親と子 14
トーラーの宿舎にて
アテナエル専用のアイテムを探しに、異世界に同行してくれるトーラーが必要だとつげるマディラ。
しかし、誰もこの世界から出たことがなく、尻込みをして自分から名乗りを上げることができず、沈黙が続く。
その時、部屋の静寂を破る声が部屋の隅から聞こえた。
「僕はついていくよ。」
トーラー達のやり取りを邪魔しないように、壁に背を預けて腕組みをして話を聞いていたジュリアンの声が低く響き、部屋の静けさを破った。
その言葉を聞いて、数名がざわめいた。
王妃が驚いて彼を見つめる。彼は彼女と同様に異世界の出身者であり、この国では知られていない多くのことを経験している。
だが、それでも国王自ら異世界に行くというのは、国の指導者として許されることではない。王妃はすぐに反論する。
「あなたには聞いてないわよ。国王がふらふらと国外に出るものではないわ。あなたはこの国に残り、国民を守らないと。」
「1年や2年いく訳じゃないから、短期間なら公務は問題ない。大臣が攻めてきたらトーラーたちが対応するから、どちらにしても僕がいなくたって。大体、ほかの世界にどうやって行くつもり?何か案はあるの?」
国王は腕を組み、眉を寄せて王妃を見つめた。彼の声には冷静さがあったが、その背後には微かに不安がにじんでいた
「うーん、黒は行きたくないから最後に回すとして……」
王妃は軽く肩をすくめ、空を仰ぐように考え込んだ。
彼女の口調は何気ないものだったが、黒の世界についての言及に彼女の瞳はわずかに曇った。
あんなところに行ってしまっては、大臣どころの話では済まなくなる。そして生きて戻れる保証すらない。
それは王妃にとっても危険すぎる賭けだ。
国王もあそこに深入りすることは避けたかった。彼もまた、黒の世界が引き起こす危険を熟知していたのだ。
ジュリアンはマディラの言葉に少し目を細め、厳しい口調で問い詰める。
「まさか、金の世界の扉を開くのか。それがどれだけ大変か——」
「あそこよりももっと先に確認すべきところがある」
彼女はその話題をすぐに打ち切るように言葉を続けた。
ジュリアンが金の世界について話した瞬間、彼女は思わず、先日のフレデリックとのやり取りを思い出してしまい、そのせいで口調が一瞬、冷たくなる。
彼は彼女の急激な変化に少したじろいだが、王妃はすぐに気を取り直し、少し和らげた口調で言葉を足した。
「そこも、赤か青になかった時に考える。多分あそこにはない」
「じゃあ、他はどうやって行くんだ?」
国王もまた、金の世界についての話題に触れたくない気持ちが見え隠れし、話を赤と青の世界に切り替えた。彼の声には、無謀な挑戦に対する懸念がにじみ出ていた。
「え、そんなのどこかに扉があるんでしょ?その場所さえわかれば赤だって青だって……」
異世界で生活をしていたマディラは何でもないことのように言ったが、その無邪気さに国王は少し呆れたようだった。
彼は重く息を吐き、冷静な声で反論を始めた。
「我が国から青への扉は現在封鎖中だよ。復興を考えていないので今日明日いきなり使えない。国外にあるかもしれないが、どんな場所にあるかは調べてみないと。」
彼は冷静に事実を述べた。彼女の軽率な発言に対する警告の響きがあった。
異世界に行った経験があるマディラやジュリアンの方が珍しく、基本的に、異世界に干渉することは望ましくない。
グリーンフレードム国内にかつてあった青の世界への扉は閉ざされたまま、その再建の望みは薄く、そこへ直接行くことは容易でない。
ジュリアンは言葉を続ける。
「赤への扉はニーベル城内にあるが、いくら僕達に馴染みのある場所とはいえ、勝手に進入して見つかれば即御用、アイテム探しどころじゃなくなるよ。
それに、あそこは能力が低いものは入れない。
トーラーなら大丈夫だと思うが、万が一弾かれるなら僕以外に選択肢はない」
王妃は反論しようとしたが、彼の論理的な説明にすぐに詰まってしまった。
彼女は言葉を探そうとしたが、ついに口を閉じ、困ったように眉をしかめた。
「ほら、僕がいないとどこも行けないじゃないか。実質、各異世界の扉の状況を一番知っているのは僕だけだと思うよ。あきらめるんだね、行くといえば行くから」
そう言い切った後、国王は自信に満ちた微笑みを浮かべ、彼女の方に一歩近づき、優しく彼女を見つめる。
彼の言葉には、ただ彼女を支えたいという純粋な思いが込められていた。王妃はその強い意志を感じ取り、何も言い返せなくなった。
「君の力になりたいんだ。大体、君一人を危険な目に遭わすわけにはいかないよ。」
彼の優しい声が静かに響いた。
その言葉に、マディラは言い返すことができず、しばらく黙り込んだ。
しかし、ジュリアンの決意は固く、彼の瞳には揺るぎない意志が宿っていた。彼の真剣な瞳を見つめるうちに、王妃は少しずつその決意に引き込まれていくのを感じた。
彼女は一度深く息をつき、しばらくの沈黙が二人の間に流れた。
「……どうしても、あなたがそう望むなら。」
彼女はようやく口を開き、マディラの諦めにも似た柔らかな声が、室内に響く。
彼女の瞳にはまだ不安が残っていたが、国王の揺るぎない意志を前に、抵抗することが無意味だと悟ったのだ。
そのやり取りを見ていたジョナサンすぐに進み出た。
「陛下が行くなら、私も共に参ります。陛下をお守りするのは私の務めです。」
だが、国王は首を横に振った。
「いや、君には王家の留守を預かってほしい。僕がいない間、君がいれば安心だ。」
彼は一瞬戸惑ったが、国王の命令には逆らえない。黙ってうなずき、後ろに下がる。
「私もお供させていただきたい。私の能力は、きっとお役に立ちます。」
ニコラスの力は確かに強力で、彼が同行することは大きな戦力となる。しかし、王妃は深く考え、最終的には違う選択をした。
「ありがとう、ニコラス。でも戦いをすることが前提ではないし、ジュリアンが来るなら、有事の際にジョナサンと共にあなたの能力で国を守ってほしい」
ニコラスは少し悔しそうな表情を見せたが、すぐに納得した様子で深く頭を下げた。
そして、王妃は静かに周囲を見渡し、慎重に選んだ末、セバスチャンに目を向けた。
彼の持つ独特の感覚が、今回の旅に不可欠だと判断したのだ。
「あなたにお願いしたいわ、セバスチャン。」王妃は真っ直ぐに彼を見つめ、優しく語りかけた。「あなたの感覚と力が、今回の捜索に役立つ。」
セバスチャンは少し驚いたように目を見開き、少しの間沈黙していた。自分が選ばれるとは思っていなかったのだろう。しかし、彼はやがて口を開いた。
「俺ですか……本当に、俺でいいのですか?」セバスチャンは戸惑いを隠しきれなかったが、同時に内心では期待が芽生えているのを感じていた。
王妃は穏やかに微笑み、「ええ。あなたの感覚は非常に鋭いから、きっと役目を果たしてくれる。」そう言う彼女の視線は揺るぎないものだった。
セバスチャンはそれでもまだためらっていた。
「ですが、俺の力は……その、王妃様の足手纏いになってしまわないかと……。」
そう言いながら、チラリとニコラスやみんなの方を見る。
ニコラスは、王妃とセバスチャンのやり取りを横目で見つめ、眉間にしわを寄せていた。
彼の目には、不釣り合いな青年が王妃の側にいることがどうにも納得できなさそうだ。
しかし、マディラからの「有事の際には国を守って」という依頼が、自分の力量に対する信頼の証だと思い、彼は深く息を吸い込み、セバスチャンへの感情を抑え込んでいた。
場の空気は、ニコラス含めそれぞれの思惑や感情が交錯する中で微妙な緊張感を漂わせていたが、誰も王妃と青年のやり取りを邪魔することはなかった。
それぞれが自分の役割を自覚し、黙ってその場の進展を見守るのであった。
王妃は少し考え、柔らかい声で答えた。
「今回の旅では、ただ魔力を使うことではなく、目標を達成することが重要なの。」
その言葉にセバスチャンは少し安心したように頷き、決意を固めた。
「わかりました。全力でお力添えいたします。」
王妃は満足そうに頷き、「ありがとう。共にこの旅を乗り越えましょう。」と優しく声をかける。
マディラとセバスチャンの間には、信頼と期待の空気が漂い、これからの未知なる旅に向けた決意がさらに強固なものとなった。
ジュリアンは静かにそのやり取りを見守り、微笑みながら「じゃあ、旅の準備をしないとね」と静かに宣言した。
これで「親と子」は終わりです。
次は「赤の国」です




