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独り旅 9

アルバス城内


「なんだここは……」

セバスチャンは、城の石造りの廊下を歩きながら、周囲の豪華な装飾に目を奪われていた。

これまで彼は、マディラを一貴族の令嬢の可能性を考えていたが、この城の壮麗さは、ただの貴族では到底持ち得ないものだということを示していた。

室内も、浴室でさえ豪華すぎて彼は呆気に取られてしまう。

あまりに日常と違いすぎて、浴室に入るも勝手がわからない。

かろうじてシャワーの使い方だけわかったので、セバスチャンは軽く埃を流してすぐに出てきてしまった。


脱衣所にはタオルと衣装?らしきものがあり、コレに着替えるのか……と彼は思い、手に取るも着方がわからない。

とりあえず下着とズボン、ブラウスらしきものに袖を通した後、脱衣所の扉を開け、セバスチャンはそばにいた女性に声を掛ける。


彼は「すみません。どう着ればいいのかわからなくて」と切り出すと、女性が手伝ってくれてようやく衣装を整える事ができた。

着替えの途中、無言なのが嫌で、おずおずと話しかける。

「あの……マユカさんは、どのような身分の方なのですか?」と、なんと聞けばいいかわからず、そう質問する。

マユカさん?あぁ、旅行中は素性を明かされてなかったのですね、と言って、彼女は教えてくれた。

「あの方は、現国王の王妃、マディラ様ですよ」

その言葉が耳に届いた瞬間、彼の心は凍りついた。まるで時間が止まったかのように、彼の思考はその一言に釘付けになった。


王妃!!!


セバスチャンは、頭の中で何度もその言葉を反芻する。心臓がさらに速くなり、手が無意識に震え始める。

彼女がこの国の王妃であるという現実が、彼の胸に鋭く突き刺さる。

信じられない思いが一瞬彼の中を駆け巡り、次には何とも言えない虚無感が広がっていった。

王妃である彼女と自分との距離が、一瞬で途方もないものに思えた。



――――――――――



セバスチャンが、ようやく着替えを終えて居間に行くと、そこに控えていた侍女たちが目配せしつつクスクス笑って、別の女性がそれを嗜める。

きっと似合ってないんだな。

そりゃそうだ、こんな着方のわからないゴテゴテの服、初めてだし着こなせてないよな……

最低限の礼儀として城の正装に着替えさせられ、彼はいつもとは異なる重みを感じていた。

セバスチャンは軽食を済ませ、案内されるがままに、別のフロアの、自分がいた部屋よりも格段に広く、天井も高い豪華な部屋に通された。


その部屋に入ると、すでに一人の青年が大きなソファに座っていた。

自分より細身で背が高そう。二十代後半だろうか。長い銀髪を束ねて、前に流している。

彼はリラックスした様子で、片手に書類を持ちながらそれを読み進めている。

セバスチャンは、青年の服装に目をやり、自分の服装と比較をする。

自分は、エンパイアグリーンのウール生地の軍服風の礼服で、肩章や、紋章入り銀ボタンがアクセントとなっており、精巧なデザインの銀糸の刺繍が、襟元と袖口に施されている。

足元も、銀のバックルがついた、上質な黒革のブーツを履いている。

対して彼は、ブラウスに黒いタイトなパンツ、そして足元にはシンプルなショートブーツを履いており、セバスチャンの正装と比べると明らかにラフだった。


彼は王妃の使用人か、それとも俺と同じ、カードの特殊能力を持つ者か……?


セバスチャンはそう考えつつ、おかけください、と案内されたので、自然と青年と同じソファに腰をかけたが、それはとても長いので、ゆったり隙間を開けても5人は座れそうだ。

銀髪の男性は、黙々と小難しそうな書類を読んでいたが、セバスチャンが腰を掛けたときに一瞬顔をあげ、軽く会釈をする。

一瞬、彼の宝石のようなアメジスト色の瞳がセバスチャンを捉えるも、目線はまた書類に戻ってしまったが、仕草がどことなく余裕に満ちている。

彼に合わせてセバスチャンも軽く頭を下げるも、相手はずっと書類を見ているので沈黙が続く。


しばらくして、扉が静かに開かれ、王妃が現れた。

マディラは、旅での地味な服装と違い、さりげなく刺繍や装飾が施された淡い水色のドレスに身を包み、コレが本来の姿か……とセバスチャンは見惚れてしまう。

彼女の、その背筋の伸びた立ち姿と自信に満ちた表情が、ただの貴族ではなく、この城の王妃であることを示していた。

それにもかかわらず、豪華な城内にあっても、どこか親しみやすい雰囲気を醸し出している。


「やっダァ、なんて格好してるのよ、こんな衣装を貸してもらったの??この部屋で一番偉い人みたい!」

セバスチャンの姿を見るなり、マディラはそう言いながらクスクスと笑う。

「すごい服を貸してあげたのね、わざとでしょ」と、彼女は銀髪の男性に親しげに話しかける。

「宮廷用の服がないので、使っていないものを借用したいという事と、僕より少し小柄としか聞いていないから、ちょっと着丈の短いものを提案しただけだよ。それがたまたま式典用だったというだけで」

伏し目がちにサラッと言ってのける男性。

その会話を聞いた周りの侍女たちも、クスクス笑う。


そういうことか!

セバスチャンが、衣装を着こなしていないからではなく、借りた服が彼女の想定以上に華美で、この場に相応しくなくて、浮いているから笑われていたのか……

「ごめんごめん、私が雑な依頼をしたからこんな事になったのよ。

服は似合ってるんだけど、正装に近いから息苦しいでしょ?

別に儀式をするわけではないので、適当に着崩していいわよ」

マディラはセバスチャンにそう言いながら、ソファーの二人のちょうど中間に座る。


「セバスチャン、待たせてしまってごめんなさい。紹介しなきゃね。こちら、私の夫です。ジュリアン・ソレイユ陛下」


えっ……

つまりこの方は国王!


自分より地味な服装をしていたから、マディラの家来かと……

無礼な態度を取ってなかったかと、セバスチャンはこの部屋に来てからの自分の言動を必死に思い出す。

それと同時に、彼の胸が一瞬締め付けられるように苦しくなった。

夫、つまり——彼女は既婚者なのだ。彼は信じがたい表情で青年を見つめたが、青年は冷静なままだった。


「で、彼が吊るされた男の能力者、セバスチャン。ウォルソン村で出会ったの」

「初めまして、お目にかかれて光栄です、どうぞよろしくお願いいたします」と陛下に挨拶をしながら、吊るされた男ってなんだ?とセバスチャンは考える。


国王は書類を片手に持ったまま、セバスチャンをじっと見つめ「よろしく」と彼に挨拶をする。

その眼差しは鋭いが、敵意というよりは慎重さが感じられる。

彼は、セバスチャンという、国王以外の男がここ後宮に立ち入っていることについて、多少の疑念を抱いているようだ。


「約束通り戻ってきたね。「無事な」姿が見れてよかったよ。何せ、君には離れの塔での「前科」があるから」

ジュリアンは書類を置き、言葉の一部を強調しながら微笑んで王妃に話しかけると、マディラの表情は一瞬固くなる。

彼は、待ち時間を利用して仕事の書類に目を通していたが、今ようやくその作業を終えたようだった。

「忙しい最中だったけど、そろそろ君が戻ってくると思ったから、少しだけ時間を確保しておいた。」

そう言いながら彼は立ち上がり、そっと肩を回すように軽く伸びをした。

すると、部屋の片隅で待機していた使用人がすぐに近づいてきて、国王のジャケットを丁寧に差し出した。

彼は、そのダークグレーの、金の紋章入り二重ボタンのジャケットにさりげなく腕を通すと、一瞬にして王としての厳格な姿へと変わった。


「では、僕は公務に戻るよ。式典の準備含め、執務が山積みでね。夜にまたくる」

彼は、マディラにそう声をかけた後、セバスチャンに一瞥を送り、少しだけ柔らかい口調で続けた。

「僕はまだ君のことを知らないが、彼女が認めたのであれば、悪い人物ではないだろう。こんなとんでもない女性に付き合ってきてくれて、ありがとう」

その言葉にセバスチャンは、無言で小さくお辞儀をした。

国王は軽く微笑み、王妃にもう一度視線を向けると、部屋を後にした。


扉が閉まると、部屋には静寂が訪れた。

セバスチャンは未だに少し驚いた様子で、隣にいる王妃を見つめていた。

マディラは、彼のそんな視線を感じ取ったのか、微笑んで落ち着かせるようにそっと彼の手に触れた。

「初対面の人に、ちょっと一言多いと思うんだけど……まあいいわ、私たちの話を続けましょう。」

彼女は穏やかな声でそう言いながら、セバスチャンにこれからのここでの生活の話をし始めた。

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