交わり 5
アルバス城 後宮内の廊下
セバスチャンは城の廊下を歩きながら、緊張を隠せずにいた。
マディラに、アナスタシアから得た霊の証言を伝えるため、彼は後宮の一室へと向かっていた。
高い天井と豪華な装飾が施された廊下は静かで、彼の足音だけが響く。
やがて王妃の謁見室にたどり着き、扉をノックすると、侍女に「どうぞ、お入りください。」と声をかけられる。
セバスチャンは深呼吸をしてから扉を開け、王妃の部屋の中に入ると、彼女は優雅に椅子に座り、手に持った本をちらりと見ていた。
天井の高い部屋には重厚なカーテンが垂れ下がり、柔らかな光が窓から差し込んで、王妃の顔を神聖な輝きで包んでいた。
彼女は深く思索に耽っていたが、その顔もまた美しいと彼は感じた。
セバスチャンは一礼し、優美なドレスをまとった王妃の前にひざまずくと、マディラは彼のその姿を優雅に見つめながら、落ち着いた声で問いかける。
「セバスチャン、街の怪しい噂について何か分かった?」
彼は立ち上がり、丁寧に報告を始めた。
「はい、ガロスと噂の調査を行いました。街で目撃された不可解な現象について、その場所を訪れて数件の失踪事件を追跡し、郊外の古い教会にて、アナスタシアという女性に出会いました。
彼女は豪商の娘で、日中は普通のお嬢様として過ごしています。しかし、夜には霊たちから相談を受けているそうです。」
セバスチャンは、アナスタシアとの出会いの詳細を語り始めた。
彼女がどのように霊たちの声を聞き、その苦しみを理解しようとしているのかを、王妃は興味深く聞いていた。
「アナスタシアによれば、最近多くの霊が彼女に助けを求めてきているとのことです。その話の中には、悪魔の存在が絡んでいるという証言もありました。」
王妃は驚いた表情でセバスチャンを見つめ、緊張感が漂う。
「悪魔……それは本当なの?」
セバスチャンは、アナスタシアから聞いた霊の証言を思い出しながら、頷いた。
「はい、彼女が霊たちから聞き取った話では、失踪した人々は、影を操る悪魔によって攫われているというのです。霊たちはその悪意に恐れを抱き、助けを求めて彼女の元にやってきているとのことでした。」
王妃は薄く唇を噛み締め、瞳に陰りが差し、彼はその視線を感じながら、言葉を続けた。
「霊たちの話では、影の悪魔は亡霊も操り、町の人々を攫うのに駆り出されているとか……。そして、その悪魔は影を使って自分の姿を隠し、どこからともなく現れるそうです。」
王妃は顔をしかめ、事態の深刻さを感じ、そして深く考え込む様子を見せた。
やがて彼女は、決断したかのように息を吐き出し、彼に指示を出す。
「それでは、私たちは急いで対策を講じる必要があるわ。もし彼女が悪魔の正体を突き止める手助けができるなら、我々の力になってもらうべきね。」
セバスチャンは、彼女の指示に同意をする。
「はい、マディラ様。アナスタシアに協力を求め、彼女の力を借りる手筈を整えます。」
マディラは静かにセバスチャンの報告を聞きながら、微笑みながら彼を見つめ、彼の勇気を讃えると同時に、新しい指示を追加する。
「ありがとう、セバスチャン。あなたの行動に期待しているわ。アナスタシアと連携が取れるなら、街の情報収集は一旦終わりにしていいわ。」
マディラは思案するように少し間を置き、話を続ける。
「ガロスの代わりにニコラスと行動してちょうだい。——ガロスの力は確かだけれど、彼の強さだけではこの影の悪魔には対処できないかもしれない。だから、彼の代わりにニコラスを同行させるわ。」
セバスチャンは口元を引き結び、少しばかり緊張した面持ちで王妃の言葉を繰り返した。
「ニコラス様……ですね。」
王妃は微笑みながら、ニコラスの能力を評価する言葉を口にした。
「そう。彼は優れた魔道士であり、影の魔力を封じ込める力を秘めているわ。ニコラスならきっと、あなたの助けになるはずよ。」
セバスチャンは一抹の不安を感じたが、命令には逆らえない。
マディラの元に頻繁に出入りする自分が、ニコラスにどう見られているかを知っていたが、それ以上に、街の人々を守る使命感が勝っていた。
「承知しました、マディラ様。任務を遂行いたします。」
その様子を見て、マディラはふと席を立ち、ちょっと待っててと言い残して奥の間に消えるものの、何かを手にして数分後戻ってくる。
そしてセバスチャンに近づき、その物を彼に渡す。
「それから、この鏡を使ってちょうだい。——これは影を消し去る力を持っている。だけど、使えるのは一度だけ。その瞬間を逃せば、二度とチャンスは訪れないから、くれぐれも慎重に……そして、必ず無事で帰ってきてね。」
セバスチャンはその言葉を深く胸に刻み、マディラから手のひら大の鏡を受け取り、いざという時のために鏡を大切にしまう。
「ありがとうございます」と言いながら、彼は恭しく礼をする。
少し間を置いたのち、「セバスチャン」と、先ほどと違い、遠慮がちに声をかけるマディラ。
彼は、王妃の柔らかい声に少し驚きながらも、その瞳にある苦しさに気づいた。
彼女は普段、威厳を保ちながらも、どこか無邪気さがあるが、今はその彼女らしさが消え、影が差している。
「はい、どうされましたか」
と、セバスチャンが返事をすると、彼女はわずかに目を伏せ、声を絞り出すように話し続けた。
「その……私のこと、ひどい女だと思っている?」
王妃は、少し震える声で言葉を続けたので、彼は彼女のいつもと違う様子に戸惑いながらも、冷静に答える。
「どうしたんですか、急に」
彼は少し身を前に乗り出し、彼女の様子を伺う。
マディラは視線を落とし、遠くを見つめるように窓の外を眺めた。
太陽の光が彼女の横顔を照らし、まるで過去の記憶に包まれているように見える。
「——カインのこと、彼を助けれなくて大変申し訳なく思っているわ。……だけど、私があなたにしていることと言えば、村から無理やり連れ出し、再び戦闘をさせようとしている。」
彼女の声は、押し殺された罪悪感に満ちていた。
セバスチャンは静かに首を横に振る。
「確かに……彼の最期は残念でした。ですが、彼がああなった原因は俺たちのせいではないので、あの件はそこまで深刻に考えていないです。」
彼は、言葉を選びながら慎重に返答した。
気づけば、彼もまたマディラと同じように視線を外に向けていた。
窓の向こうには平和な街並みが広がっていたが、その心の中ではかつての戦闘の記憶がちらついていた。
「それに……、町の方がいろんな刺激があって、あのことを思い出さなくて済む。ガロスやアナスタシアやニコラスと喋っていると、1日があっという間で……。もしもなんの変化もない村に残っていたら、それこそ毎日彼の事を思い出していたかもしれません」
彼の言葉は穏やかだが、どこか遠くを見つめるような口調だった。
だがその瞬間、彼の瞳は再び王妃に向けられ、彼女に対する思いが静かに燃えている。
「そして、俺は困っているあなたの役に立ちたい」
そう言いながら、式典での彼女の神々しい舞いを思い出す。
青年の声には、揺るぎない決意が込められていた。
彼はマディラの側にいたい、そして彼女が抱える苦しみを少しでも軽くしてあげたいという気持ちを隠しきれなかった。
マディラは一瞬、彼の瞳を見つめ、優しい微笑みを浮かべる。
「そう言ってくれてありがとう。でも、こんな事やめたくなったら、いつでも遠慮なく話してね」
彼女の言葉は、彼を大切に思う母親のようでもあり、同時にどこか距離を保とうとする女性のようでもあった。
「お気遣いありがとうございます。今のところ、大丈夫ですよ。では——」
セバスチャンは王妃に一礼し、少し後ずさると彼女に背を向けた。




