交わり 3
アルバス城 王宮の庭園
ある静かな午後、ジュリアンはマディラと庭園を歩きながら、雑談をしていた。
ジュリアンはふと足を止めて、満開のバラに手を伸ばしながら微笑を浮かべる王妃に向け、貴族からのある誘いについて話を切り出した。
「今年も、オークウッド侯爵アルフレッド・ヴァルモンドが狩りに誘ってくれている。近郊の山で開催されている毎年恒例のものだ。
僕や、僕のようにオークウッド卿に親しい者だけの内輪の会で、狩りの後には、果物を使った茶会があるらしい。」
彼が言い始めると、王妃は興味深い表情で、彼の言葉に耳を傾けていた。
「今年は君も来る?以前参加したことがあるだろ。
ご婦人同士、甘いものを摘みながら交流するのも、たまにはいいんじゃないか」
マディラは、以前参加した時の山の美しい風景や狩りの様子を思い出す。
「狩りとは、何がいるの?」
と尋ねる彼女の声に、少し好奇心が混じっているのを彼は感じ取った。
彼は再び歩き出し、彼女の隣に並んで歩を進めながら、「この時期は鹿じゃないかな。前回と同じなら」と応じる。
「そうなんだ。あまりウチではやらないわね。ぜひご一緒させてもらおうかしら。美味しい果物とお菓子があれば、良い時間が過ごせそうだし。」
外での茶会もいい気候なので、たまには参加しようと彼女は思った。
「そうか、決まりだな。君が来るとあれば、皆も喜ぶだろう。準備を整えておいて。」と、彼は満足気にうなずき、彼女に微笑みかけた。
「あんた、富も名声も家族もいるのに満たされてないんだな。素直に生きてないんじゃないか」
いきなり脳内に、そう言葉が男の声で流れ込んできて、マディラは???となる。
「どうしたの、気になる点でも?」
突然あたりを見回しているマディラに、ジュリアンが不思議そうな顔をして覗き込む。
「あ、なんでもない。わかった。準備ね、ちゃんとしないとね」
あたりを見回しても、使用人はそばにいるものの、しゃがれた声の男性は見当たらないので、彼女の気のせいかと思い、ジュリアンに返事をした。
――――――――――
荒れた道を進む2台の馬車。
一台目には国王が、威厳を漂わせて座っている。
続く二台目には、美しい王妃とその子供たちが穏やかに乗っている。
しかし突然、不穏な影が現れ、闇の中から黒い頭巾を被った男が、音もなく一台目の馬車に乱入すると、鋭い刃を国王に突き立てた。
国王は息を飲む間もなく倒れ、命を絶たれてしまう。
続いて、暗殺者は素早く二台目の馬車に飛び移り、王妃を狙う。
しかし、その冷酷な目が彼女に向けられた瞬間、彼女の目と暗殺者の目が交差した。
暗殺者の動きが止まり、そして手がわずかに震えた。
彼女の、鋭くも優雅な眼差しに捉えられた彼は、なぜか怯んでしまったのだ。
その一瞬の迷いが致命的となり、暗殺は失敗に終わる。
暗殺者は焦りながらも王妃に近づくことを諦め、影のようにその場を去っていった。
マディラは、その光景に息を呑んで目を覚ました。
あたりは真っ暗、まだ夜明け前らしく、隣でジュリアンが穏やかな表情で眠りについている。
彼女が布団の中で真っ青な顔をしていることに、全く気づいていない。
夢とはいえ、その不吉な情景が心に深く残り、彼女は冷や汗を感じながら夜の静けさの中でしばらく動けずにいた。
――――――――――
アルバス城内 射撃場
射撃場は、整然とした雰囲気の中に静かな緊張感が漂っていた。
周囲は森に囲まれており、鳥のさえずりが時折聞こえる。
広々とした屋外の空間に、木製の射撃台がいくつか並び、その奥には標的が距離ごとに設置されている。
国王夫妻が射撃の練習中で、彼らの周囲には従者や狩猟用具を持った兵士たちが控え、緊張と期待が入り混じる場の雰囲気に、どこか高貴で静かな時間が流れていた。
ジュリアンは重厚な銃を手にし、冷静に標的へと狙いを定める。
彼の横の少し離れた場所で、マディラに優雅に立っていた。
彼女の視線は鋭く、しかし柔らかい微笑みをたたえて、ジュリアンの動きを見守っている。
彼が引き金を引く音が場内に響き、遠くの標的に銃弾が的確に命中した。
少し煙が立ち上がる中、王妃は静かに頷き、穏やかな声で「お見事」と称賛の言葉をかけた。
ジュリアンが銃を置くと、マディラは静かに微笑みながら一歩前に進んだ。
従者が彼女に軽やかに銃を手渡すと、彼女は熟練の手つきで銃を構え、目線を遠くの標的に向ける。
その姿勢は自然で、洗練された優雅さが漂っていた。
マディラは彼よりも射撃が得意で、何度も的を正確に射抜いてきた。
彼が目を細めて見守る中、彼女は迷いなく引き金を引く。
しかし、引き金を引こうとした瞬間、どこからともなくしゃがれた声が聞こえたような気がした。
それは一瞬の出来事だったが、彼女の集中をわずかに乱す。
その影響で弾丸がわずかに標的を外れ、的を射抜いたものの、ジュリアンの結果より若干悪い位置に当たってしまった。
「やっぱり凄いな。でも、今日は少し調子が良くないようだね。いつもは中心を射抜いてくるのに。」
それを見届けたジュリアンは彼女のそばに歩み寄り、「狩り当日、君も参加するのかい?」と声をかけた。
マディラは銃を従者に返し、優雅に一礼しながら返事をするが、内心では今の自分の失敗に少し苛立ちを感じていたかもしれない。
「陛下の腕の見せ所を奪うような真似はしないわよ。狩りに招待されたのは、あくまであなたなのだから。特等席で見物したいので、馬には乗ると思うけど」と静かに言うが、その言葉に、彼は若干のプレッシャーを感じる。
自分が射抜いた的を眺めつつ、しばし考え込んで、少し悩みながらマディラはジュリアンに尋ねる。
「ね……クローヴィスって知ってる?」と、やや不安げに言葉を選んで質問をする。
彼女の脳裏から、先ほどのしゃがれた声が頭から離れない。
先日から、ふとした拍子に聞こえる男性の声。彼女は、あの声の持ち主の名前をなぜか知っていた。
そして、朧げながら、彼の風貌も。
だけど、どこで出会ったのか思い出せず、気になって仕方がない。
「人ってもんはあっけなく死ぬんだ」「満たされてないんだな」と言う台詞が忘れられない。
ジュリアンは眉をひそめ、「うーん、ちょっとわからないな。どんな感じの人?」と答える。
記憶力の良い彼が、名前だけではピンとこないということは、彼と一緒にいた事はないらしい。
これ以上聞いても、心当たりはなさそうだけど、話してしまった手前、一応クローヴィスの詳細を伝える。
「暗い色の長髪のくせ毛で、片耳に小さい輪っかのピアスを幾つかしていて、大男ってわけじゃないけど、ガッチリ筋肉質で引き締まった体をしていたわ。
どちらかといえば色黒で、ちょっとアウトローな感じの……私より年上だったのかな。
あ、そうそう、翼のロケットを首から下げていたのがすごく印象的。」
彼はさらに問いかけた。「服装とか、他に特徴はある?貴族っぽいとか、傭兵とか……」
その質問に、彼女はしばらく考え込んでいたが、突然、何かを思い出したかのように顔を真っ赤に染め、手を口元に当てて小声で言った。
「……裸だった」
その瞬間、マディラは急に射撃の的から背をむけ、「ごめん、今の質問は忘れて」と言い残し、足早にその場を去ってしまった。
ジュリアンに質問をされて思い出した。
クローヴィスと会っていたのはどこかの室内で、暖炉のそばで裸で床に押し倒されて、揺れるロケットを見つめていたところだった。
夫に対し、なんて浅はかなやりとりをしてしまったのだろうと、マディラは後悔をした。
ジュリアンは、驚きと困惑の表情を浮かべながら、彼女の背中を見送った。
彼の頭には一つの疑問が残った。自分のような貴族とは全く違う、その「クローヴィス」とは一体どこで、どのようにして彼女が出会い、なぜ彼の裸を見ることになったのか。
彼には全く想像がつかなかったが、彼女の慌てぶりが印象的だった。
裸の男と一緒で、あの赤面状況から、恐らく二人きりの時に迫られていたのだろう。
ざっくりと自分と正反対のワイルド系な感じの男性を思い出して照れているなんて、面白くないのが本音である。
が、しかし。
人生の大半を彼女と一緒に過ごしているが、マディラがそんな状況になれることがあったか?と思い返す。
唯一、式典前の外泊時くらいしか思い当たらないが、そんな最近の記憶が思い出せないどころか、他の男と一緒にいたとわざわざ夫に匂わせるなんて彼女らしくなく、不愉快以上に、違和感が優っていた。




