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ふる傷 7

例祭から数日が過ぎた穏やかな昼下がり。


マディラは後宮の部屋で静かに過ごしていた。忙しかった儀式も終わり、ようやく訪れた休息の時間だった。

しかし、そんな平穏は突然、ジュリアンの訪問で打ち破られた。


扉が開き、国王が足早に部屋に入ってきた。その表情は硬く、普段の威厳とは違う、明らかな不機嫌さが漂っていた。

彼女は座っていた椅子から立ち上がり、夫を迎える。


「例祭は、どうにか終わったが……」彼は低い声で話し始めた。

「見る人が見れば、当初の打ち合わせ通りではなかった事が見抜かれていた。アラが隠しきれなかったことは明らかだ。そして、案の定、クレームが届いている。」

彼は、はぁっとため息をつきながら、恐れていたことが現実となったと言わんばかりの表情をしていた。


その言葉に、マディラは一瞬驚きの表情を見せた。

「クレーム……って? 具体的にはどのような……?」

ジュリアンは彼女の言葉を遮るように、苛立ちを込めて続けた。

「不愉快だよ。王妃としての役割を全うすることができなければ、どれほど影響があるか、分かっていたはずだろう。

国の象徴たる存在が、祭礼でミスを犯すことがどれだけの信用を失わせるか……やっぱり例祭前の旅なんてさせるんじゃなかったよ」


彼女は困惑した表情を浮かべたまま、少し言葉を探すようにしていた。

「私なりに努力はしたけど、忙しさで練習の時間が十分に取れず……。

年に一度の儀式だから、慣れが足りなかったのかもしれません。」

そう、彼を刺激しないように萎らしく返事をする。


その言葉を聞いても、彼はさらに眉間にしわを寄せ、不満を隠そうともしなかった。

しかしその時、侍女がそっとジュリアンのそばへ近づき、彼の耳元で囁いた。

「陛下、秘書官の方から執務室に戻るよう連絡が来ております。お急ぎください。」


彼は深いため息をつき、少し落ち着きを取り戻したように見えた。

「仕方ない。だけど、この話は終わっていないからね」

そう言い残すと、彼は振り返って後宮を後にした。


彼が去った後、部屋には沈黙が広がった。マディラはその場に立ち尽くし、深く息を吐き出した。

彼の言葉が頭の中で反芻され、胸の奥にわだかまりが広がっていった。



――――――――――



その日の夜


一の間に再びジュリアンが現れた。昼間の険しい表情とは打って変わって、彼の姿は穏やかで、親しみ深い微笑みを浮かべていた。

彼はリラックスした様子で居間に入ってくると、まるで昼間の出来事などなかったかのように、軽やかな声で話しかけた。

「今日も一日、忙しかったよ。少しゆっくりしようか。」

彼は椅子に腰掛け、何気なく手を伸ばして果実酒のグラスを取り、優雅にそれを傾けた。


マディラは、表面的には微笑み返したものの、胸の奥ではまだ昼間の出来事が引っかかっていた。

彼が言った辛辣な言葉、儀式の失敗についての非難の声が、耳から離れない。

だが目の前の彼は、例祭のことには一切触れず、何事もなかったかのように穏やかだった。


「今日の公務はゆとりを持て対応できると思っていたのに、仕事が押し寄せてきたよ。

君の方は、まだ多くのことが残っているの?」

彼は笑みを浮かべながら妻を見つめ、何事もなく過ごそうとしている様子だった。

しかし、マディラはどうしても昼間のジュリアンの言葉が頭から離れず、心ここにあらずの状態だった。

彼の言葉にうなずきつつも、内心では混乱と疑問が渦巻いていた。


昼間、言いたいことを言ったから、もう気にしなくていいって事?


「どうやら、今日は少し疲れているようだね。無理しないで、ゆっくり休むといいよ。」

いまいち笑顔ではない様子を感じ取ったジュリアンは、彼女に優しく声をかけつつ肩に手を置いた。

だが、その触れた手の温かさにも、彼女の心は晴れなかった。

昼間の鋭い言葉と、目の前の優しい夫がどうしても結びつかない。

「ありがとう。」

彼女は控えめにそう答えたが、心の奥底ではまだ昼間の言葉が消えず、彼女を悩ませていた。



――――――――――



数日後


ジュリアンは再び昼間に後宮を訪れた。

例祭のクレームの話以来、マディラは彼の言葉に対する疑念が消えず、心の奥底で不安が渦巻いていた。

再び現れた王の顔を見た瞬間、彼女の胸は警戒心でいっぱいになった。


彼はその表情を崩すことなく、冷ややかな声で切り出した。

「先日の儀式についてだけど、やはり貴族たちの間でも話が出ている。

君が公務をこなすには、力不足だと見なされているようだ。」

王妃の顔がわずかに強張った。彼の口調には冷酷さがあり、何かが違うと感じさせる。

その言葉は、まるで彼女の存在そのものを否定するかのようだった。

これまで何度か、彼がマディラの行動を諌めることはあったが、それは特定の行動について注意をするものの、起きてしまった事について、突き放すような物言いは一度もなかった。


「それに……」ジュリアンは少し間を置き、重々しく続けた。

「君との間に一人の姫がいるだけだ。男子がいないことにも、不満が高まっている。

君は王妃としての役割を果たせていないと、貴族たちが口にするようになってきているんだよ。」

その言葉が突き刺さるように、マディラの心に重くのしかかった。

彼女は、彼と二人三脚で国を支えてきたつもりだった。

それなのに、彼女の努力が足りないと見なされ、さらに男子がいないことまで咎められるのか。

「だから、僕は新たに後宮に妃を迎えることにするよ。貴族たちの圧力もあるし、国家の安定のためには、より多くの後継者が必要だ。」


その宣言に、マディラの血の気が引いた。彼の冷たい視線は、かつての優しさとは程遠い。

まるで彼は彼女に対する愛情や信頼をすっかり失ってしまったかのようだった。

「君には時間を与えるけど、僕の決定は覆らないから。」

彼は冷たくそう言い残すと、踵を返し、再び執務室へと戻っていった。


後に残されたマディラは、呆然と立ち尽くしていた。

心臓の鼓動が耳の奥で響き、言葉の一つ一つが頭の中で渦巻いていた。

「ジュリアンが新しい妃を迎えるなど……」彼女は小さく呟き、手で顔を覆った。

まさか、こんな事態になるとは思ってもみなかった。


ニーベルにいた時に、ジュリアンがマルゴーと婚約している状態で、マディラにプロポーズをしたことがあった。

その時に、自分は第二夫人でもいいと思った。

今でも、彼の周りに自分以外の女性を受け入れること自体は否定しない。

ただ、今回の彼の言動はどうしても違和感が拭えないのだ。

これから何が待ち受けているのか、良くない予感がする。

ジュリアンが変わってしまったのか、それとも、彼を動かしている何かがあるのか——その答えを探る必要があることを、彼女は強く感じた。


彼女は、一人きりになった後宮の広い部屋で、これから自分がどう動くべきかを考え始め、侍女長のエレナに声をかけた。

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