無と有 9
天目の塔
鎧の将軍ジャックの動向を偵察にきた雷の将軍ゼクス。
その時、暇だと騒ぐ女性の声が塔の壁を反響していた。
ジャックはその声に気付き、内心で驚きと苛立ちを感じた。
一方ゼクスは、この塔にまさか人質がいると夢にも思っていないので、彼女の声は聞こえないらしく、ジャックの言葉に軽く肩をすくめた。
「——何か変わったことがあれば、すぐに報告するようにしろ。閣下の指示以上の事をするなど、抜け駆けはするな。」
彼は、鎧の将軍が隠している事については気づいていないらしく、一言も触れなかった。
ジャックは、ここで敵を誘き寄せるのではなく、彼女を囮にアルバスに攻め入り王家の関係者を捕らえて殺すつもりだったのだ。
だがその計画について、ゼクスには知られたくなかった。
ジャックが幽閉している女は、自分では名乗っていないが、きっと王妃なのだろう。
自分だけではなくゼクスも、父が王妃を手に入れたい事を知っているので、彼女が今ここにいることを言えば、すぐさま地下神殿に連れていくだろう。
しかし、彼女はこの作戦の鍵だから、他の将軍や父のもとに連れていくわけには行かない。
鎧将軍は一瞬、塔の最上階へと視線を向けながら、内心でじっと考えた。
王妃が退屈を紛らわすために叫び続けるのなら、何かの拍子にゼクスに見つかってしまう可能性があるので、少しでも気を紛らわせる必要があるだろう。
ゼクスは鋭い目でジャックを再度見つめたが、結局何も問いただすことなく、稲妻のようにその場から消え去った。
その速さは、目で追うことすらできないほどだった。
雷の使い手が去ると、鎧の将軍は重々しい息をつき、「ゼクスめ……」と低くつぶやいた。
「あいつがここに出入りする限り、油断はできんな……」
彼は振り返ることなく、王妃を囮にして王を屈服させる計画を秘密裏に進めるように、部下に指示した。
――――――――――
鎧将軍は塔の階段を登り始めた。
彼は心の中で、王妃をどうにかしなければならないという考えが渦巻いていた。
彼女が騒いでいることは、思わぬ結果を招く可能性がある。
それに、テラを倒す能力がある彼女を下手に刺激することで、彼自身の計画が狂ってしまうかもしれないという不安があった。
塔の最上階にたどり着くと、ジャックは扉を開け、王妃の姿を目にした。
彼女はベッドに座り、何かをぶつぶつ言いながらも、まるで子供のように不満を漏らしていた。
「おい、何を騒いでいる。」彼は声を低くしながら言った。
「お前は人質としてここにいることを忘れるな。」
王妃はジャックを見上げ、「退屈なのよ!こんなところに閉じ込められているなんて、何もすることがないじゃない。」と、半ば冗談めかして返した。
将軍は一瞬言葉を失い、彼女の発言に苛立ちを感じたが、冷静を保ちながら彼女に言った。
「お前の退屈を紛らわすのは俺の仕事ではない。少し黙っていろ。俺にはやらなければならないことがある。」
王妃はその言葉に少し黙り込んだが、すぐに不満をこぼした。
「退屈なのは変わらないわよ。何か面白いことをしてよ!」
将軍は、彼女につきあってられないと心の中で舌打ちし、初めは彼女の言葉を無視し、再び部屋を出て行くことに決めた。
自分の任務がある以上、彼女のわがままに付き合う余裕などなかった。
しかし鎧将軍は、王妃の言葉を無視することができず、何かしらの反応を示さずにはいられなかった。
彼女の暇そうな様子は、彼の意に反して胸の内にある人間性を刺激して、ジャックは、冷酷無比であるべき自分に対して疑問を抱いて、静かに彼女の姿を見つめた。
彼女が人質でありながら、その美しい顔立ちを歪め、何かしらの楽しみを求めている様子に、彼は思わず心を揺さぶられた。
これまでの人生で経験したことのない、無邪気な女性とのやり取り。
——俺は、貴族や王族を殺して復讐するのが悲願なのに。
そう思う一方で、彼女の退屈を解消するために何かすることは、自分の計画にとってもプラスになるかもしれないと彼は思い始める。
しかし、彼女が人質であることを考えると、どうしても慎重にならざるを得なかった。
「退屈か……」と、しばしの沈黙の後将軍は呟き、思案した。
王妃が持つ影響力や魅力は、彼にとっても利用価値があるので、彼女が退屈を紛らわせていることで、彼の計画が順調に進む可能性があると考えた。
「分かった、少しだけ手を貸そう。」将軍は決意し、王妃に向かって言った。
「だが、俺の計画に支障が出ない範囲でな。」
王妃は目を輝かせ、「本当?何をしてくれるの?」と期待に満ちた声で問いかけた。
「ここから見える景色を少しでも楽しめるように、もう少し大きく窓を開けてやろう。外の空気を感じられるだけで、少しは気分が変わるだろう。」
そう言いながら、ジャックは窓枠に鍵を差し込み、部屋の窓をより開けて外の景色を見せることにした。
王妃は窓から顔を出し、外の風を感じた。「わあ、風が気持ちいい!それに、あの森の緑が見えるわ!」と、声を弾ませた。
彼女の笑顔を見ると、将軍もほんの少し心が和らいだ。
「ただし、ここから出ることはできない。俺の任務を邪魔しない範囲で楽しめ。」
将軍は警告を添え、王妃の部屋から立ち去る。
王妃は彼の背中に元気よく「ありがとう!」と返事をした。
彼女の無邪気な反応は、ジャックの心の中で何かしらの感情を芽生えさせていた。
王妃を人質として扱うことができる立場にいるにも関わらず、それに反するような彼女の希望を叶えることで、彼は意外にも自分自身の心の安定を保つことができた。
――――――――――
将軍が立ち去った後、風が吹き込み、同時に森で出会ったカラスが一羽、黒い羽を広げて飛び込んできた。
その姿は優雅でありながら、不吉な印象も与える。
マディラはその瞬間、森で出会ったカラスが自分のもとへ戻ってきたことに心が躍る一方で、不安も感じた。
彼女はカラスが無事であったことのお礼ではなく、何か重要な話があるのではないかと感じていた。
カラスは王妃の目の前で羽ばたき、その目は不安と期待に満ちていた。
「あんた……覚えてるか?先日森で出会った。」
カラスの声は低く、かすれたようだったが、その中に確かな意志が込められていた。
王妃は頷き、カラスの言葉に耳を傾けた。
「あの後、どうなったか気になっていたわ。あなたの求めていたことはどうなったの?」
カラスは少し間を置いてから答える。
「実は……俺は本当は人間だったのだ。しかし、地下神殿の悪魔に襲われ、姿を変えられてしまった。このままでは、何もできない……俺は戻してほしいとお願いしたかった」
彼の目には悲しみと苦悩が浮かび、マディラの心に共鳴した。
「でも、どうしてまだ戻れないの?」彼女はカラスの胸の内を知りたくてたまらなかった。
「悪魔の部下があまりにも多すぎて、近づくことを諦めた。」
カラスは言葉を続け、目を伏せる。
彼女はその言葉を受け止め、彼がどれほどの恐怖を抱えているのか想像する。
しかし、マディラの心には、人間だったという話を聞いてふと閃いた。
「もしかして、あなたはタロットカードを持ってない?そして、それをきっかけに何か不思議な力に気づいてない?」
カラスは一瞬驚いた表情を見せ、そして徐々にその目に希望の光が宿った。
「そうだ、俺はカードを持っている。そして、時間を少しだけ止められる、ほんの10秒くらいだけどな」
カラスの声は低く、力強さを取り戻しつつあった。




