親と子 7
カルアラの災害対策本部
侍従長のジョナサンは、国王を乗せた馬車が到着したと聞いたので、飛び込むように客車の扉を開けた。
確かにそこに国王はいたが、ジョナサンは感覚が鋭いので、一瞬で彼が誰かを見抜き落胆をする。
その上、被災地を訪問すると連絡を受けていないマディラがそこにいて、さらに驚いてしまった。
彼女は、そんな彼の動揺にはまるで気づいていないかのように、穏やかな表情でジョナサンに向かって話しかけた。
「侍従長殿、お役目ご苦労様です。陛下が一時期皆とはぐれてしまいましたが、王都で情報を収集した結果、無事に合流することができましたので、こうやって一緒に参りました。私も被災者のお見舞いを一緒にしたいですわ。」
彼女は何事もなかったかのように、優雅に馬車を降りてジョナサンの横を通り過ぎていく。
その言葉は真っ直ぐで、揺るぎないものであったが、彼の心には何か異様なものが絡みついていた。
この陛下は、本物ではない——その確信が、彼の胸の奥底で静かに囁いていた。
かつて、ジョナサンが偽のジュリアンを王妃の元に差し向けたが、皮肉にも今度は、マディラが彼の前にその偽王を連れている。
「……王妃様、これは一体——」と彼が口を開いたその瞬間、王妃の鋭い視線が彼を捉えた。
まるで、その問いが口に出る前に封じられたかのように、彼女は微笑むことなく、ジョナサンの言葉を遮って冷静に命じた。
「セバスチャン、馬車にいる者は今回の件の重要参考人なので、一旦対策本部に連れて行き、あなたは彼を見張っておいて。彼は危険だから、決して近づかないように」
王妃は後ろを振り返り、車内にいる長髪の仮面の男を軽く顎で指し示した。
仮面の男は王妃の指示に従うように無言で動き、まるで囚人のような扱いを受けながら馬車を降りる。
万が一避難所内にスパイがいては困るので、マディラは仮面の男の正体を明かさないことにした。
マディラの側近であるセバスチャンが見張っていれば、彼は他人を寄せ付けることはないし、地の者が紛れていても見分けられる。
「重要参考人……」
ジョナサンの視線が仮面の男に向かう。
側近の心はざわめき、その仮面の男に隠された真実を知りたくてたまらなかった。
この男は、崖から落ちた国王について何を知っているのか。
そして、彼が陛下の安否をどのように証言するのか。
手を縛られた男の体は疲れ切っているように見え、しかし表情は仮面の奥に隠れていて何も読み取れない。
まるで囚人のように扱われている男が、一体何者なのか、そしてなぜこんなにも怪しげな扱いを受けているのか——それすらも彼の疑念を深めていく。
その仮面の下には何が隠されているのか——ただならぬ雰囲気を放つその姿に、ジョナサンの胸の中で不安が膨らむ。
「陛下……陛下が無事だと……信じていいのでしょうか……」
ジョナサンの声はかすれ、震えていた。国王への敬愛と恐れがない交ぜになり、心の中で湧き上がる不安を抑えきれなかった。
王妃は優雅に振り返りながら静かに微笑んだ。
「何をおっしゃる、侍従長殿。陛下は目の前に、ご無事でいらっしゃるではないですか。」
王妃自身は、真の国王が行方不明であることを知っているはずで、そのことを公にはせず、あくまで冷静に事態を取り仕切っているようであり、同時に何かを隠しているかのようでもあった。
ジョナサンの胸に残るのは、安堵とは程遠い深い絶望感だった。
彼はまだ本物の国王に会えていない——その現実が彼を締め付け、王妃の微笑がかえって不気味に見えた。
旅人らしき男がジョナサンの前を過ぎる瞬間、二人の視線が一瞬絡み合った。
その時、側近の胸が一瞬、強く締め付けられた。
瞳の色が違う——それは確かだ。だが、仮面の奥に隠された、その静かな眼差しの奥底に、彼は感じた。
自分がずっと敬愛し、仕え続けてきたあの国王の存在を。
まるで仮面越しに、無言で何かを訴えかけるような、その目。
「まさか……」
彼は息を飲み、足元に力が入らない感覚に襲われた。
しかし、その感覚はすぐに冷たい理性に押し込まれる。今ここで感情を露わにしてはならない。
王妃が何を考え、何を企んでいるかは分からないが、陛下の安全が何よりも大切なのだ。
ジョナサンは深く息を吸い、静かに「……長旅でお疲れの陛下が、一瞬別の方に見えてしまいました。大変失礼いたしました」と返事をした。
ジョナサンの言葉には一切の動揺を感じさせないように気を配られていたが、心の奥底では再び陛下に会えた喜びと、何も知らないふりをしなければならない苦しみが交錯していた。
マディラの冷静さから何か察した彼は、仮面の男がセバスチャンと室内に入ったのを確認すると、トマスと一緒に王妃と偽の国王を被災者の仮設住宅へと案内した。
――――――――――
しばらくして、トマスとともに3人が対策本部に戻ってくる。彼は、偽の国王を前にして丁寧に頭を下げながら、満足げな表情を浮かべた。
「陛下もご無事で本当に良かった。
王妃様が同行することで、特に被災した女性や家族に対して、より感情的な共感や安らぎを感じてもらえたようです。
昨日は侍従長殿だけで、不満が爆発しそうだったのですが、王妃の存在が、被災者がより心を開く場面が見られたように思います」
ジョナサンは内心でその言葉に複雑な思いを抱きつつも、感情を表に出さずに軽く頷くだけだった。
自分も一生懸命やったのに、それでもやはり国王夫妻の存在がいかに絶対的なものかを痛感させられた瞬間だった。
「そう言っていただき、嬉しく思います。無理を承知でこちらまで足を運んで正解でした。」
マディラはトマスのコメントに微笑みを浮かべ、優雅に応じた。
「ただ、王都を長期不在にしても今度はあちらの情勢が不安定になりますので、私はもうすぐしたら一足先に失礼致します。
陛下は、今晩はこちらにご滞在になり、翌朝出発ということですよね」
という王妃に、偽王は穏やかな笑みを浮かべて頷いたが、どこか形式ばったものだった。
「ああ、そうしようと思っている。君には負担をかけるけど、こういう事態だからよろしく頼むよ」
「では、先ほど不満が上がっていた仮設住居の件……それから、追加物資について……」などと、わざと大きな声で議論を始めるマディラ。その声は、仮小屋の薄い壁の向こうの部屋まで筒抜けである。
「どう思いますか、ジョナサン」と話を振りながら、彼に目配せをするマディラ。
何かを勘付いた彼は、「現地視察をしたところ……現場の復旧作業ですが……」と、同じような声量でジョナサンも状況を話し出す。
(追加物資は、一旦の西海岸の大都市のピルスから運ばせて。あそこの備蓄倉庫は無事だったはずだ。同時にアルバスからすぐに要請品を運ばせる)
(現場の復旧には、南側幹線道路を優先的にして、西部方面は一旦旧街道をメインで使って)
仮設の建物のどこかにいるジュリアンは、マディラたちの声が聞こえているらしく、彼女に思念波を送ってくる。
彼は普段から国の物資の状況を把握しており、城を出る際にも最新の状況を確認していたので、国の誰よりも的確に指示を出す事ができた。
「先ほど避難民から要望が出た物資はアルバスから送りますが、ピルスの在庫があれば、それを一時的に活用してください」と、マディラは声を張り上げて、ジュリアンの指示をジョナサンに伝達する。
そんなやりとりを小一時間ほどした後、「それでは失礼しますわ」と言ってマディラは帰城の準備を始めた。




