親と子 13
エルニド内部
王妃は巨大樹の中心にある空間に静かに立っていた。木の中とは思えないほど広大で、天井から柔らかな光が差し込んでいる。
「……そなたのやりたい事はわかった。だが、大丈夫なのか」
「大丈夫っていうか……やるしかないわよね」
マディラは、聖樹ニドに、アテナエルがやりたいことを伝えた。その様子を、妖精エルは心配そうに見つめている。
緑の世界全体に対して、薄く広くアテナエルの気を散布する。
要領は、先ほどグリーンフレードム国内に対してやったので、その影響範囲を広げるだけ。
国内は、大陸全土に常に張ってあるエルニド結界に、追加でアテナエルのエネルギーを足すだけなので、そんなに体力は消耗しなかった。
そして、何か反響しているという手応えはなかった。
あれは魔力を帯びているし、ずっとアテナエルを主人だと認識している彼女専用の武器なので、国内に存在していれば、彼女のオーラに反響する可能性が高い。
「——単純計算、今の百倍の体力を消耗するが」
「……頑張ります」
ニドの指摘に対し、そのエネルギー消費を想像し、マディラの顔がひきつる。
「私、ちょっと葉っぱを集めてきてあげる。彼の若葉は体力回復に効果があるから」
そういうと、エルは木の外に飛んでいく。
「はぁ、やるかあ」
そういいながらマディラは木の空間の中央、エネルギー供給に使用する古代の技術を思わせる装置の前に立つ。
その上には小さな光の玉が浮かんでいる。光はほのかに脈動し、まるで生きているかのように静かに揺れていた。
王妃は静かに瞼を閉じ、両手を光の玉の上にゆっくりと掲げる。
彼女の呼吸が徐々に深くなり、体全体を静寂の中で集中させていく。
瞑想の中で彼女は、緑の世界全体のエネルギーの流れを感じ取る。
普段は短時間で、わずか1%ほどの範囲に自分の「気」を送り届けるだけだが、今は膨大な力を必要としていた。
深い呼吸とともに、彼女の内側から光の流れが広がり、次第に手のひらから装置へとエネルギーが注ぎ込まれ始める。
光の玉が明るく輝き始め、王妃の気が装置を通じて世界に放たれていく。
光が彼女の手から装置に伝わり、装置はその光を広がるエネルギーの波としてこの世界全体に送信する。
その波はまるで静かな風のように、空を駆け抜け、地上のあらゆる場所に届く。山々、海、森、そして都市の上空へと広がっていく。
王妃の顔は平静を保ちながらも、額にじわりと汗が滲んでいた。
エネルギーの注入は続き、彼女の体は次第に重く、疲れが蓄積していく。
これほど大規模に気を注ぐのは、彼女にとっても試練だった。
10分程度なら容易にこなせる瞑想が、今回は途方もない負荷を伴っていた。
やがて、光の玉がピークに達し、空間全体が一瞬強い光に包まれる。
その瞬間、王妃の身体からすべての力が抜け落ちるような感覚が走った。
彼女は大きく息を吐き出し、手をゆっくりと下ろした。
エネルギーの拡散が完了した。王妃はその場に立ち尽くし、息が荒くなっていた。
手足は鉛のように重く、視界が少し揺らめくので、彼女はわずかに膝を折り、地面に手をついて体を支える。
目を開けようとしたが、まぶたは重く、力を入れなければ開けられないほどだった。
王妃は、ようやく一息ついてから、再び空を見上げた。
光の玉は再び穏やかな輝きを取り戻し、装置は静かに役目を終えていた。しかし、彼女の体力は限界まで消耗されていたので、ついにその場に座り込んでしまった。
「……終わった……」
マディラはかすかに声を漏らし、再びゆっくりと呼吸を整えようと試みた。全身が疲労で重く、まるで自分の体ではないかのように感じられる。
しばらくの間、彼女はその場で深く息を吸い、地面に触れる手に力を込めて、立ち上がることを試みるが、まだしばらくは動けそうにない。
「……なかった……」
これだけやっても、何か彼女の意識に響く反応は何も感じなかった。
大木の静寂に包まれて、彼女は目を閉じ、ただ自分の内なる力が戻るのを待っていた。
「お疲れ様」
その時、微かな風と共に、小さな足音が聞こえた。ふと目を開けると、目の前にはエルが浮かんでいる。
透明な翅をはためかせながら、王妃を見て心配そうに眉を寄せると、ふわりと浮きながら大木の若葉を摘み取り、手早く何やら準備を始めた。
彼女の小さな手が葉を絞ると、淡い緑色の液体がぽたぽたと小さなカップに落ちていく。
「これを飲んで、少し休んで。すぐ体力が回復するから」と、妖精は優しく勧めながら、特製のジュースを差し出した。
王妃は疲れ切った体をゆっくりと動かし、妖精からジュースを受け取った。
半信半疑で一口飲んでみると——
「まっっっっっず……!」
王妃は思わず顔をしかめ、口の中に広がる苦味と強烈な草の香りに驚きを隠せなかった。
彼女は思わずジュースを少し吐き出しそうになったが、ぐっとこらえる。
しかし、その顔のゆがみ具合からは、到底飲み物とは思えない味だったことが伝わってくる。
妖精はくすくすと笑いながら、軽く肩をすくめて言った。
「美味しかったら、みんながこの霊木の葉を全部むしって持っていっちゃうでしょう?だから、これでいいのよ」
その言葉に、王妃は思わず笑みを漏らした。
「なるほどね……言われてみればそうだけど。それで、この味なんだ」と、王妃は再びカップを見つめ、小さく頷いた。そして、覚悟を決めてもう一口飲む。
口の中に広がる不快な味にもかかわらず、体の中で少しずつエネルギーが戻ってくるのを感じ始めていた。
「ありがとう」と王妃は静かに言い、エルに微笑みを返し、カップを返した。
「これからどうするのだ?」
そうニドに聞かれ、神妙な面持ちで応えるマディラ。
「まぁ……行くしかないわよね、あっちに。」そういいながら、彼女は深いため息をついた。
――――――――――
トーラー宿舎の大広間
ここには、アテナエルの能力者たちが集められていた。
王妃の命令で急遽招集された彼らの雰囲気はどこか緊張感に包まれており、誰もがこれから彼女告げる言葉に耳を澄ませていた。
ジョナサンから、マディラがトーラーを全員集めての話があると聞いて、ジュリアンも参加していた。
前に立つ王妃は、その威厳と美しさを保ちながら、彼女は一呼吸置いてから、毅然とした声で話を切り出す。
「みんな、いつも国のために私に力を貸してくれてありがとう。そのおかげで、今のところ、国の平和は保たれています。」
王妃はゆっくりと周囲を見渡した。彼女の声は穏やかであったが、言葉の背後には深い責任感がにじみ出ていた。
部屋の窓から差し込む柔らかな光が彼女の髪にかかり、その顔に神々しい輝きをもたらしていた。
彼女のもとに集まった者たちは、静かに耳を傾け、その言葉を一つ一つ受け止めていた。
「——しかし、これから戦闘が激化することが予想されます。私自身ももっと前線に立つこともあるでしょう。」
その瞬間、彼女の瞳に強い決意が宿った。
戦いの厳しさを知り尽くしている彼女の目には、逃げることを許さない覚悟があった。重厚な沈黙が部屋を包み、誰もが息を飲んだ。
「そのためには、アテナエルの力を引き出す幻のアイテムが必要なのですが、どうやら緑の世界にはないようです。別の世界に探しに行かなければなりません。」
別の世界という言葉が発せられた瞬間、部屋の空気が一層重くなった。
異世界……それは誰にとっても未知の領域であり、危険が待ち受けているとされる場所だった。
しかし、王妃の口調には微塵の迷いも感じられず、現実に差し迫った課題であることを悟った。
「一人だけ同行してもらいたいの。捜索の際にアテナエルの力を増幅させるトーラーが必要ですが、みな、異世界に行ったことがないはずなので、基本的には無理に連れて行くつもりはないのだけど……。」
王妃はわずかに眉をひそめ、遠い場所を見つめるように目を細めた。
しかし、その言葉を受け、部屋の隅々からざわめきが広がった。
集まった者たちは互いに顔を見合わせ、異世界の話を聞くだけで怯えている者もいた。
尻込みする者たちの中で、誰もが自分から名乗りを上げることができず、沈黙が続いた。




