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無と有 7

トーラーの宿舎


マディラが鎧の将軍に捕まってしまった。

セバスチャンたちが広間内で今後のことをヒソヒソと話をしている中、ジュリアンの心にふっと、優しく、しかし確かな声が響いた。

「ね、ジュリ、聞こえる?」

ジュリアンは驚き、目を閉じて心を研ぎ澄ませた。そうだ、この声は——マディラだ。

彼女がどこかから彼に直接語りかけている。

「無事なの?今どこにいるの?」と、彼は心の中で問い返す。

「うん、将軍の一人に捕まってるけど、無事。ただ、私は塔に幽閉されているみたい。」

彼の心臓は跳ねるように鼓動したが、外見上は冷静さを保っていた。彼女が生きている。

それだけで大きな安堵が胸に広がるが、同時に急を要する状況も察知していた。

「一体、何があったの。みんな心配してるよ。どうして何も言わずに行ってしまったの?」


しばらくの沈黙の後、緊迫感のない答えがマディラから返ってくる。

「……私、出かけるって言わなかった??」

まるで、ついうっかりしたような口ぶりだ。

ジュリアンは、思わず頭を抱えるような気持ちで応じた。

「そうだよ。昨晩、後宮に行ったらエレナたちが血相変えて狼狽えてるし」

マディラは、少しだけ申し訳なさそうな声で続けた。

「あー、そうそう、そうだったわ。ガロスと一緒にエルニドに行こうと思って、ドレスから着替えて城下町に行ったけど、彼に声をかけてから、一回部屋に戻ろうと思ったの。

だけど彼の家で、成り行きでセバスチャンとアナスタシアが加わることになって、ドタバタして城に戻ることをすっかり忘れてしまっていたわ」


ジュリアンは、しばし呆れたように心の中でため息をつく。

「君って人は……」

その言葉に、マディラは小さく笑うような気配を見せる。

「まぁ、ハプニングに次ぐハプニングということで。で、ちょっと迎えに来て欲しいけど」

「迎えに?」彼は混乱と苛立ちを抑えながら問い返した。

ジュリアンは驚きと困惑の色を隠さずに「捕まってるんじゃないの?」と聞き返す。

マディラは「そうよ、捕まっている。でも、何とかできるでしょ?」と、緊迫感のない声で依頼をする。

ただ、彼女の姿が見えない以上、実は声だけ元気で、大変な目に遭っている可能性も否定できないジュリアン。


「私を助け出すのをは誰がいいか、ちょっと考えて……」マディラの声は穏やかだが、どこか慎重な響きがあった。

「誰を連れて行けば良い?」と、ジュリアンは再び心で問いかけた。

「ニコラス、セバスチャン、ジョナサンで。彼らならきっと私を無事に救い出してくれるはず。」

彼はその言葉に一瞬考え込んだが、すぐに彼女の選択の理由を理解した。

確かに、その三人ならば彼女を救い出すための最適な布陣と言える。

ジュリアン自身も能力が高いが、指揮を執る必要がある。

「わかった、すぐに行動を起こす。君を必ず取り戻す。」ジュリアンは心の中で固く誓った。


マディラの声が再び優しく響いた。

「ありがとう。途中意識を失っていたのでどのルートを通ってここに来たか覚えてないけど、ここから見える聖樹と湖の景色が手がかりになるはず。

それだけでは、場所を特定するのが少し難しいかもしれないけど、塔ってそんなにいっぱいないでしょ?どうか気をつけて。」

「塔から聖樹と湖が見える……?」

その情報が何を意味しているかを、ジュリアンはすぐに考え始めた。

しかし、彼女の次の言葉はさらに驚かせた。

「あなたは来なくていいわ。」彼女の声が穏やかに響く。

「3人だけここに送ってほしいの。彼らならば私を救出できると信じているし、あなたには国全体を見守っていてほしいの。無理をしないで、彼らに任せて。」

彼は眉をひそめ、少し考えてから返事をする。

「……この期に及んで、何を企んでるの」

彼女は、少し驚いたように「何を一体」と答えた。

彼には、長年の付き合いからくる確信があった。

「自分を囮にして、何を得ようとしているの」


彼がさっきから感じていた違和感。

ジュリアンも、マディラとの付き合いはいい加減長く、それこそ、彼女と修羅場を潜り抜けてきた。

その経験から直感的に、裏があると感じた。

本当に危機なら、もっと緊迫感のあるやり取りになるはずなのに、そういったものを彼女からは感じない。

極め付けは、ジュリアンには来なくていいという念押し。

ひょっとしたら、実は自力で今すぐにでも帰って来れるのに、敢えて捕まっているのではないか。

それにまだ、アテナエルという切り札を、彼女は残している。


「……私にもわからない。ただ、何かの引力を感じる。今はまだ、それが途切れていない。この流れを断ち切りたくない。」

しばしの沈黙の後、マディラから抽象的な返事が返ってきて、彼女の意思を尊重するべきだと彼は理解する。

彼女はまだ冷静であり、自らの判断には確信を持っている。

そのことを知ったジュリアンは、深く呼吸をして答えた。

「わかった。彼らを向かわせる。だけど、くれぐれも無理はしないで。

本当に危なくなったら、ちゃんと声をかけてよ。」彼の声は強く、けれども愛情がこもっていた。

彼女は「ありがとう。」と言い、そしてマディラの声が消えた。


マディラと思念の伝達で無事を確認したジュリアンは、ニコラス、セバスチャン、ジョナサンに目を向けた。

城内は騒然とした雰囲気だったが、彼らの王妃を救い出すという意欲は高まっていた。

「今、マディラの思念波が届いて、彼女は元気だが塔に幽閉されていることがわかった。そこからエルニドと湖が見えるということだ。」

その言葉に三人の顔が一瞬強張る。王妃が無事だとはいえ、ただならぬ状況であることを理解していた。


国の全体が載った地図を用意させ、指で重要なポイントを示しながら、ジュリアンは具体的に説明を続けた。

「戦闘があった集落はここだ。」そう言いながら、彼は指先で地図の一箇所を軽く叩く。大陸の中心にあるエルニドの東の森の一帯だ。

「ここから1日で移動できる範囲に、存在する塔は3箇所。

ただし、エルニドと共に、別の方向に湖が見えるという条件に合致するのは、ここのテーブルランスの塔しかない。」

彼は無駄のない動作で、エルニドの集落から北の方角にある、湖の近くの場所を指差した。

「僕の力では、付近の集落のテナンクリーまで連れて行ける。今日ゆっくり休んで、明日、対応しよう」

国王は一拍置き、表情を引き締めた。

「僕はここを離れられないから、君たちに王妃救出を託す。彼女の声は元気だったが、敵は将軍クラスだ。十分に警戒して行動し、必ず彼女を取り戻してくれ。」


ニコラスは厳かに敬礼し、セバスチャン、ジョナサンもそれに続いた。彼らはすでに王妃の意思を感じ取り、すぐに動き出す準備をしていた。

セバスチャンは特に、王妃を守りたいという強い決意が胸中に満ちていた。

「必ずお連れします。」

セバスチャンは力強く答え、3人はジュリアンに一礼をし、明日の出発の準備に向かってそれぞれ部屋を出た。

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