無と有 3
ガロスの家
3人のトーラーの能力者が仲が良さそうに話している様子を見て、微笑ましく思うマディラ。
特に、故郷を離れて王都で生活するセバスチャンに知人ができて、嬉しくなる。
マディラは思わず微笑み、心の中で「セバスチャン、この子とこんなに親しいのね……。どうやら、彼はよくモテるみたいね、地元に幼馴染の少女がいたはずなのに。まあ、誠実で頼りがいもあるし」と考える。
彼女は、二人の親しげな様子を見て、安心感を覚え、微笑みながら彼に軽く声をかける。
「あなた、アナスタシアと随分と仲が良さそうね。お互い信頼し合っているようで、なんだか安心するわ。」
彼女の言葉は悪意なく、純粋に安心感を表現したが、彼はその言葉を聞き、驚きとともに即座に否定の姿勢をとり、少し顔を赤らめながら、慌てて首を振る。
「いえ、そんなことはないですよ!僕と彼女はただ、助けた関係ですし、それ以上のことは……本当に何もありません!」
彼の否定ぶりがあまりにも必死で、マディラはかえって彼らの仲の良さを確信してしまう。
彼女は少し微笑みながら、「あら、そんなに否定するなんて、ますます怪しいわね。まあ、どうであれ、仲が良いのはいいことよ。」と軽い冗談交じりに返す。
セバスチャンは困惑しながらも、どうにか王妃に誤解を解こうとするも、マディラはあくまで冗談の範囲で受け止めているため、深刻には受け取っていない。
アナスタシアは、マディラとセバスチャンのやりとりで、随分親しみやすい王妃様だなと、ただ静かに笑みを浮かべて見ていた。
そこに、何かを察したガロスが、セバスチャンに助け舟を出すように話題を変える。
「姫さん、俺に用があるんだって?」
マディラはそうだったと用事を思い出し、彼に向かって、静かに口を開く。
「実は……少し遠いところまで付き合ってほしいの。」
王妃の声には微かな緊張感があったが、その瞳にはしっかりとした決意が宿っていた。彼女はガロス見つめ、状況を説明し始める。
「エルニドの付近の集落の様子がおかしいと聞いて、見に行くつもりなんだけど、途中で苦戦を強いられる敵が現れるかもと思って——」
外の風が窓を揺らし、部屋の中に微かに冷たい空気が流れ込む。
王妃の声がその静けさの中に響き、3人は自然と真剣な表情に変わった。
「あなた、先日見せてくれた新しい波動の技を、そこで試すつもりはない?」
ガロスは少し驚いた表情を見せるが、すぐに落ち着き、強いまなざしでマディラを見つめる。
「波動の技か……まだ完全に慣れていないが、実戦で使ってみるいい機会かもしれないな。——いいぜ、協力する。」と力強く応じた。
そのやり取りを聞いていたセバスチャンは、少し焦りながらも、王妃に向かって自分も同行する意志を示す。
「マディラ様、俺は先日の影の悪魔との戦いで苦戦しました。」
彼は少し声を落とし、自分の未熟さを悔やむように言葉を続ける。
「俺も実戦経験を積みたい。あなたをお守りするためにも……ついて行かせてください。」
彼は必死に、言葉だけでなく行動や表情でも王妃への好意を表そうとする。
その彼の緊張した態度に、王妃は少し戸惑いながらも、彼の決意を受け止めた。
「——わかったわ。でも、無理はしないで。あなたの力はとても貴重なんだから。」
さらに、これを聞いていたアナスタシアも意を決して声を上げる。
「私も……先日、助けてもらった恩があります。それを返すために、私も一緒に行かせてください。」
彼女は自信に満ちた表情で、王妃や他の二人を見つめる。
王妃は一瞬考え込み、彼女の真剣な瞳を見て、彼女の意志を尊重することにした。
「あなたも一緒に来るなら、気をつけて動いてね。敵は手強いかもしれないから、無理をしないで。」
こうして、ガロスの家にいた四人は、エルニド付近の集落へと向かうこととなった。
――――――――――
エルニドの麓の森の中
マディラ、ガロス、セバスチャン、そしてアナスタシアは、エルニドと共生する集落の危機に対応すべく、マディラの瞬間移動の力で移動した。
瞬間移動は、基本的に行った事のない所へは行けない。
マディラは、例の集落の正面入り口には行けるが、現在はどういう状況かわからない。
いきなり行くのは危ないので、近くの森から様子を伺おうとしてその場所をイメージして3人を連れてきた……つもりだった。
森に入ってからしばらく、木々が密集し、日差しがほとんど届かない薄暗い場所へと四人は足を踏み入れた。
空気は重く、湿り気を帯び、遠くからかすかに風の音が聞こえるだけ。
「しまった……」
移動をしてから、マディラは自分が降り立った地点が思ったよりも森の奥で、すぐに失敗したことに気づいた。
何せ、普段はエルニドの内部に入るので、そこから眺める全体の風景は知っている。
しかし、集落の入り口に近い森には足を踏み入れたことがなく、行きたい場所へのイメージが曖昧だったらしく、思ったところとなんだか違う。
今いる地点は、行きたい場所からどれくらい集落から離れているとか、どちらの方向に歩けばいいのかさっぱりわからなくなってしまった。
森の中では木々が多すぎて、どこにエルニドの根元があるのかが全く見えないので、目印もない状況。
「ごめん……どっちの方に歩けばいいのか、わからなくなっちゃった……」
一同、不安そうなマディラを無言で見つめる。
一度城に瞬間移動をして、再度森に来たほうがいいのではないか、と彼女が思案し始めた頃。
突然、彼らの頭上を黒い影が音もなく飛び越えていく。
その動きは鋭く、不気味な沈黙をまとっている。
マディラが視線を上げた瞬間、一本の高い木の枝に一羽のカラスが止まり、光のない黒い瞳でじっと彼女を見つめていた。
「カラスだ……」と、セバスチャンが少し不安そうに呟くが、王妃は微動だにせず、そのカラスと目を合わせている。
まるで何かを伝えようとしているかのように、カラスは静かに首を傾げ、一度だけ羽を広げて音もなく翼を閉じる。
「何かおかしい……」
マディラは呟く。カラスの存在は偶然ではない。
彼女の心の奥に、これがただの鳥ではないという直感が働く。
その瞬間、カラスはかすかに鳴き声を上げ、低い飛行で彼らの進む方向を示すかのように飛び去っていった。
マディラはその方向に強く引き寄せられるような感覚を覚え、ガロス達に目配せをする。
「あのカラスについて行きましょう……」
彼女の咄嗟の思いつきながら、カラスの飛んだ方向を見てみると、わずかに明るく見える。
「偶然だと思うが、カラスの飛んだ方向に行けば、とりあえず森の外には出れそうだ」
そう、ガロスが呟くので、他の3人も元気づけられてともかく歩き始めた。
初めは道なき道を歩いていたが、やがて小径を見つけてみんな安堵する。
そして先頭を歩いていた王妃は、少し進んだところで先ほどのカラスと対峙していた。
漆黒の羽を広げたその鳥は、まるで森の暗闇そのものと同化しているようだった。
カラスは目を光らせながら、鋭い目で無言のまま彼女をじっと見つめていたが、首を傾げた。
ふと低い声で囁くように語り始めた。
「あんたら、どうやら不思議な力がありそうだな。俺はあんたらの出すオーラを感じることができる。」
驚いたようにセバスチャンが目を見開いた。
「カラスが、しゃべった……」
カラス冷静に続けた。「道に迷ってるんだって?」
王妃は少し微笑んでうなずいた。「そうなのよ、エルニドの守りをしている集落に行きたくて。あなたは道を知っているの?」
カラスはふと、羽を広げて飛び上がり、少し距離を取って枝の上に降り立った。
そこで静かに言った。「ああ、知ってるさ。ただし……ただで教えるわけにはいかねえな。」
王妃は鋭くカラスを見返した。「代わりに何を望むの?」
カラスの目がきらりと光った。




