親と子 4
アルバス城 謁見の間
ジュリアンの馬車が崖から転落した報を受け、「月」の能力者スターリングと「吊るされた男」の能力者セバスチャンが謁見の間に呼ばれた。
二人がすぐに部屋にくると、マディラは静かに彼らを見つめ、スターリングに指示を下した。
「あなたが国王の姿となることを許可します。現地に向かい、ジョナサンと合流して共に地方公務を無事に終えてください。誰にも異変を気取られてはなりません。セバスチャン、彼をサポートしてあげて」
スターリングは、普段は誰かに変身することを許可されていなかった。ましてや、国王になることは強く禁じられていた。
彼は、神妙な面持ちで一歩前に出て、静かに頷いた。
「お任せください、王妃様。私は陛下と同じように振る舞い、誰にも疑われることなく任務を遂行します。」
彼の言葉には覚悟と自信がにじんでいたが、王妃の目にはその裏にある緊張も見て取れた。
そして、セバスチャンも応える。彼は少し眉をひそめながら、真剣な表情で言った。
「俺たちがいる限り、何があっても公務は必ず成し遂げます。ジョナサンとも必ず合流し、万全の体制で進めます。どうかご安心を。」
彼の力強い言葉は、王妃の心を少し和らげたが、それでも目の前に広がる危機の重さが彼女の表情から消えることはなかった。
マディラは一瞬、目を閉じ、祈るように彼らの顔を見回す。そして小さく震える声で言った。
「みんな……生きて帰ってきて。」その言葉には、彼女の全ての願いが込められていた。
「現場は遠すぎて、私の思念波は陛下に届かないから安否確認できない。」
王妃は残念そうに唇を噛み、そして言葉を続ける。
「仮設の災害対策本部は行ったことがないので瞬間移動で行けないけど、近くの街のクルガーディーなら知っているので、明日二人をそこに送り届けます。
私が王都を離れると、大臣達の強襲の可能性があるからすぐにここに戻るけど、二人で必ずやり遂げて」
そう伝えると、明日の準備のため、二人を下がらせる。
「国王が無事に戻られるまで、この国が動揺することは許されない。混乱は敵の思う壺。
国民には、陛下が指揮を執っているかのごとく、通常通りの業務が行われるように振る舞って。」
家臣達にそう指示をする彼女の瞳に宿るのは、絶望ではなく、強い決意だった。
「あなたは疲れたでしょう。今日はゆっくり休んでください」
その言葉を聞き、使者は王妃の毅然とした姿に敬意を払いつつ、素早く部屋を後にした。
マディラは使者の背中を見送った後、深く息をついた。
彼女の心の中では、希望と不安がせめぎ合っていたが、今は国を守ることが何よりも優先される。
彼女は王座の前でひとり立ち尽くしながら、ジュリアンの無事を祈り続けた。
――――――――――
ここは……
ジュリアンはうっすらと意識を取り戻した。痛みと疲労が全身を襲い、頭の中はぼんやりとしている。
彼は冷たい何かに包まれていたが、それが何かをすぐには理解できなかった。
やがて、かすかな煙の匂いと、木材が燃える音が耳に入ってきた。
見慣れない天井が目に映ると、自分が知らない場所にいることを悟った。
「……ここは……どこだ?」彼はかすれた声で呟いた。
彼はふと自分の体を見下ろすと、上半身が裸で包帯が巻かれていることに気づいた。
なぜ裸なのだ。この傷は一体……
記憶の糸を手繰り寄せようとすると、頭がガンガンして、思わず額に手を当てると、どうやら頭にも包帯が巻かれているようだった。
脳に酸素を取り込もうと大きく息をすると脇腹が痛み、それと同時に少し前まで彼の体を巨木の枝が貫通していたことを思い出した。
――――――――――
ジュリアンは、馬車がぐらついて宙に浮いた時、黒い影に咄嗟にジャケットを脱いで目隠しした隙に、客車の反対側の扉から脱出するも、崖に激突して頭を強打し、意識が遠のいていた。
次に目が覚めた時には、谷底の巨大な流木の枝が自分の脇腹を貫通し、血が地面に滴り落ちているのが見えた。
枯れ枝に串刺し状態だった。
あたりを見回し、自分から地面までおおよそ2−3メートル、河原には直径2−30センチ程度の石がゴロゴロしているが、この巨木以外障害物はない。
落ちたら痛そうだが、ここでじっとしていても埒が開かない。
死ぬことはないが、この距離は痛そうだ。
そう思いながら、右手に力を込めて光を帯びたことを確認し、自分の体から50センチほど下のところの枝に手刀を入れる。
ばきっと音がした瞬間、枝の半ばまで、自分の小指から中指まで食い込み、体がぐらつきジュリアンの重みで残りも折れてしまい、仰向けに落ちて行く。
ズサっという音ともにも、背中全体に激痛が走り、思わずうめき声を出す。
だが、その勢いで、直径15センチほどの、体を貫通していた枝が、少し動いた。
ジュリアンは、意を決して2−3回深呼吸をし、両手でそれをつかみ、一気に引っこ抜く。
激痛が脇腹に走り、またうめき声が出る。
彼は上体を少し浮かせ、傷口を直視すると、見事な風穴が開いている。
これを完治させる体力は今は残っていないな……片方だけ塞ぎ、反対側は圧迫止血するか。
ジュリアンは、右手で脇腹を押さえて傷口を治癒しつつ、着ていたブラウスを脱ぎ、左手で脇腹の背中側に丸めたブラウスを強く押し当てて、しばらくしたところ、腹側の傷は塞がり、どうやら背中側も出血は止まったようだ。
こんな見通しのいいところに座り込んでいたら、すぐに追っ手に見つかるだろう。
彼はそう思いながら河原を見渡す。
土手側は自分の背よりも高い岩が多数あり、とてもじゃないが今の自分ではよじ登れそうにない。
しかし、岩陰にしばらく隠れることはできそうだ。
そう思いならがゆらりと立ち上がり、程よい岩陰で座り込んだところ、ジュリアンは失神してしまった。
――――――――――
ジュリアンの意識が戻ったのに気づき、彼の目の前に現れたのは、長い黒髪をざっくりとまとめ、日焼けした肌に、シンプルな布のワンピースを着た若い女性だった。
彼女の瞳はまっすぐに青年を見つめているが、その表情には驚きや怯えはなく、穏やかさと強い意志が漂っていた。
「目を覚ましたのね。よかったわ。」彼女は彼に水を差し出しながら、優しい声で言った。
「ここは私の小屋よ。川のそばで倒れていたあなたを見つけたの。かなりひどい怪我だったけれど、止血はうまくいっているみたい。」
彼女は青年が誰かを全く知らない様子で、ただ一人の漂流者として接していた。
「君が……助けてくれたの?」ジュリアンは弱々しく問いかけた。
「ええ、でも、命を救えたのは運が良かっただけよ。しばらくここで休んで、体を治すことね。」彼女は微笑み、暖炉の火を調整しながら静かに語った。
「私の名前はセシリア。ここで一人で暮らしているわ。あなたは……?」
彼はその問いに一瞬言葉を詰まらせた。
目の前の彼女は、自分が助けた男がこの国の支配者であることなど夢にも思っていない。
少女の問いに少し考えた末、静かに「アキラだ。」と答えたが、彼の声はまだかすれていた。
ジュリアンは偽名を名乗ることで、自分が置かれている状況を隠し通すつもりだった。
あれからどれくらい時間が経過しているのか。
被災地に向かうはずだったが、ここはどこだ。どれくらい離れているのか。
ジョナサンや他のもの達は必死に自分を探しているはずだ。どうやって連絡を取れば……
せめてマディラに、自分が一命を取り留めていることが伝われば、色んなことがスムーズに進むはずだが……彼女は気づいてくれるだろうか。
色んなことが一度に脳裏に浮かぶも、体は限界に近く、痛みと疲労が彼を再び襲い、意識は再び遠のいていく。
彼は眠気に引き込まれるように目を閉じ、深い呼吸をしながら再び眠りについてしまった。




