ふる傷 13
後宮に、マディラの他にも妃を入れようと画策していたジョナサン
そんな彼にジュリアンは、ニーベルの王家の血を引くのはマディラなのだから、自分の血を残しても仕方ないと告げ、その事実を知らなかったジョナサンはショックを受ける。
そして、他にもジョナサンの誤解を指摘し始めるジュリアン。
「僕はニーベル国王の幼なじみだったから、幼少期からマディラと顔見知りでね。
彼女は、生まれた時から王家の中でも能力が高いと言われていて、自分の地位が脅かされるのを嫌がった先王が、彼女の能力を封印して王家から遠ざけた。
彼女の背中の傷は身分が低いからではなく、運悪く、その預けられた先で養父から虐待に遭っていたから。
彼が事故で死んでしまってね。マディラが傷を消し去ったら、天涯孤独の彼が生きた証がなくなるので、彼女の意向で消していないんだ。」
その言葉に、ジョナサンも顔をしかめ、困惑と衝撃が交差する表情を浮かべた。
セバスチャンは目を伏せ、わずかに肩を震わせた。
彼は、マディラの背中の傷について聞きたくても聞けなかったが、こんな形で真相を知るとは思ってもみなかった。
背中に幾つか跡が残っているという次元ではない。全体に広がっていた傷跡を、夫であるジュリアンが知らないはずはないとは考えていたが、まるで彼はその養父を知っているかの口ぶり。
国王夫妻は仲がいいと思っていたが、彼らは幼馴染で、王妃の傷を含め互いをよく知っている間柄だったことが判明し、セバスチャンは妙に納得をした。
が、国王の王妃についての独白は、更なる驚愕の事実を明らかにする。
「そんな経験もした彼女だが、本人は自分の運命に抵抗しない。
もともと人見知りが激しく、かなり周りに気を遣う優しい性格で、それではいつか、その過酷な運命に押し潰されるのではないかと懸念した僕が、禁忌を犯して新しい性格を植え付けた。」
一堂、そのジュリアンの告白に衝撃を覚えた。
彼はその言葉を口にする瞬間、微かに苦笑したように見えた。
しかし、その微笑みはどこか哀しさを帯びており、彼の胸の内にある後悔や罪の意識を垣間見せていた。
ジョナサンはその告白に動揺を隠せず、両手を震わせながら自分の立場を整理しようとしている。
ニコラスは冷静を保ちながらも、王の覚悟と深い苦悩を感じ取り、内心で何かを決意したかのように目を細めた。
「そういう事情で、半生を王家から離れてのびのびと過ごしたことと、新しい性格が合わさって自由奔放な行動をするけど、ある意味僕が彼女をそういう風に仕向けてるのかもね。
それが気に入らないというなら、彼女ではなく僕が非難されるべきだ。」
そう言いながら、ジュリアンはジョナサンを見つめる。
その一方で、彼もマディラの最近の言動は、流石にぶっ飛んでいるとは思っている。
偽国王が、彼女を庇いきれないと言ったらしいが、そこはある意味、ジュリアンの心の声を代弁していた。
元々、ニーベルで一生過ごすにあたり、本来の「マディラ」の人格では生きづらいだろうと言う発想で「真唯佳」を創造したが、あの時にこの国に来ることがわかっていたら、もう少し大人しい性格を想定したかもしれない。
そう思いながら、ジュリアンは言葉を続ける。
「そもそも僕に対しての彼女の振る舞いも、本来の上下関係ならもっと僕が彼女に敬意を表することはあっても、彼女が僕より謙る必要なんて全くない。
対等に扱ってもらって、かえってありがたいくらいだ。」
ジュリアンは再び視線を正面に戻し、静かな空気を取り戻すように深く息をついた。
彼の目には強い決意が宿り、これまでの重い話題にもかかわらず、その姿は国王としての揺るぎない威厳を感じさせるものだった。
彼の声が静寂に響く中、部屋の空気は一層冷たく張り詰めていた。
「つまり君が、スターリングを利用してマディラにつけた文句は、僕に向けてという事でいいかな。
マディラからしたらお門違いもいいところだ。」とバッサリと切り捨てるジュリアン。
彼の言葉は冷ややかだったが、その一方で不気味な冷静さが感じられた。
ジョナサンは息を呑み、額に汗が滲んでいるのがわかるほど動揺している。
ジュリアンの冷徹な言葉に、自分の行動が許されないものだったとようやく気付いたのだ。
「ガロスの件、色々思うところがあったみたいだけど、僕からしたら、一貴族がどこかから不適切に集めたお金を多少ぶんどったなんて、小さい話だよ。
それよりも、大切な妻を傷つけたスターリングや君は、万死に値する。」
ジュリアンは、そう言いながら静かに立ち上がり片手を前に突き出すが、その動作は重々しく、決して急いでいない。
ジョナサンは目を見開き、口元を震わせながら後ずさりをするが、すでに壁際にいたので逃げ場はない。
ジュリアンのその目は厳しく、少しの情けも見せていない。
その視線は、かつてニーベル1冷徹な戦術師と言われた鋭さそのものだった。
「“天から降りし永遠の焔よ、我が手に宿れ。”」そう言いながらジュリアンは、もう片方の手もジョナサンに向けて突き出す。
ジョナサンの顔色は蒼白となり、まるでその場に縫い付けられたかのように立ちすくむ。
「へ、陛下?」声が震え、言葉はか細い囁きのようだ。
ジュリアンの詠唱が途切れることはなく、ジョナサンは足元がふらつきながらも、なんとか抗議しようとするも恐怖で動けない。
「“赤く燃え盛り、全ての闇を焼き尽くせ。消えることなき不滅の力となりて、この地を浄化せよ。今、この瞬間”——」
そこで詠唱が一瞬止まり、ジュリアンは彼を鋭く見据えた。その眼差しは冷たい鋭利な刃のようだった。
「僕は今、永遠の炎の詠唱をほぼ終えている。
同時に死の氷もあと一節でね、君たちには聞こえてないと思うけど。
ジョナサン、君に選ばせてあげるよ。地獄の業火で一瞬で丸焦げか、永久凍土での果てなき眠りか。
防いでくれて構わないが、問題は右手と左手、どっちが炎でどっちが氷かな」
彼の口元にわずかに浮かぶ微笑みは、恐怖心や躊躇といった感情からはほど遠い、むしろ楽しむかのようなものだった。
ジュリアンの顔には、相手の次の動きを観察し楽しむような余裕すらあり、まるで遊び心を帯びた残酷な挑発の表情だ。氷と炎、二つの対極の力を制御している自信が、彼の表情に滲み出ていた。
ジョナサンはその言葉に震えながら、壁に張り付く。喉が渇き、声を出すのも辛そうに、「お……お慈悲を……」とだけ、何とか絞り出した。




