ふる傷 3
アテナエルが知りたいことがあるらしので、マディラとアテナエルの意識が切り替わる。
同じ女性なのに、急に雰囲気や口調が変わり、ジュリアンに質問をする。
「この中で、いくつか知っている家があるが、それは前大戦の頃からあったのかが知りたい。ひょっとしたら、当時の資料が残っているかも知れぬ」
「それが目的なら、すべての貴族の情報が必要ではないということだね。おおよそ1000年続いている貴族がどこかわかれば」
「そういうことになるな」
「僕でも示せるかも知れないけど、知っての通り、今は他のことを優先させたいので、執事に対応させるよ。後で持って来させる」
「状況、承知した。」
夫婦というより、同僚との打ち合わせと表現するにピッタリなやり取りをした後、アテナエルとマディラが再び入れ替わる。
「彼女は常に意識を共有しているの?」
二つの人格の入れ替わりがあまりに板に付いているので、思わすマディラに質問をするジュリアン。
「いつもではないよ。日中に彼女が寝ていることもあるし、起きていても思考を閉じていることもあるので、流石に何を考えているかは知らない。私の意識がない時に出てきていることもあるかも。」
自分の中に、新しい生命体がほんの数週間前に入り込んだというのに、全く違和感なく適応できているマディラに対し、彼が何か言いたげなので、少し考えて彼女は説明を付け足す。
「こういうのって、もう物心ついた時からずっとだから違和感ないんだよね。ただ、昔からいる"彼女たち"は最近ずっと寝ていて、起きてこないな。」
そういえば、と言った感じでマディラは自分を表現する。
「自分は10歳くらいからの記憶はあるけど、生まれてから、しばらくニーベルにいた時の記憶はないんだよね。
小さい頃に行った場所や会った人について、認識はあるけど、多分彼女たちが経験したことなので、その辺りの記憶がとても曖昧」
その話を聞いて、顔を固くするジュリアン。
他の人格が複数いる事を知っていたのか……
なぜ、自分の10歳以前の記憶が無いか、彼女が疑問を口にしたらどうしようかと思ったが、特に言及されなくてホッとする。
そんなやり取りをしているうちに執事がやってきて、貴族名と、いつから存在しているかを記載したリストをマディラに渡した。
それを見たアテナエルは、いくつかある1000年以上続く貴族のうち、ある貴族は代々トーラーを輩出していたのではないかと言い出した。
ジュリアンは、式典の準備の合間を縫って、先の大戦の頃の記録が残っているか候補の貴族たちに照会をしたところ、ジョンソン家が名乗りをあげた。
そして式典後に、マディラとジュリアン、そしてセバスチャンでジョンソン家を訪問する事となった。
――――――――――
神殿での例祭
壮大な神殿の内部は、荘厳な静けさに包まれていた。
高い天井にかかる精巧なステンドグラスから、柔らかい光が射し込み、色とりどりの光の筋が石造りの床に映えている。
神殿の壁には古の神々を描いたフレスコ画が並び、祭壇の上には神聖な象徴物が厳かに鎮座している。
式典が始まろうとしている。
国王は王冠をかぶり、威厳をたたえた姿で神殿の中央に立っていた。
彼の隣には、優美なドレスを身にまとった王妃が立っており、緊張した面持ちを隠して微笑んでいる。
その後ろには、一人娘が、まだ幼いながらも格式高い服装で礼儀正しく並んでいた。
この式典は、毎年王家が神に国の平和と繁栄を祈る大切な行事であり、国の民からも深く尊敬されており、王妃がその中心となる儀式を担っていた。
彼女はただの参加者ではなく、式典の中で、祈りと、そして神聖な舞いを捧げる役目を負っていたのだ。
マディラは、例年なら数週間にわたって入念に練習を重ねて、式典に臨んでいた。
今回は練習時間は少なかったが、例年同様の正確な動きと心のこもった祈りのために、自らの心と体を集中させていた。
彼女の舞いは、神々に対する誓いを象徴し、動きひとつひとつが調和と平和の願いを表現している。
まず例祭の祈りが始まり、王妃はゆっくりと祭壇に向かって歩を進めた。
その一挙手一投足には、堂々とした威厳と優雅さが宿っている。彼女の金の髪が光を受けて輝く。
神殿の中央で、王妃が祈りを捧げる姿は、まるで天上の神々がこの地に降り立ったかのようだった。
彼女はそっと目を閉じ、両手を胸の前で組み、深い祈りを捧げる。
その純粋な表情に、ジュリアンはじめ人々の心はさらに引き込まれる。
そして祈りの後、ゆったりとした音楽が神殿に響き渡る。
王妃が舞いを捧げ始めた。彼女の身体はまるで風に乗った羽のように軽やかに、そして優美に動いた。
祭壇前の広いスペースで、まるで風にそよぐ花のようなその動きは、神聖な空気をまとい、見る者すべての心に深い感動を与える。
国民たちは、その美しい王妃の姿を目を輝かせながら見つめている。
王妃の動きに合わせて、祭壇の向こう側にある神聖な鐘が静かに鳴り響く。
その音が、空間全体に神の祝福を届けるかのように響き渡る。
セバスチャンは、静かに神殿の一角から王妃を見つめていた。
壮麗な神殿の中、柔らかい陽の光が窓から差し込み、彼女の姿を金色の輝きで包んでいた。
「やはり、彼女はこの世のものではない……」
彼は心の中で呟いた。初めて出会ったときの記憶が、鮮やかによみがえる。
彼女への想いは、こういう特別なタイミングでふと思い出され、彼の心を支配していることに気づかざるを得なかった。
ダンスで彼女の裾が舞い上がり、その動きがセバスチャンの視界を占領する。
「この瞬間が永遠に続けばいいのに……」
彼女の美しさ、気高さ、そのすべてが彼の心を掴んで離さず、何もかもを忘れ、ただ彼女の姿だけを目で追っていた。
「美しい……」
セバスチャンは一瞬、自分が彼女に見惚れるあまり、思わず声に出してしまったのかと思い、咄嗟に焦るも、それは彼の勘違いだった。
隣に立つ、黒いフード付きマントを身につけた老人が発したものだった。
フードを目深に被っているのでよくわからないが、長い白髪、細長い鼻が特徴的。
あの姿を見たら、誰だって彼女を美しいと思うよな、とセバスチャンは思わず声を上げた老人に理解を示す。
だが、彼は知らなかった。老人の腹の内を。
(やはり、王族の姫は違うな。是非とも、手に入れたい)
老人は、まさに目の前で踊っている女性が、いつか自分の隣に立つ日を夢見ていた。
そうするには、早く彼女と決着をつけねばならない。
(そして、あいつは邪魔だな、やはり)
そう心の中で呟きながら、憎悪の視線を向ける先には、祭壇横の、王冠を被った青年が立っていた。
「消してやるさ、あの時のように」
そう言い残し、老人は後ろを振り返り、神殿から立ち去っていた。
舞いが終わり、王妃は静かに微笑んで、再び祭壇に向かい祈りを捧げる。
ジュリアンは、王妃を誇らしげに見守りながら、娘に優しく微笑みかけた。
彼らはこの場で、家族として、そして国の象徴として、神に平和の祈りを捧げているのだ。
式典が終わると、神殿内は静けさと敬虔さに満たされ、参加者全員がその瞬間を胸に刻み込んでいた。




