ふる傷 9
トーラーの宿舎
「こんなところにお越しいただくなんて、どうしたんですか?」
トーラーの宿舎の居間で、新しい陶器のデザインをデッサンしていたセバスチャンが、エレナに声をかける。
マディラが寝室に閉じこもってすぐ、エレナはこの離れの建物に足を運んだ。
「実はここ数日、陛下とマディラ様の仲がよろしくなくて……。
どなたかに間に入って頂けないかと思案していたところ、セバスチャン様のことを思い出しまして」
そう言いながら、最近ジュリアンがマディラに対する態度が硬化していることを話す。
エレナは自分でも、なぜ急にセバスチャンを思い出したのかわからない。
だが、一部始終を客観的に判断してくれる人物を考えた時、急に彼を思い出したのだ。
にわかに王宮の居候となった謎の青年。
胡散臭さはあるものの、マディラもジュリアンも打ち解けていたので、最低限、二人がどんな人物かを彼は理解しているはずだ。
ともかく、誰かに話を聞いてもらいたかった。
「マディラ様は、大層落ち込まれてしまい、寝室に篭ってしまったのです」
彼女は、その言葉を口にしながら視線を落とし、困惑と悲しみを隠し切れなかった。
二人が急に不仲になったという話を聞きながら、セバスチャンは自分が知っている国王夫妻を思い浮かべる。
初めて城に入った時の掛け合い、宿舎やガロスを紹介するときの二人の雰囲気、そしてジョンソン家の屋敷に行く時の様子。
自分としては、二人の仲が悪ければ逆にマディラに近づくチャンスもあろうというのに、その儚い願望は叶いそうにない。
「陛下は式典で不快な思いをされたとのことですが、その後3人で外出した時も、そんな素振りは無かったですよ。なんだか、僕が知っている陛下じゃないみたいですが……本当にご本人ですよね?」
彼の声には、微かな疑念が混ざっている。
何気ないセバスチャンの質問に、もちろん、と答えようとして、再度ジュリアンの言動を振り返り……セバスチャンを見つめるエレナ。
「そう信じて疑ってなかったのですが……偽物だという可能性はあるのでしょうか」
エレナは、戸惑いながらも顔を上げ、わずかに不安そうな表情で答えた。
「陛下は今、何をされているか、ご存知ですか?今から謁見することはできますか」と、セバスチャンが真剣な眼差しで彼女に尋ねる。
「本日は確か、午前中は議会で、もうすぐ終わるかどうか……終われば一旦執務室に入られると思います。
今朝は、開会がいつもより早いので、昨日は後宮にいらっしゃらなかったのですが……」
彼女は少し不安そうに、視線をさまよわせながら返事をする。
「さっき、いらしてたんですよね?議会が早く終わって後宮に立ち寄られたのですか?」
というセバスチャンの質問に、二人は何か同じことを思いついたのか、あ、という顔をして見つめ合う。
先ほど、一の間で見た彼がジュリアンではないとするなら、一体誰だったのだろう??
「どちらにせよ、陛下に真意を伺うには直接お会いするしかない」
そういいながらセバスチャンは立ち上がり、二人は足早に部屋を出るのであった。
――――――――――
「貴様、こんなところで何をしている!身分を弁えろ」
そう、セバスチャンを見かけるなり、叱責してきたのはニコラス。
セバスチャンたちが、議場がある棟の裏手から、国王の執務室がある建物に行こうとしていたところ、運悪く彼に遭遇してしまう。
開口一番がこの厳しい口調だった。
相手も同じトーラーなので、悲しいかな、表情が読み取れないほど遠くにても、セバスチャンは彼を発見した。
しかし、ここで急に進路変更をしても余計に怪しまれるだけなので、招かれざる客だと知っていても回避できなかった。
「ニコラス様」侍女長がそう呼びながら恭しく礼をする。
「本日の審議は終わられたのですか?それとも休憩中か何か……」
エレナにそう話しかけられて、セバスチャンに対する明らかな不機嫌顔から一転し、穏やかに微笑みながらニコラスは答える。
「ええ、ほんの10分ほど前に終了しましたよ。こちらにいらしているということは、陛下にご用事ですか?」
「はい、そうなのです。ちょっと急ぎの伝言がありまして。失礼致します」
そういいながら、二人とも彼にお辞儀をして、小走りでその場を離れる。
「お二人はお知り合いなのですね。お陰で、議会の状況がわかって助かりました」
エレナは、セバスチャンにお礼を言う。
「うーん、知り合いっていうか、まぁ、そうですね。嫌われているようですが。
でもあの様子だとやはり、午前中に陛下が後宮に行かれるのは不可能だったと思いますよ」
セバスチャンは、複雑な顔をしながら彼女に返事をする。
意外な組み合わせだな、と思いながら、ニコラスは二人の背中を一瞥して、自分の所属する政務棟に向かうのであった。
――――――――――
「やあ、どうしたんだい、二人とも」
ジャケットを脱いで、リラックスした姿で執務机の前に座り、くつろいでいたジュリアンは、和かにエレナとセバスチャンに話しかける。
彼は午前中いっぱい議会に出席し、先ほど執務室に戻って一休みしながら、午後の予定を確認していたところだった。
秘書官から、マディラ付きの侍女長たちが面会したいと話を聞き、ちょうど部屋に入ってもらったところ。
「それともここ数日、そちらに行けなかったことで、お小言を貰ってしまうのかな」
そう、イタズラっぽく言葉を投げかけるジュリアンを見て、エレナは直感的に目の前の人物を評価した。
本物だ。
一瞬、議会に出ている国王ですら偽物で、実はジュリアンの身に何かあったらどうしようかと、エレナはここまでの道中、最悪の事態を想定していた。
そんな国家を揺がす一大事になっていた場合、それこそ彼女の手に負えない状況だが、それはないらしいのでホッとする。
しかも目の前の彼は、ここ数日後宮に来ていないと言っている。
ではやはり、先ほど見た陛下は一体誰だったのか。
そう思いながら、エレナはジュリアンにお願い事をする。
「陛下、これからのご予定はいかがでしょうか。ちょっと後宮にお越しいただきたく」
エレナがそう切り出すと、意外そうな顔をしてジュリアンは返事をする。
「これから?行けなくはないけど……何かあったの?」
エレナとセバスチャンという、マディラの配下の重要人物二人が揃って面談を希望し、後宮に来てほしいとお願いされた瞬間、先ほどのにこやかな表情から打って変わって、真剣な顔つきになるジュリアン。
「陛下、いけません。14時からは大使との面談がありますので」
すかさず釘をさすジョナサン。
「お昼もまだ召し上がられておりませんし、面談前の打ち合わせがありますので、残念ながらお引き取り願います」
ジョナサンはエレナに向けて、そう立て続けに発言をする。
「昼はいいよ、別になくても。打ち合わせも面談直前5分でできるように、資料を揃えてくれれば」
ジュリアンは少し肩をすくめ、あっさりとした口調で答える。
その言葉にジョナサンはわずかに眉をひそめ、堅い表情のまま「しかし……」と再度制止しようとするが、国王は鋭く言葉を差し込む。
「ここ数日立ち寄れていなかったんだ。それとも、僕が後宮に行ってはいけない理由があるのか?」
ジュリアンに強い口調で問い詰められ、急にしどろもどろになる侍従長。
「あ、いえ、そういうわけでは……次の予定はずらす事ができませんので、そうすると後宮に行かれてもすぐに退室することになるかと……」
ジョナサンは慌てて言葉を継ぐも、視線を泳がせ、次の言葉を探す。
「ならなおのこと、ここで行く行かないの話をして時間を無駄にせずに、今すぐちょっと行ってくるよ。詳細は歩きながら聞く」
そう言うや否や、ジュリアンが立ち上がったところ、使用人が彼のジャケットを持ってくる。
ただでさえ慌ただしい国王の午後の予定が、急に変更されて困惑しているジョナサンを尻目に、行こうと促してジュリアンはエレナたちと執務室を後にした。




