている」と、パトリックは言いながら、手に持ったカップに目を落とした。
「ただし、あの地域の支配部族、クエチャ族に知られたら大変なことになる。彼らはかなり凶暴だからな……こちらの理屈がまるで通じない。」
その言葉にセバスチャンは初めての異世界での厳しい現実を感じた。
まだ状況がつかめず、異世界の危険さを思い知らされる瞬間だった。
さらにパトリックは続けて、「で、サクラリスにはどうやっていくんだ。俺でも行ったことないぞ」と少し挑戦的な目つきでマディラを見た。
すると、ジュリアンは静かに応じ、「あそこのベースキャンプなら行ったことがありますよ。陸軍の管轄なので」と、淡々と口にする。
この返答に、パトリックは目を見開き、思わず杯を口に運ぼうとして、危うくお茶を吹き出しそうになった。
「あそこですでに標高5000メートルを超えているぞ。いくら教育目的でも、とても文官にやらせるものじゃない……とんでもない父親だな、マクシミリアヌス殿は」と、驚きと笑いが交じった口調で言い放ったが、そのパトリックの言葉に場の空気は少し和らいだ。
ジュリアンの家系は土や緑の属性を持ち、その力は代々受け継がれてきた。
特に彼の父親は、四大元素の土を司る国内トップクラスの能力者で、土翁の称号を持っている。
同時に、ニーベル国陸軍の最高司令官である彼の厳しい教育方針が、息子であるジュリアンにもしっかりと浸透していたことが窺える。
セバスチャンはそのやり取りを聞きながら、異世界の壮大さとともに、彼らの血筋と能力の重みに圧倒されていた。
パトリックはマディラの方に視線を向け、「そんな高所に行くなら、今夜から高山病予防の薬の服用を忘れるなよ。お前には後で回廊の入り口を教えよう。あっちの大陸で、決して後をつけられるなよ。」と静かに言葉を継いだ。
「もしも赤の世界で探し物が見つからなければ、青の世界への通行許可がいるんだな。扉番には伝えておく。」
ニーベル国王家は、青の世界への扉をしっかりと管理しているので、緑の世界から青の世界に行くには、ニーベルを経由するのが一番確実な方法だった。
パトリックには、その予定もすでに共有されているようで、マディラはジュリアンの段取りの良さに関心をした。
彼女は冷静な顔つきで兄のコメントを受け止め、「では、サクラリスはジュリアンとセバスチャンが陸軍施設に向かい、ジャンクワ山脈は私がラリオハから上昇して5,000〜6,000メートルの地点から術を行使するということでいいわね。明日午前中にやりましょう」と計画をまとめた。
ニーベル国王は、その場の流れを一度区切るように、ふと口を引き締め、次に話す言葉を選ぶかのように一瞬の間を取った。
そして、軽く吐息をつくようにして、マディラに言葉を放つ。
「一応手配はしてあるが……会いたいか、父親に。」
その質問に対して、ジュリアンは一瞬だけ考えるように目を伏せたが、すぐに顔を上げて妻の代わりに答えた。
「ご存命なら、会わない後悔よりも、会ってなじられる方がマシだと思いますよ。」
彼の口調は冷静だったが、その奥には、長年の葛藤や複雑な感情が見え隠れしていた。
パトリックは彼の返答に対して、少し目を細めて見つめる。
その視線には、かつての自国の秘書官として仕えた人間が、今や堂々たる異国の国王として成長したことに対する敬意と、どこか複雑な思いが交差しているようだった。
「わかった。……で、その間、そちらの彼は王宮見学でいいかな」と言い、部屋の使用人にパトリックは指示を出す。
部屋には、しばし静かな空気が流れた。
マディラは、表情をこわばらせながらも、それ以上口を開かず、そっと視線を床に落とした。
彼女にとって、過去と現在が重なり合う苦しいものになるのだろうか。
父王との再会は、どれほど険しいものになるかは想像に難くない。だが、彼女もまた、その運命を受け入れる覚悟を固めている。
セバスチャンは、その緊張感に包まれた雰囲気の中で、静かに二人の王族のやり取りを見守っていた。
彼にとって、この異世界の政治的な駆け引きや、深く複雑な家族の関係は、まだ理解しきれていない。
しかし、マディラやジュリアンの決意を感じ取ることはできた。
その時、静かに扉がノックされる。
「失礼します」との柔らかな声と共に現れたのは、控えめな雰囲気の20代半ばの女性。服装から城の使用人のようだ。
彼女は肩までの黒髪を自然におろし、前髪は少し長めで、眉が隠れる程度にふんわりと流れている。
肌は透き通るように白く、少し伏し目がちな大きな薄茶色の瞳には静かな光が宿り、長いまつげが影を落としている。
口元は控えめな微笑みを湛え、その表情からはどこか慈愛を感じさせる。
彼女の姿が視界に入ると同時に、マディラはどこか懐かしいものを感じ、「まさか……!」彼女は息を飲む。
女性も目を丸くし、穏やかな表情に一瞬、驚きと喜びが交じる。
「姫はお変わりありませんね……」彼女は、まるで久しぶりに会った幼なじみを迎えるかのように微笑みながら、マディラに歩み寄る。
「私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん……!」
マディラの声には喜びと驚きが混ざり、少し感極まった様子で使用人に抱きつく。
彼女はマディラ達が、青の世界とも呼ばれる人間界にいた頃に世話をしてくれていた女性だった。
「サヤ、元気そうだね。あの頃は、本当に色々と世話になった。まさかここで会えるとは……」と、ジュリアンも声をかける。
サヤは優しく頷き、「時の流れは早いものですね……。それでも、こうして再びお目にかかれたのは陛下のお陰です」と言いながら、パトリックの方を見る。
3人は懐かしさと共に喜びに満ちた表情を浮かべ、再会の喜びを分かち合う。
サヤは、ジュリアンたちが帰国した後も人間界で事件後の処理をし、その後ジュリアンの後任の扉番に業務を引き継ぎ、現在はニーベルに帰国をして本来の所属である王家にて仕事をしていた。
「良い再会になったようだな」とソファーに腰をかけて、その様子を満足気に見守っていたパトリックが呟く。
彼の方を振り返り「お兄様、ありがとう」とマディラはお礼を言った。
「では、王宮内をご案内いたしましょうか」と、彼女は軽く微笑み、セバスチャンの方に向き直り、彼はサヤの後ろについて、部屋を出る。
マディラ達の知り合いという安心感を覚えながら、セバスチャンは穏やかな気持ちで城を案内してもらった。




