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ふる傷 4

後宮内の大食堂


王宮のプライベートな食堂には、暖かい灯りがともり、静かな夕食の場が整えられていた。

ジュリアン、マディラそして小さな姫の親子3人で、久しぶりにゆっくりと、例祭の打ち上げとして、ささやかな夕食を共にしていた。

金色の燭台の炎がちらちらと揺れ、食卓を穏やかな雰囲気で包んでいた。


クリスティナはスープを少し飲んでから、無邪気な笑顔で母親に視線を向け、輝くような声で言った。

「お母さま、昨日のダンス、とっても綺麗だった。お星さまみたいにキラキラしてた!」

彼女は舞いの細部まで見えていたわけではないが、母親の何かしらのオーラを感じ取っていたのかもしれない。

マディラは、娘のその言葉に穏やかな微笑みを返しながら、手元のワインを軽く口に含んだ。

「ありがとう。あなたにそう言ってもらえるなんて、嬉しいわ。」

彼女の声には、どこか安堵と感謝が込められていた。


そのやり取りを見ていたジュリアンは、食卓を囲む空気の中に一瞬の沈黙が漂ったあと、口元に軽い笑みを浮かべながら言った。

「確かに見事だったけど……ちょっと気付いたよ。やっぱり練習する時間が取れなかったせいか、ほんの些細なミスがあったね。」


王妃は微かに首を傾け、肩をすくめてみせた。

「そうね。自分で言い出したこととはいえ、例祭の準備に加えて、他にも多くの事に対応していたから、練習にあまり時間を割けなかったの。そして、年に一回だけのものだから、どうしてもその場で即興のように動いてしまうことがあって。」

「それでも、立派だったさ」と彼は穏やかに応えた。

「君が、いかに忙しかったかはよく知っているし、全体としては見事だった。あの動きの美しさは、たとえミスがあったとしても、目を瞑ってもいいかな。」


娘はその会話には理解が追いつかず、ただ母親を誇らしげに見上げていた。

マディラは再び娘に微笑みを送り、手を伸ばして彼女の髪を優しく撫でた。

「来年はもっと上手にできるように、やっぱり練習に専念すべきね。あなたもその時までに、少し踊りを覚えるといいわ。」

「ほんとう?」姫は目を輝かせ、母親の言葉に応じた。

「じゃあ、お母さまと一緒に練習する!」その言葉に、マディラは柔らかく微笑んだ。

「もちろんよ、楽しみにしているわ。」


その場は和やかな空気に包まれ、食卓に並んだ料理の香りが部屋を満たしていた。

家族三人は、例祭の成功を祝う、穏やかなひと時を静かに共有していた。



――――――――――



後宮のエントランス


セバスチャンは、後宮の客室からゆっくりと出てきた。

ジュリアン以外の男性が、許可なくのこの場所に長く滞在することはできないので、転居をする必要があった。

そのことは理解していたが、彼はそれでも、心のどこかで名残惜しさを感じていた。

例祭の後、マディラが忙しさからやっと解放され、自ら時間を取って、新しい住居を案内してくれるというので、外で待ち合わせをしている。

後宮内に彼の居場所はなかったが、彼女は、王宮の一角にある古い建物を用意してくれたらしい。


普段着の彼女が現れると、彼はその姿に一瞬、息を呑んだ。

例祭で見た彼女の美しい姿が、まだ鮮明に彼の心に焼き付いていた。

華麗な衣装をまとい、神殿で踊る姿……その光景は、彼の心を揺さぶり続けていた。

だが、今目の前にいるのは、もっと落ち着いた装いの王妃であり、それでもなお、彼女の優美さは変わらなかった。


「さあ、こっちよ」とマディラは微笑みながら手を差し出し、道を案内し始めた。

セバスチャンは、静かに彼女の少し後を歩きながら、再び心の中で自分の立場を確認した。

心の中で彼女への特別な感情を抑えつつも、彼は忠誠を誓った者としての務めを果たす決意を固めた。


王宮の外れにある古い建物に到着すると、そこで彼を待っていたのは、先に到着していた大男だった。

その男は、かつては賞金首として恐れられていた存在だが、最近、王妃の配下となったらしい。

筋骨隆々とした体格のその男は、親しげにジュリアンと話していた。


「先日はホント世話になったな。いい男だな、アンタ。惚れそうになっちまったぜ」

そんな大袈裟な、と穏やかに微笑むジュリアン。

「一時はどうなることかと思ったけど、落ち着くとこに落ち着いてよかったよ。

だけど、先日も言ったように無罪放免になるわけじゃない。

これから命懸けで彼女を守ってほしい。本当の自由は、その後だからね」

「もちろん。足を洗いたいと思いながら、ずるずる盗人をやっていたから、ありがたい話だったよ」

「あ、ガロス!」

そこにマディラが二人に親しげに話しかけていた。

駆けつけた彼女の隣に、ジャケットを脱いでシャツを腕まくりして、同じくカジュアルな格好のジュリアンも並んだが、二人は格式高い王と王妃であることを一瞬忘れさせるほど、自然な雰囲気だった。


セバスチャンはその様子を見て、胸の中で複雑な感情が交錯した。

彼自身、王妃の側近として選ばれたことに自信と誇りを持っていたが、目の前で国王夫妻に馴れ馴れしく話しかけるこの大男に対して、無意識に嫉妬の念を抱いていた。

なぜこのような男が、王妃に近しい存在として扱われているのか——その疑念が彼の心をよぎった。


「紹介するわ。彼はガロス。賞金首だったからあなたは知っているかもね。

彼は塔のトーラー。家族がいるから城下町の外れに住んでいるけど、用事があったらここで面会しようと思って。

後宮には気軽に人を呼べないから」

そして、今度はガロスに向き合って紹介を始めるマディラ。

「彼はセバスチャン、吊るされた男のトーラーよ。ウォルソン村からきてくれて、今日からここに住んでもらう。」

「へぇ、あんたはここで暮らすことになるんだな。よろしく」と大男が親しげに青年に声をかけた。

だがセバスチャンは、わずかに硬い笑みで挨拶をする。


マディラはそんな二人の様子に気づいたかのように、穏やかな表情で言葉を添えた。

「あなたたち二人が協力して、私を支えてくれることを期待しているわ。

そして、もう少しここに住む人も増えるんじゃないかと思っている。

だけど、セバスチャンが一番の住人ね、ここの」

彼女のその言葉に、青年はふと心を落ち着けた。

たとえ複雑な感情があろうとも、彼は彼女の側近としての務めを全うするべきだ。

そして何より、王妃に選ばれたことが自分の誇りであることを再確認し、静かに頷いた。


建物の中に入ると、古風だが落ち着いた佇まいが広がっていた。ここで、彼の新しい生活が始まる。

そして、王妃を支えるための試練もまた、始まろうとしていた。

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