交わり 1
居間の暖炉
薪が赤々と燃え、パチパチと弾ける音が心地よく響く。
炎は揺らめき、時折、火花が飛び散っては空中で消える。
外は既に日が落ち、室内は炎の光が壁に揺れる影を作り、二人きりの静かな空間を柔らかく照らしていた。
目の前に揺れる、翼の形をしたロケットが妙に印象的。
「——人ってもんはあっけなく死ぬんだ。いつかやろうと思ったことが、永遠にできなくなることだってある」
しゃがれたハスキーな声でロケットの持ち主が、彼女の耳元にそう静かに呟いた。
――――――――――
アルバス城内 トーラーの宿舎
「——これから、どうぞよろしくお願いします」
牢から釈放されたスターリングは、セバスチャンにそう挨拶をし、二人は握手をかわす。
身寄りがない彼は、今日からここで生活をする。
セバスチャンは感覚が強いので、スターリングが変身をしても見分けられるので悪さもできず、同居相手としてはピッタリだった。
セバスチャンは、チラリとマディラを見る。
先日、スターリングをとらえた後、衝撃的な話をジュリアンから聞かされて以降、初めて彼女と会った。
マディラの半生を知った後に改めて彼女を見るも、その過酷な運命に歯を食いしばって立ち向かう様子は微塵も感じられない。
本当に強い女性だと、改めて尊敬をする。
「何、どうしたの?」
セバスチャンの視線を感じて、声をかけるマディラ。
「あ、いえ……、何でもないです。同居人ができたので、ちょっと緊張しています」と、誤魔化す彼に、「期待してるわよ、先輩」と、マディラは、そう明るく返す。
「改めまして、よろしく」と、マディラはスターリングの隣にいたジョナサンに視線を移し、にっこりと彼に微笑む。
彼は、控えめに頭を下げる。
彼女の入国時からの仲だが、今まで敵視していたので、まだどのように接していいかわからず、戸惑っていた。
これまでずっと彼女を嫌っていたが、ここ数週間は彼女が視界に入るたびに、感情が昂っていた。
今更ながら、彼女に恋をしたのかと混乱していたが、ジュリアンから自分がトーラーだと聞かされて、この感情の正体がわかった気がする。
カードを手にしてから、無意識に彼女を主人と認めていたからかだろうとジョナサンは理解した。
しかし彼は、マディラとの新しい距離感をまだ掴めていなかった。
「今まであれだけ嫌っていた相手だけに、急に配下になると言われてもね」
ジョナサンのそんな様子を見たジュリアンが、からかうような口調で声をかける。
その言葉を聞いたマディラは、うーんと少し考えた後、ジュリアンに向けて言葉を紡ぐ。
「——私が嫌いっていうより、あなたのことが好きすぎるんでしょ」
ジョナサンはその言葉を聞いて、ハッとした顔でマディラを見つめる。
「私の理解だと、侍従長選考の志願書に「国王の為に完璧な環境を整えたい」って書いていたけど、それを追求するがあまり、ちょっと度が過ぎただけだと……。だから私は、ジョナサンに対して怒っているとか、苦手とかそういう感情はない」
「そういえば、そんなことが書いてあったね」
そのマディラの話を聞いて、ジュリアンは妙に関心をした。
ジョナサンは自分に対しておせっかいなやつだと思っていたが、そういうことだったのか——
彼女は案外、人を見抜いているというか、その説明はジュリアンにとって納得感があった。
ジョナサンも、自分はあんなに無礼な態度をとっていたのに、彼女はずっと自分を理解をしてくれていたのだと胸を打たれ、わずかに胸元に手を当て、深い感謝の念を込めて頭を下げた。
「だから、ジョナサンはこれまで通りの仕事をしていていいと言ったのよ。それに、ニコラスといい、宮廷内で活動できるトーラーがいた方が、私は心強いし」とマディラが口にすると、ジョナサンは改めて王妃を頼もしく思ったのか、背筋を伸ばし、力強い声で「かしこまりました」と答えた。
偽の国王が後宮で活動していた事件が解決した数日後。
マディラの気持ちが落ち着いたところで、ジョナサンとスターリングがトーラーだということをジュリアンが話したところ、スターリングはガロス同様釈放をしてマディラの指示で動くことを希望した。
ただジョナサンは、これまで通り侍従長としてジュリアンの側で業務を行い、助けが必要な時のみ声をかけると言っていた。
その時は、後日宿舎で顔合わせをする時に本人にも伝えると言い、ジュリアンはその理由まで聞いていなかったが、今の説明を聞いて彼もジョナサンも納得をした。
そこに、ガロスが現れる。
新しく仲間になったジョナサンとスターリングとの挨拶を兼ねて登城したが、ガロスの表情に笑顔が少なかった。
挨拶もそこそこに、マディラに、報告事項を聞いてほしいと話を持ちかけてきた。
「姫さんに話したいことが二つあってよ。一つは、街の変な噂について、もう一つは俺の能力についてだな」
マディラは腕を組み、眉をひそめて大男の話に集中している。
「噂の方を、先に聞こうかな」
ガロスによると、ここ一月程、夜になると城下町の特定の場所で不気味な光が現れ、その場所にいた人々が姿を消すので、街の住人は不安に包まれているらしい。
彼女はその言葉に一瞬表情を険しくしながらも、すぐに冷静な眼差しを戻し、「なるほどね」と短く頷く。
そして、彼の顔をじっと見つめながら続ける。
「光の発生源とその原因を特定するために、調査をしないとね。誰に頼むか検討する前に——先にあなたの能力を見せてちょうだい」
「おう。俺は今までは腕力で物を破壊したり、剣や斧を振り回していたんだけど、最近触れなくても物を壊せるようになったんだ」
ガロスは少し照れたように笑い、腕を組んで説明をした。
「ものの破壊かぁ……。ちょっとここには壊していいものがなさそうなので、待ってて」
といいながら、辺りを見回したマディラが一瞬消えたかと思ったら、森に行って戻ってきたらしく、彼女の頭上に直径1.5メートルほどの岩が浮いている。
「よ……っと」
彼女はホイッっと軽く投げるような動作をして岩を下ろすので、軽いのかと思いきや、ドゴっと音がして地面にめり込んで岩が置かれたので、一同顔が引き攣っている。
「じゃ、これを手を触れずに壊してみて」
と言うマディラの依頼に、ガロスは得意げに腕を組み、仲間たちの前に立った。
以前なら素手で岩を砕く彼だが、今は、ゆっくりと手を岩の方に向け、集中する。
次の瞬間、目には見えない波動が空気を震わせ、指一本触れることなく、轟音とともに岩の上半分が砕け散った。
仲間たちは目を見開き、ざわめきが広がる。
大男は満足そうに笑い、力強く肩を揺らし、「ちょっとまだ精度が悪いけど、これが俺の新しい力だ」と自信たっぷりに言った。
「なるほど……。」
マディラは目を細め、驚きと警戒を含んだ表情でその岩を見つめた後、少し離れたところにいた夫に声をかける。
「ね、ジュリ。ドーム状の結界を岩に張って、その結界に入ってよ」
「え、僕が?」
これまでの一連のやり取りを、腕組みをしながら顔色ひとつ変えずに冷静に見守っていたジュリアンが、マディラから急に指名を受けて、驚きの表情をする。
「中で受けるのは陛下ではなく私が——」
そう慌てて口を挟むジョナサンの言葉には一切反応せず、マディラは言葉を続ける。
「——私とあなた、どちらが結界の中に入るのが相応しいと思う?」
その一言で、彼女の意図を汲み取ったらしいジュリアンが返事をする。
「そういう選択肢であれば、僕が入るよ」
そう言いながら、青年はゆっくりと動き出した。
王妃の依頼を受けて、怪力だけではなく波動で物を壊せるようにようになった大男の相手をすべく、長身だが華奢な青年は、ゆっくりと高さ1メートルほどまで砕けた岩の後ろに滑り込んだ。
彼はしゃがみ込んで手を地面について、透明なドーム型の結界を展開して再び立ち上がる。
初めて国王の結界を目の当たりにするトーラーたちは、一様に固唾を飲んで見守っていた。
「あくまで実験なので、さっきと「同じ威力」で残りの岩を砕いて。」
マディラはそう念を押す。
「あぁ、わかったよ」
ガロスはそう言いながら、先ほど同様、手を岩の方に向け集中し、目には見えない波動を発動させた。




