ふる傷 5
神殿での例祭から数日後。
侍従長のジョナサンは一人、自分の個室で悶々としていた。
彼は、ジュリアン達が、養子としてグリーンフレードム国に入国時に、使者として対応をした。
そして、初めてジュリアンに会った時から、彼を我が国にいない逸材だと思った。
純潔さや永遠を連想させ、また優れた直感力や判断力を有することを連想させる、白銀の髪。
悪魔の誘惑にも打ち勝ちそうな、霊的なパワーを連想させる深いアメジスト色の瞳に、一眼見た時から衝撃を受けた。
また、女王陛下はじめ周りの人とのやり取りから、すぐに彼の生まれ持った知性、品格、バランスの取れた身体能力、性格の良さを感じ取る。
実際、王に即位するにあたり、受ける研修での飲み込みの速さや、統治に対する考え方も、人当たりの良さも、何もかもが非の打ちどころが無かった。
天は二物を与えずと言われるが、そんなことはなかった。
四−五物くらい与えられた人が存在するとは。衝撃的だった。
自分は妾腹腹の血筋なので、貴族と同様の出世が望めないため、当初は神官職の進路を希望していた。
しかし彼に出会って、是非とも一生そばでお仕えをし、歴代最高の国王になっていただきたいと思った。
そこで、熱心に各方面に働きかけをし、数年後、彼は王室の侍従長の座を射止めた。
これで、陛下の今後は順風満帆と思っていただきたい、と明るい将来を思い描いていた。
だがしかし。
何物も与えられても欠点というものはある物である。
陛下は女性を見る目がなかった。そう、入国時に一緒に連れてきた女性のことである。
ジョナサンにとって煙たい存在なのが、婚約者のマディラだった。
自由奔放、貴族らしくない振る舞い。
ジョナサンと初対面当時、ジュリアンは20くらいと若かった。
彼女は、彼よりもさらに数年年下というのに、すでに彼の子供を身ごもっていたという。
どうやって手玉に取ったのか。
そもそも、王族と一貴族には絶対的な身分の壁があるというのに、王子に向かって呼び捨てとはなんたることか。
親しき仲にも礼儀ありである。そういった細かいところに、あの女性の本性が滲み出ている。
唯一褒めるとすれば、試練の間での成績は、歴代トップの記録だったのは意外だった。
我が陛下を上回るのは想定外。
いや、その能力を見抜いているからこそ、陛下は彼女の蛮行に目を瞑らざるを得ないのかもしれない。きっと脅されているのだ。
そんなわけで、マディラは見事試練の間で認められて、入国した時からずっと唯一の王妃の座に居座っている。
本来なら、我が国の貴族の中から、相応しい令嬢が何名かが陛下の妃になるはずであったのに。
妃の候補者の選定も入国前にされていたのに、彼女のせいで全てが台無しになった。
(なおジュリアンに言わせれば、候補者全員について個別に検討しており、それは言いがかりである)
彼女は、一度は王子を産んだものの、彼は現在生死不明。
本来なら、すぐにでも次の世継ぎを産む必要があるのに、それを拒絶するだけではなく、一時期公務も放棄していた。王妃失格もいいところだ。
陛下は惚れた弱みなのか「長い人生なのだから、そうすぐに次の子を望まなくていい」といって庇われていた。
その後彼女は公務にも復帰し、姫を出産したとはいえ、まだ王家安泰とは言い難い。とんだ悪女である。
最近では、いきなり陛下の執務室に乗り込んできて修行するんだと宣言したり、式典が近いのに数日間外泊したと思ったら男連れで帰ってきたらしい。
なんとその男は、男子禁制のはずの後宮に居座っていたのだ。
一体何を考えているのか……
挙げ句の果てに、賞金首のガロスの、懸賞金の解除及び王妃の付き人という人事。
「僕は彼を無罪放免にしたわけではない。条件付き、執行猶予だよ」
と、またも陛下は王妃を擁護していたが、謎が多い。
「だいたい、多額の懸賞金までつけたのに、僕の配下や貴族達含め、結局誰も彼を捕まえてこなかったじゃないか。
それを、彼女は偶然とはいえ、彼らのアジトを突き止め、逮捕寸前まで追い詰めた。
そして、城外すぐの街道の森に平和が訪れたとは言わないけど、治安が数段改善されたんだ。
客観的に考えて、そこは彼女を評価すべきだし、その彼の処遇について「責任を持つから」一任してほしいという話だ。多少考慮するだろ、そりゃ。
ガロスだって、「彼女のいうことであれば」従うって言ってるんだ」
とは、ジョナサンが異論を唱えた時の陛下のコメントである。
実際、重要指名手配被疑者の指定解除の際、議会で王妃は参考人として呼ばれ、彼女の手助けをしないように、ジュリアンは質疑応答の際は参加せずに、傍聴席で見ていた。
(なお、法的要件の詳細を彼女が覚え切れるはずもなく、何度かこっそりジュリアンが思念を送って答弁の手助けをしたことは、ジョナサン含め出席者は知る由もない。)
法務大臣の前でガロスが宣誓をし、マディラも彼と一緒に誓約書にサインまでしている。
ここまで手続きを踏んでいれば、規制があるにせよ、重罪人では異例中の異例、かなりの自由を手に入れている。
問題さえ起こさなければ、誰も彼の扱いについて文句は言えない。
王妃の魂胆は知らないが、陛下の話は尤もであり、相変わらず完璧な対応は、非の打ち所がない。
これが他の貴族の申し出であれば、自分も検討の結果、受け入れたかもしれない。
しかし。
こともあろうに、それがあの王妃なのだ。感情的だと言われてもいい。なんとなく釈然としない。
絶対に彼女一人であれば、こんなに万事段取りよく、ことが進められるはずながないのに。
あの陛下の寵愛を受けているというだけで、彼女はまさしく鬼に金棒なのである。
極め付けは、先日の儀式では、詰込みのわりにうまくいくが、そんな直前に外泊して、付け焼き刃で100%な訳がない。
公務軽視もいいところで、一歩間違えれば陛下に泥を塗る行為、侍従長ジョナサンの不満は頂点に達していた。
自分の敬愛してやまない陛下が、これ以上あの悪女に振り回されて、だんだん素行不良にならないか気が気ではない。近日中に距離をとってもらいたい。
これが彼の切なる願いであった。
その一方で、マディラが初めて入国した時から知っており、当初から彼女のことを気に入らなかったはずの自分が、彼女の式典での姿が目に焼き付いて離れない。
彼は裏方なので、脇から式典の様子を見ていたが、遠目に一瞬目が合うことが度々あった気がしており、その度にドキッとして鼓動が速くなる自分を認識していた。
舞いの完成度はともかく、あの神々しいオーラは人々を魅了していたことは認めざるを得ないが……
ひょっとして、今更ながら彼女に懸想を……
そんなばかな。
違うなら、この胸の高鳴りはなんなのだろう?




