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親と子 5

小屋の近くで、傷ついた青年を助けたセシリア。


青年が意識を一度取り戻して、アキラと名乗ったのを聞き取ったものの、彼女は彼の正体には気づかない。

ただ、彼をじっと見つめ、胸の中で何かが弾けるような感情を覚えた。

彼がここに来たのは、まるで運命が彼女に贈り物をしたように思えたのだ。


セシリアが人里を離れてこの小屋で暮らすようになったのは、幼い頃から村の人々に疎まれてきたからだった。

彼女の家族はある日突然災難に見舞われ、全員を失ってしまった。

その出来事をきっかけに、村人たちは彼女を「災いを呼ぶ者」と恐れ、距離を置いた。

幼いセシリアは村の中で孤独を感じ、次第に自ら村を離れ、この小さな小屋で静かに生きる道を選んだのだった。

孤独な日々の中、セシリアはずっと何かを待っていた。

誰かが自分を見つけ、ここから連れ出してくれる日を夢見ていた。

そんな彼女の前に現れたアキラは、彼女にとってまさに神が遣わした「白馬の王子様」のような存在だった。


彼女は、ふと窓の外に目をやり、風が木々を揺らす音を聞きながら、小屋の中に響く静寂を感じた。

この場所で一人で生きていくのは、寂しさとの戦いだった。

怪我人でほんの一言会話をしただけだったが、誰かがそばにいることで、どれほど心が温まるかを実感していた。

「ずっとここにいてくれたら……」彼女は心の中で願った。

アキラが、彼女の世界に光をもたらし、永遠に彼と共に過ごせる日々が続くことを夢見始めていた。

セシリアは、瀕死の青年を助けた時、ただ一人の人間としての善意から行動していた。

彼が目の前で息をしているだけで安堵し、孤独な生活の中での短い繋がりにすぎないと自分に言い聞かせた。

しかし、「アキラ」と名乗った青年が目を覚ました瞬間、すべてが変わった。


彼に包帯を巻いた時、彼の銀髪は肩にさらりと流れ、セシリアの手元で輝いて見えた。

彼の瞼がゆっくりと開き、光を受けたアメジストの瞳がセシリアを捉えた。

高貴さを感じさせる整った顔立ち、疲れ切ってはいるものの、その美しさには息を呑むしかなかった。

彼のすらりとした体格に加え、その貴族的な雰囲気が、ただの助けを超えた感情を呼び起こす。

セシリアの心の奥に潜んでいた孤独は、新たな形で膨れ上がり、優しさから助けたつもりの青年に対する独占欲へと変わった。

「彼は私だけのもの——私だけの手で助けたのだから、私だけのものであるべきだ」

と無意識に思い始め、心に湧き上がる欲望に気づいていないかのように、そっと彼の頬に触れた。



――――――――――



翌朝。

ジュリアンは、日の出とともに目を覚ました。

柔らかな光が部屋を照らし、横を見ると、セシリアが椅子に座ってベッドに寄りかかるようにして眠っていた。

いつの間にか、彼は裸ではなく質素でゆったりとしたサイズの灰色のシャツを身にまとっていた。

疲労の中でも、どこか安らかな表情を浮かべる彼女に、彼は軽く手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でた。

微かな動きに気づいたセシリアは、はっと目を開け、ジュリアンを見上げる。


「おはよう」とジュリアンが微笑むと、セシリアも笑顔を返した。

「この家の唯一のベッドを奪ってしまったね……申し訳ない」

「いいのよ、そんな事は……あ、全然食事していないわよね。簡単なものだけど、すぐに用意できるから」

そう言って、彼女は朝食を用意するためにキッチンへ行く。


彼女に声をかけられて、ベッドすぐそばの食卓に移動し、久しぶりの食事で体力を取り戻すジュリアンは、感謝の気持ちを抱きながら、彼女の用意した素朴な料理を一口ずつ噛みしめた。

その後、彼は再びベッドに戻り、休息を取ろうとした。


セシリアは洗濯物を干すため、外に出た。

空は晴れ渡り、彼女の心も晴れやかであったが、どこかに一抹の不安が漂っていた。

一方、ジュリアンはベッドで全身に意識を集中し、体力の回復具合を確認した。

傷口を塞ぐ能力を使う程度には問題ないと判断し、彼は包帯を解いて傷口に手を当て、頭と脇腹の深い傷を回復させ始め、痛みが徐々に引いていく。

その時、突然ドアが開き、洗濯籠を置きにきたセシリアが、ジュリアンのその様子を目撃した。


「もう、みんなのところに戻らなきゃならない。それにいつまでもここにいては君に迷惑がかかる」とジュリアンが言った瞬間、セシリアの表情が変わった。

「アキラを、どこにも行かせない」と低く囁くように言った彼女は、まるで今までの優しい女性とは別人のような目つきをしていた。

彼女は薪割りの斧を持ち出し、恐ろしい決意を抱いた様子でジュリアンに向き合う。


「何をしているの……?」ジュリアンが驚きの声を上げたとき、セシリアは静かに答えた。

「ここから出て行くなら……両足を……切り落としてでも、あなたをここに留める……」

セシリアの瞳に悲しみと恐怖が浮かんだ。彼女は、ジュリアンを失うことへの不安と孤独に苛まれていた。

元々、心の奥底に潜んでいた闇が徐々に膨れ上がり、黒い欲望が彼女を支配し始めた。

「アキラ、ここにいて……お願い……」セシリアの声が震えていたが、その表情はすでに変わり果て、善意の残り火が消えかけていた。

次の瞬間、彼女はジュリアンに向かい斧を振り上げ、ベッドにいる彼に襲いかかった。


「セシリア、やめろ!」ジュリアンは間一髪で身を翻し、窓から庭へと飛び出した。

しかし、まだ完全には回復していない体では動きが鈍く、セシリアがすぐに追いついてきた。

彼女は狂気に満ちた目で斧を振りかざし、彼に襲いかかる。

その瞬間、ジュリアンは反射的に力を使い、ドーム状の結界を張り巡らせた。

斧は結界に叩きつけられ、激しい音を立ててはじき返された。

セシリアは何度も何度も斧を振り下ろし、ジュリアンを自分の元に留めようとする狂気に囚われていた。


結界の中で、ジュリアンは一瞬立ち止まり、息を整えた。

彼の力でセシリアを倒すことは容易だったが、彼女は自分の命を救った恩人だ。

そして、闇に心を奪われた今の彼女は、本当の彼女ではない。それが痛々しいほどにわかっていた。

「どうすれば……彼女を救える……」ジュリアンは結界の中で苦悩し、彼女を救いたいという思いと、やむを得ず倒さなければならないという現実との間で葛藤していた。

斧を振り下ろすたびにセシリアの顔に浮かぶ哀れな表情が、ジュリアンの心を締め付ける。

「彼女を闇の力から解放する方法があるはずだ……だが……」

時間がない。

結界は彼女の猛攻をしのいでいたが、ジュリアンの体も完全に回復しているわけではなく、限界が近づいていた。



――――――――――



ジュリアンの行方不明の報を受けた翌朝。

マディラは、被災地に近い地方都市クルガーディーの町外れに瞬間移動で降り立っていた。

そして、ジュリアンに変身したスターリングと、セバスチャンも一緒だった。

マディラは、昨晩遅くにアレクシウスに頼んで、この土地の領主、アバコーン卿に馬車を借りたい旨の書簡を送っていた。

卿の館に行くと、早朝に書簡を受け取ったにも関わらず、すでに彼女達のために質素な馬車が用意されていたので、偽の国王とセバスチャンは馬車に乗り込む。

マディラは、被災地カルアラに既に到着しているジョナサン達と合流するように影武者に指示を与え、二人は目的地へと向けて旅立った。

ジュリアン達がとった南側のルートではないので崖もなく、順調に行けば昼くらいにジョナサン達と合流できるはずだ。


マディラはその後、王都が襲撃に遭わないように直ちに帰城しようと準備を整えたが、ふと、彼女の敏感な感覚が周囲の空気に異変を感じ取った。

何か波動を感じる。

しかもそれは、今いるクルガーディーから遠くない場所から発せられているようだった。彼女はこの違和感を無視することができず、即座に行動に移した。

アバコーン卿に掛け合い、彼女は馬を借りると、単身で気になる気配のする場所に向けて出発した。

朝日を浴びた山道は静寂でありながら、どこか張り詰めた不安を漂わせていた。

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