交わり 9
トーラーの宿舎
城下町での戦いが終わり、セバスチャンとニコラスは傷ついたアナスタシアをアルバス城へと急いで運び込む。
セバスチャンは、アナスタシアをトーラーの宿舎の空き部屋のベッドに寝かせる。
アナスタシアの顔は青白く、意識を失っている。
セバスチャンの心には、マディラの強力な能力があれば彼女を救えるのではないかという希望が芽生えた。王宮に足を運び、彼女との面会を申し込もうとする。
「マディラ様は本日外出と聞いているけど、現在はどちらに……?急いで見つけないと!」と呟くセバスチャン。
王宮の敷地を走っていると、セバスチャンはたまたま居合わせたジョナサンに出会い「どうした、慌てて」と、声をかけられる。
「マディラ様にお目にかかりたいのですが……ご指示で対応していた街の不審な事件、悪魔は一旦退散させましたが、住人に犠牲が。彼女をどうしても助けたいのです」
ジョナサンは、狩りから戻ってきたマディラの様子が尋常ではないのを知っていたので、一の間付きの使用人に王妃の時間調整が可能か確認をしつつ、一旦自分が住人を見ることを提案した。
トーラーの宿舎に足を運んだジョナサンの冷静な目が、アナスタシアの様子を見つめる。
「具体的にどうされました、このお方は……」
セバスチャンはアナスタシアの状況を説明し、ジョナサンはその場で静かに考え込んだ後、何かを決心した様子でアナスタシアの側に膝をついた。
「私は神職としての経験があります。少しでも彼女の助けになれれば……」
ジョナサンはアナスタシアの手を優しく包み込み、集中し始めた。
すると、彼の体から神聖な光が放たれ、邪悪な魂を取り除くためにアナスタシアの周囲に集まり、彼女の体に染み込んでいく。
「今、邪悪な力を取り除いています。彼女を守るために……」
セバスチャンはその様子を見守りながら、アナスタシアが救われることを心から願った。
ジョナサンの力が発揮される中で、彼女の顔に少しずつ色が戻り始めた。
「この邪悪な力は、もうすぐ取り除ける。アナスタシア、私の声を聞いて……」
セバスチャンは希望を胸に抱き、彼女が目を覚ますことを祈り続けた。
「お願いだ、助かってくれ!」
ニコラスはその様子を見守りながら、希望を持って見つめていた。
「彼女が戻ってくることを信じよう。アナスタシアは強い女の子だ。」
光が彼女の中に収束するにつれ、アナスタシアの顔にほんのわずかな色が戻ってきた。
ジョナサンは力を使い果たしたが、アナスタシアを邪悪な力から保護することに成功した。
彼女が再び目を開くことを願い、セバスチャンとニコラスは彼女の回復を信じて待った。
能力を行使し、少し疲れた様子ではあるが、ジョナサンは話し出す。
「セバスチャン、あなたは彼女の特別な何かを感じ取っているでしょう」
「実は……。ジョナサンもですか」
「ええ、彼女は恐らくトーラーです。それもあって、彼女は生命力が強かった。
本来は、あのように悪魔に取り憑かれてはそのまま意識を乗っ取られてしまいますが、分離に成功した。
体力が回復すれば、彼女は元のように目を覚ますでしょう」
ジョナサンの説明を聞き、ニコラスとセバスチャンは安堵の表情をする。
「彼女の自宅に使いを出し、一時的に城内で預かる旨を伝えます。後ほど王妃に相談をし、彼女や彼女の家族に事情を説明しましょう。
皆さんもお疲れでしょう、一旦解散しておやすみください」
そう言い、ジョナサンはジュリアンの元へ、ニコラスは自宅に、そしてセバスチャンはそのままアナスタシアのそばで休むことにした。
ジョナサンが王宮内の回廊を歩いていると、先ほどの王妃付の使用人が追いかけてきて、短時間であれば王妃様はお話を聞くとのことだったので、彼はセバスチャンと一緒に後宮に行くことにした。
――――――――――
夜遅く 一の間 謁見室
ジョナサンは、城下町での様子をマディラとジュリアンに一報入れようとしたところ、先にマディラから返事があったため、急遽、セバスチャンとジョナサンは一の間と呼ばれる王妃の部屋に足を運んだ。
二人は王妃の前に膝をつき、静かに報告を始めた。
「マディラ様、街に現れた影の悪魔を退けることに成功しました。しかし、完全には消滅しておらず、再び現れる可能性があります。そして……」セバスチャンは一呼吸おいて続けた。
「アナスタシアはトーラーである可能性が高いです。彼女は戦いの中で新たな力、傷ついた仲間を回復する能力を得ました。そして、私もジョナサンも、同じように彼女から特別なオーラを感じでおります」
マディラは深くうなずき、その報告に耳を傾けていたが、表情には疲労の色が現れていた。
「さらにニコラスも、新たな能力を獲得したようです。彼は強力な魔法が使えますが、分身の技が使えるようになり、彼のその力でピンチを脱しました。」
セバスチャンの報告は、緊迫した状況の中での希望の光を示していた。
しかし、王妃の表情は重く、彼女の内に秘めた複雑な感情が読み取れた。
報告を聞き終えた王妃は、静かにため息をつき、少しの間セバスチャン達を見つめていた。
その後、彼女は静かに口を開いた。
「セバスチャン、ガロスやニコラスと街の危機を救ったことを感謝します。本当に……よくやってくれました。」
彼女の声には誠実な感謝の気持ちがこもっていたが、同時に苦しみも感じられた。
「しかし、アナスタシアが大変な目にあったようですね。私があなたたちの危機にすぐに対応できなかったこと……本当に申し訳なく思っています。ジョナサン、対応してくれてありがとう」
彼女は、自らの無力さを痛感しているようだった。
セバスチャンはその言葉を聞いて、一瞬驚いたものの、すぐに平静を保ちながら答えた。
「マディラ様、それはお気になさらず。私たちはお預かりしたアイテムのおかげで何とか危機を乗り越えることができました。それに、彼女も無事です」
彼女は柔らかく微笑むも、その表情には、不安と無力さが混ざり合っていた。
ジョナサンは、王妃は終日外出されて疲れているだろうからと、セバスチャンと共に直ぐに退室をした。
――――――――――
後宮の廊下にて
「マディラ様は随分お疲れの様子だったけど、何かあったのでしょうか。外出しただけであんなに元気がなくなってしまうなんて」
セバスチャンが心配そうにジョナサンに質問をする。
「どうだろう。ちょっと気分がすぐれないようで、予定を変更して早く帰城された。滅多にないことだが、いくらお強い方でも、そういう日もあるのだろう」と返事をしつつ、ジョナサンは昼間のことを思い出す。
マディラとジョナサンは狩場を早く出たため、用意されていた昼食を食べず、その代わりに山の麓の食堂で食事をした。
王妃が家臣と食事をすることはとても珍しいが、マディラに声をかけられたのでジョナサンは同席するものの、会話は弾まないどころか、物思いに耽っていた彼女は終始無言だった。
ため息をつき、フォークを置く音が静かに響いた。彼女は遠くを見つめたまま、ふとした瞬間に呟いた。
「あなたにも迷惑をかけました。最近、自分が自分ではなくなってきている気がする。あなたの言うとおり、私は王妃の座にいるべきではないのかも」
その言葉は、部屋の重苦しい空気をさらに強めたかのようだった。




