親と子 11
大臣の側近の仮面の男との交戦後
どうやらジャックは、マディラと仮面の男の接触を見ていたようだった。
そして、仮面の男は「サタナエル」もしくは「フレディ」と呼ばれていたことを知ったマディラは、彼が幼い頃行方不明になった息子だと告白する。
王妃は再びジャックに目を向けた。
「彼でしょ……ロケットの持ち主。あなたに手紙を託す時、何か言ってなかった?」
かつて「鎧の将軍」と呼ばれた男は、しばらく口を閉じたまま、何かを思い返すように目を伏せた。やがて、低い声で話し始めた。
「父が——俺たち二人は、共に幼い頃に大臣に拾われて父親のような存在だったのでそう呼んでましたが——俺に作戦を言い渡して地上に行くことになった際、フレディからあのロケットと手紙を渡された。「俺の前世での最期に、『次に目覚めた時に「彼女」に出会ったら懺悔の言葉を伝えて欲しい』と言われている」と。俺の方が早く地上に出ることになったので、自分より早く「彼女」に会えるはずだ、と。」
少し間を置いて、ジャックは言葉を続ける。
「その、昔の魂が会いたがっていた「彼女」について、フレディは明言しなかったが、徐々にわかっていった。何故なら、あなたに初めて会った時に、以前会ったことがある気がしたが……、それはフレディに似ていたから」
王妃は一瞬考え込み、軽く笑みを浮かべたが、その笑みはどこか寂しげだった。
「そう?彼は夫に似過ぎて、私の何処が似ているのか、自分では見当がつかないけど」
マディラは、そう自嘲気味に答えた。
彼女の言葉には、彼女自身の内面にある疑念や驚きが含まれていた。
失われた時間と、長い間探していた息子の存在が、今ようやく彼女の前に形を持って現れたことに対する複雑な感情が、言葉に滲んでいた。
滝の音が響く中、王妃はその瞬間を味わうように目を閉じた。
しかし、その静寂の中で、彼女は心のどこかで感じていた不安を拭い去ることができなかった。
仮面の男——フレデリックが一体何を企んでいるのか、そしてなぜ「天国のトンネル」の出現方法に固執しているのか。その答えはまだ、深い霧の中に隠されたままだった。
「あなたは、彼と対峙するの?」と、王妃はジャックに問いかけるように呟いた。返答はない。
彼女が仮面の男にどう向き合い、そしてトーラーであるジャックがどう動くのか——
彼は無言のまま、静かに姿を消していった。霧のように、風のように。
「マディラ様!」
ジャックと入れ替わるように、遠くから、はぐれたはずの側近がこちらに向かって小走りで歩いてきた。
王妃は、彼との再会に安堵をしてゆっくりと立ち上がった。
――――――――――
宿泊所に戻り、衣装を整えるため鏡を見つめながら、アテナエルと会話をするマディラ。
(今日喋ったのは、サタナエルか……それともフレデリックかしら。
——ジャックのように説得できると思う?)
(話し合いで大臣の元を去らせるのは無理であろう。幼少から大臣の側にいるが、洗脳ではなく自分の意志であちら側についている印象だった。)
少し間を置いてアテナエルは続ける。
(——あれはワラワがこの地に留まる理由となる存在。)
(なんであんなに扉の事を知りたがっていたの?)
( ……わからぬ。本当に開きたいようには思えぬが。
一つ言えるのは、他の将軍ならともかく、本当にアレと対峙するなら、彼の力に対応するために「クレイヴ」がいる。
先の対戦時にはあったはずだが、現在アレの行方がわからない。)
――――――――――
滝から戻ったマディラは、気持ちの整理がつかないまま国王と晩餐会に出席した。
豪華な料理が並び、燭台の温かな光が広がる部屋で、笑顔で談笑する貴族たちの中にあっても、彼女の心はどこか遠くにあった。
目の前に座るジュリアンの顔を見ようとするたび、仮面の男や滝のそばでの出来事が鮮やかによみがえる。
仮面が剥がれ、あらわになった素顔、そしてその執拗な問いかけ。
思い出すだけで胸がざわつき、無意識に目をそらしてしまう。
会話の合間、彼がマディラに優しく微笑みかけるたびに、彼女はぎこちなく笑顔を返そうとするが、心は上の空だった。
まるで彼の目を見ることができない。
晩餐会が終わると、控えの間で国王が心配そうに近づき声をかけた。
「この後の歓談の場には出るのかい?」
「ごめん、出たほうがいいのは知ってるけど、ちょっと……」と、視線を合わさずに言葉を濁すマディラ。
「なんだか、沈んでいるようだけど、昼間に何かあった?」
ジュリアンが抱き寄せようとすると、彼を拒絶するように両手で突き放し、彼女はやんわりと首を振り、静かに言った。
「今日は……一人にしてほしいの。」
マディラの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「そうか……」
ジュリアンは、彼女に拒絶される理由が皆目検討つかなかった。
しかしそんな顔をするマディラを滅多に見ないので、彼はそれ以上追及せず、彼女の意向を尊重してそのまま部屋を後にした。
――――――――――
歓談の会の後、夜遅くにジュリアンは宿泊所のリビングに護衛のハンスを呼び出す。
「昼間、彼女と一緒に近くの滝に行ったそうだったけど、どうだった?」
護衛は国王の問いかけに一瞬言葉を探すように目を伏せ、慎重に答えを考えた後、口を開く。
「滝自体はご満足いただけたように見受けられます。」
ジュリアンは護衛の表情に眉をひそめる。部屋の静けさが一層際立ち、護衛の声が低く響く。
「ただ……」
国王の表情を読み取った護衛は少し息を飲み、言葉を選びながら続ける。
「お妃様は、普段は次の予定を把握して、我々が声掛けをする前に行動される方ですが、先ほどは滝からはなかなか離れられないので、私の方から次の予定のお声がけをしました。」
その言葉を聞いて、国王の顔にわずかな緊張が走る。その様子は、確かに彼女らしくない。
「帰りは終始無言でしたが、行きの道中は、割と楽しそうにされていたんです。」
そこまで言い終わって、ハンスはまだ何か話すべきことがありそうな雰囲気で口をつぐんでしまう。
「僕は、君を咎めるために呼んだのではない。彼女の晩餐会での様子がおかしかったから、何かヒントが欲しいだけなんだ。他に気になった点があれば教えて欲しい。」
あ、はい、では……と、護衛は一瞬、言葉に詰まるが、覚悟を決めたように再び語り始める。
「——本当は陛下にもっと早くにご報告差し上げるべきでした。申し訳ありません。
実は、行きに、少しの間でしたがお妃様を見失っておりました。本来叱責される事項だと認識しています」
国王は少し眉を寄せるが、すぐにその場を和らげるように静かに応じる。
「その時の状況を話してくれないか」
護衛は一瞬目を伏せ、慎重に言葉を選びながら続ける。
「はい。滝に辿りつけないでいるうちに、霧が立ち込めてしまってお妃様を見失ってしまいました。
しばらくすると霧が晴れて、滝を見つけることができ、そしてマディラ様は既に滝をそばで鑑賞されておりました。
ただよく見ると、首筋に赤い線が一本入っていたので、糸屑か何かついているかと思い、お声がけしましたところ、慌ててそこを触り、また何度か髪の毛を撫で付けるような仕草をされていたのです」
護衛の言葉に、国王の表情が険しくなる。
護衛は続ける。
「これは私の推測になるのですが……、お妃様は私とはぐれていた時、何者かと交戦したのでは、と。でも心当たりがなくて……。
帰路で、道を外れたところに、行きには見かけなかった熊の死体がありました。
遠目だったのでよくわかりませんが、おそらく私より一回り大きい個体です。
でも、マディラ様がもしも熊に襲われていたら、首筋にちょっとかすり傷程度では済まないですし、あれは関係ないとは思うのですが他に、お強いお妃様を傷つけるモノなんて……」
部屋にはしばしの沈黙が流れ、国王は深く息をついた後、優しく護衛に言葉をかける。
「そうだったか。ともかく、二人とも無事でよかったよ。話してくれてありがとう」
ジュリアンは安心させるように、少し笑みを浮かべて彼はそう声をかけて、ハンスを下がらせた。




