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無と有 8

遡ること数時間前


エルニドから少し離れたところにある塔。

ここは「天目の塔」と呼ばれ、古の時代に神聖な儀式や占星術に用いられた場所。

また近くには広大な湖が広がっており、下流から川が流れている。天体や天然の水瓶の観測、そして儀式の目的で建造された。


しかし、数百年前の大規模な天文儀式の最中に起こった「逆星の災厄」と呼ばれる不吉な出来事が原因で廃墟と化した。

その儀式の最中、空に逆向きに動く星々が現れ、予言とは異なる結果が現れたと言われている。

その後、塔で働いていた者たちは次々と不慮の死を遂げたり、謎の失踪を遂げたりしましたのをきっかけに、地元の領主や神官たちは塔を封印し、以降、使用されなくなった。

以来、塔は忌み嫌われる場所となり、近づく者はいなくなる。

塔の構造は堅固であり、また周囲からも距離があるため、鎧の将軍ジャックは塔を軍事拠点として再利用した。

防御力の高い拠点として最適だった。


天目の塔の最上階。

マディラは冷たい石の床に横たわって目を覚ました。

周囲は薄暗く、唯一の光源は窓から差し込む夕陽。

手首には重い鉄の手錠がかけられており、動こうとすると鈍い音を立てた。

彼女は視線を巡らせ、自分が塔に囚われていることを理解した。

石造りの塔の部屋には冷えた空気が漂い、外から聞こえる風の音が不気味に響いていた。

目の前には鎧を纏った将軍と、彼の部下が二人。鋭い視線で彼女を見下ろしていた。


「これは、随分な歓迎ね。」マディラは軽くため息をつきながら、何気なく手首の手錠に力を入れた。

そして、鉄が軋む音とともに、手錠が一瞬で壊れた。

「邪魔だから取ったわ。」王妃は涼しい顔で言い放つと、ゆっくりと立ち上がった。

その姿には疲労の気配があるにもかかわらず、堂々とした威圧感が漂っていた。

「おとなしくしているから、もう手錠はつけないでちょうだい。」

部下の一人が思わず後ずさり、「な、なんだこいつ……!」と震えた声で呟く。

しかし、鎧を纏った将軍は微動だにせず、彼女を冷静に見据えている。その視線に気づいたマディラは、さらに微笑みを深めた。

「将軍自ら監視ってことはないわよね。私に話があるの?なら、この二人を下がらせて。私はあなた、鎧の将軍とだけ話したいの。」

部下たちは驚愕の表情を浮かべたが、鎧の将軍は冷静に彼女を見つめた。

「無理なら、暴れてやるわよ?」

マディラは不敵な笑みを浮かべながら、威圧感を持って言葉を投げかけた。

テラを倒す実力者なら、こちらも多少の被害は免れないと判断した将軍は、部下に静かに命令を下し、二人の兵士は後ずさりしながら部屋を出ていった。

扉が閉じられ、二人きりになると、彼女は鎧将軍にさらに交渉を仕掛けた。


「さて、話を始めましょうか。でも、その前に兜を取ってもらえないかしら?

そのままでは何も話す気になれないわ。」

鎧将軍はしばらく黙り込んでいたが、彼女の揺るぎない態度に根負けし、重い手で兜を外し始めた。

兜が取り払われると、現れたのは思いのほか若々しい顔立ちの青年。

切れ長の目と端正な顔つきは、荒々しい戦士というよりも、知略家を思わせた。


「まあ、てっきり年配の将軍だと思っていたのに、若者だったのね。」

マディラは驚いた様子を見せながら、目を細めて彼を観察した。

「しかも、なかなかの美男子じゃない。……ねえ、どこかでお会いしたことある?」

彫りが深く、貴族的な端正さがある顔つき。日焼けした小麦色の肌。

過酷な戦場で過ごしたのか、顔には戦闘による小さな傷跡が散見される。

黒に近いダークブラウンの髪を少し伸ばしており、オールバックに整えられている。

瞳は灰色がかった緑で、憂いや闇を感じさせる深い色合いで、負の感情がその眼差しにも滲み出ている。


将軍の眉が僅かに動いた。

「そっちこそ、どこかで会ったか……?」疑念を含んだ声で問い返す。

「お前は何者だ?どうして我々の領域で味方を倒した?」

彼女の表情がわずかに引き締まる。

「そうね、城に住んでいるわ。エルニドが大男の一味に不安がっていたので、麓の集落を救出したの」

マディラは軽く肩をすくめながら答えた。

「城だと?となると、敵の大将か。あっさり捕まるとは正気か?一体、何が目的だ?」

鎧の将軍ジャックは、目を細めて質問を続ける。

彼女は笑みを浮かべ、あくまで余裕を崩さない。

「目的?特にないわ。ただ、分が悪いと判断して降参しただけ。」

将軍は、彼女の言葉に苛立ちを隠せなかった。

「ふざけるな。お前は何を企んでいる?」


「そうそう、ちょっと聞きたいことがあったの。」

マディラは話題を切り替えた。

「あなたの『大臣』の下には何人の将軍がいるの?」

将軍は少し躊躇したが、答えた。「自分を含めて五名だ。」

「ふぅん……。」と彼女は興味深げに頷き、目を伏せた。

「お願いがあるの。本拠地って地下の宮殿でしょ。あそこには連れて行かないで。怖いわ。」

「それを保証する義理はない。」

将軍は冷たく言い放つと、兜を被り、そのまま背を向けて立ち去っていった。


扉が閉まると、彼の顔に苛立ちが浮かんだ。彼は待っていた部下に向き直り、低く命令を下した。

「あの女は城の人間らしいので、あれを人質に、城下町を攻める。貴族どもを皆殺しにする機会だ。」

部下たちは驚いたが、将軍の決意に逆らうことはできなかった。

本来はテラがエルニドを制圧し、王家を脅してこちらに呼び寄せようとしたが、こちらから攻めに転じるのも悪くない。

城の女を利用し、彼の悲願を果たす戦いが始まろうとしていた。



――――――――――



天目の塔でジャックが作戦の準備をしていた時。

暗雲が空を覆い始めたその時、遠くの雷鳴が轟くと同時に、一閃の光が塔の周囲を走り抜けた。

瞬間、風が巻き上がり、次には人影が現れた。雷の使い手、ゼクスである。

黒いマントをはためかせながら、ゼクスは鎧の将軍が駐屯する塔の門前に立ち、塔に歩を進める。

彼の鋭い目は、まるで稲妻のごとく鋭く、塔の内部を見渡していた。

「最近、変わったことはないか?」

ゼクスの声は冷静だが、そこには尋常ならぬ圧力がこもっていた。

彼は鎧の将軍を鋭く睨みつけながら、まるでその内面を透かし見るかのように訊いた。

「閣下に相談せずに、何をやろうとしている?」


鎧の将軍ジャックは、重厚な甲冑を響かせながらゆっくりと振り返った。

彼の表情は兜に隠されており、決してその素顔を見せることはない。

「特に何もない。父の指示通り、アルバスから遠く離れたこの地で敵の戦力を削ぐ作戦を実行するだけだ。

テラとも連携したかったが、何者かにやられたらしいので、俺単独で動く」

彼は低く、冷たく言い放った。「父の悲願が達成されるまで、粛々と作戦を進めるだけだ。」


雷の将軍ゼクスはジャックの言葉を聞きながら、何か隠しているような気配を感じ取っており、眉をひそめた。

彼は、ジャックが決して兜を取らないことに常々疑念を抱いており、そして今も、鎧に覆われた将軍の姿に、何か隠された意図を感じている。

「父は俺をよくご存じだろうから、ほかのだれかに素顔を見せる必要はない」

鎧の将軍は、凝視してくるゼクスの疑念をまるで読み取ったかのように、無表情な声で応えた。


その時、「暇、ひま、ヒマー!」という声が塔の壁を反響してきた。

鎧将軍はその声に耳を傾け、内心で驚きと苛立ちを感じた。

「あの女、何をしているのか。人質であるのに暇だと騒ぐとは、まったく……」

ジャックは心の中で舌打ちをしながら呟いた。

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