無と有 5
巨大樹エルニドの麓の北部
「地下神殿……それはあの麓の村を襲う将軍たちの本拠地でもあるが、特別な結界が張られており、入ることができねぇ。
だが、あんたには特別な力があってなんとかできるだろう?」
そう問いかけるカラス。
「行ったことがないから保証は出来ないけど、何かのお役に立てれば」
約束を果たすべく、黒い鳥と共にマディラは素早く森を抜け、隠された地下神殿の入り口へと向かった。
地面には古代の文字が刻まれており、薄い霧のような魔力が周囲を漂っていた。これが結界か。
彼女がそれにそっと手をかざし、どのような力が働いているか探る。
ジュリアンが張るような結合の強固な結界と違う、もう少し柔らかいものを展開しているように思える。
内部の将軍達はここを出入りする方法を知っているかもしれないし、実は別ルートが存在するかもしれないが、今はその全貌を解き明かしている時間がない。
そこで彼女は深呼吸し、指に意識を集中させ力を引き出そうとした。結界に異常が出ていることを感知されないよう、慎重に作業を進める。
すると、結界の端の一部の厚みが薄くなり、次第にその薄膜がカーテンのように揺れ動く。
マディラの手により結界の一部がめくり上げられるようになり、地下神殿への道が開かれた。
「この結界を破壊すると、これを張った術者にバレてしまうわ。一時的に、ここの厚みを薄くしたからここから出入りできる。さ、入って」
カラスが結界の隙間から入り込み、マディラもそれに続く。
彼女は慎重に地下への階段を下り、ひんやりとした空気が頬をなでるのを感じた。
その先には暗い通路が広がり、異様な静寂が漂っていた。
目的地はもうすぐだった——だが、その瞬間、脳内に激しい音が聞こえてきた。何かが激しくぶつかり合い、地面がわずかに震えている。
「ガロス……!」マディラはハッとして急に顔を上げた。
彼が戦いを始めてしまったのだ。こんな重要な時に。
彼女の部下が遠く離れた地で危機に見舞われているのを感じ取り、青ざめた表情で立ち止まり、カラスに話しかける。
「とりあえず、あなたが入れる程度には結界は弱めたわ。もう少しだけなら、さっきの方法で出入りできる。」
カラスは低く笑いながら、「予想通り、見事な能力だな。これで中での用事を済ませられる。」と小さな声で返事をする。
「約束は果たした。もっと奥に進んでもいいけど、多分とても危険だし、時間が経つとあの結界は元どおりになるから、長居はしないで。私は仲間のもとに行く。彼らは私抜きでは戦闘に勝てない」
薄くなった結界を再び布のようにめくり上げながらマディラは外へと向かう。
カラスは黒い瞳を煌めかせ、翼を小さく一振りして答える。
「危険など承知の上だ。お前が見つけたこの道に感謝しているよ」
背後でカラスの羽ばたき音が一瞬響き、その後静寂が戻る。
神殿の中で何かが動き始めたような気配が、王妃の背中にじわりと広がるが、彼女は振り返ることなく足早にその場を去る。
――――――――――
戦闘が始まっているなら、自分が見知っている集落の入り口に直接行かない理由はなかった。
マディラは集落の正面に出現し、入り口付近から橋を渡り、荒れた大地の村内に走り込む。
そこには、テラとその部下たちとの激しい戦闘の最中に立つガロスの姿があった。
彼は豪快に拳を振り上げ、次々と敵を薙ぎ倒していたが、その強大な敵の数と力は圧倒的だった。
ここで足止めされている場合じゃない!
王妃は心の中で叫びながら、侵入を邪魔する地の者たちを剣で振り払い、戦場に飛び込んでいった。
まずはガロスを助け、戦局を切り抜けなければならなかった。
ガロスは息を荒げ、立ったまま動けなくなっていた。
波動の力を使いすぎたため、彼の体は限界に達していた。
それでも、目の前に立つテラの巨体は揺るがず、彼に向かって一歩ずつ迫ってくる。
「まだ……戦える……」とは呟いたが、ガロスは体が動かない。
その瞬間、風のようにマディラが駆けつけ、ガロスとテラの間に立った。彼女の瞳は鋭く光り、テラに向かって剣を構える。
「ここは私に任せて、休んでいて。」王妃はチラリと後ろに視線を投げかけ、ガロスに優しく声をかける。
「なんだお前は。誰でもいい、俺の前に立ちはだかるやつは容赦無く粉砕だ。女子供でも関係ない」
彼が大地を踏みしめると、轟音と共に地割れが走り、地面が揺れる。彼の槍が大地の力を宿し、破壊的な一撃を放とうと振り上げられた。しかし——
マディラはその動きを一瞬で見極めると、弾かれるように動き出した。
その剣は彼女のオーラで補強されており、放つ光は眩いばかりで、彼女の一撃は雷のごとく素早く将軍の槍に叩き込まれた。
「ッ……!?」
鈍い音と共に将軍の槍がわずかに揺らぎ、その勢いが削がれる。
続く動きで王妃はさらに一歩踏み込み、将軍の腕を狙った鋭い斬撃を繰り出した。剣が風を切る音が響き、刃が将軍の腕に深い傷を刻む。
血が飛び散り、将軍の巨体が揺らぐ。
「この……小娘が!」
怒りに震える声と共に、将軍はさらに荒々しい攻撃を繰り出すと、将軍の槍が地を砕き、大地を波のようにうねらせるが、王妃は一切の動揺を見せなかった。
その瞳に宿る鋭い光が戦場を切り裂くようにテラを睨み据え、風のような身のこなしで槍の猛撃を回避する。
「無駄よ。その力に頼るばかりでは、私には届かない。」
言葉と同時にマディラの剣が光を放ち、滑らかな軌道で将軍の槍を叩き払う。
刃が金属の表面を鋭く滑り、激しい火花を散らすと、将軍の槍の攻撃が一瞬止まる。その隙を見逃さず、王妃は再び踏み込み——
「ハァッ!」
彼女の剣が閃き、将軍の右腕に深々と斬り傷を刻み込んだ。
将軍は思わず声を上げたが、その表情は怒りで歪むばかり。血が滴り落ちる腕を無視して、再び槍を振り上げる。
「貴様……ここで散るがいい!」
彼の一撃が轟音を伴い振り下ろされたが、その刹那、王妃の剣が鋭く逆流するように動き、槍を受け止めた。
武器同士がぶつかり合い、圧倒的な力の衝突が戦場全体に響き渡る。
「させない!」
王妃は一歩も引かず、剣に全力を込めて将軍の槍を押し返した。
その時、セバスチャンが加勢に入った。
彼の持つ力、魔力を跳ね返す能力が発動し、テラの魔法攻撃が彼自身に跳ね返り、巨体がよろめく。
「これで終わり!」
マディラはその隙を逃さず、鋭い一太刀をテラの胸に突き立てた。
巨大な体が崩れ落ち、地面に激しい音を立てて倒れた。
テラの動きが止まったことを確認し、アナスタシアがガロスに駆け寄り、多数の小石の粒の跳ね返りで傷を負っていた彼にそっと手をかざす。
彼女の治癒の力が彼の体を包み込み、傷や疲労が徐々に癒えていく。
「すまねぇ……助かった……」
ガロスゆっくりと立ち上がり、アナスタシアやマディラやセバスチャンに感謝の言葉を伝えた。
「こちらこそ、ごめんなさい。だけどみんな無事でよかった」
あれだけ激しい戦闘を繰り広げたにも関わらず、マディラは疲労の色を見せず安堵の声を上げた。
しかしそれも束の間、突然空気が凍りついたような重圧が襲いかかる。
「地面の揺れで、テラとの交戦をを知ったのかも……」
マディラは振り返り、集落の入り口に立つ新たな敵の姿を見た。
それは全身を重厚な鎧に包んだ騎士だった。
彼の兜の奥の鋭い目が4人を見据え、鋭く輝く剣を手にしており、今にも踏み込んできそうな勢いだ。
「鎧の将軍」と呼ばれる恐怖の存在が目の前に現れたのだ。
瞬間移動をするには4人はバラけて座り込んでおり、この場から4人全員で姿を消すことは不可能だった。




