独り旅 7
ウォルソン村 礼拝堂
村の聖堂の地下に何室かあるうちの一室に、マディラがベッドに横たわっていた。
地下室の扉に錠がかけられているものの、管理室で鍵を見つけたセバスチャンは、開錠して中に入る。
(——どうしてここに?何かあったの?外が騒がしいようだけど)
彼女の目は閉じられていたが、鍵が開いた音に気づいたのか、全く動かずにセバスチャンに気づき話しかけてくるのだけど……何かが変だった。
耳から彼女の声が聞こえてくるのではない。
脳内に響き渡る感じだが、話しかけられたので彼は答える。
「わからない、俺にもわからないのだけど……村の人が急におかしくなって、俺に襲いかかってきた」
そのように答えながら、彼女にどう質問しようか一瞬躊躇うも、彼は単刀直入に問いかける。
「怪我をされたと聞きましたが、大丈夫ですか?あなたはスパイか何かなの?村人たちが、あなたのことを警戒してここに閉じ込めているけど」
(……スパイ?なんのこと?事情はわからないけど……、私がここに閉じ込められてるってことは、荷物が宿から運ばれている気がするの。探してくれない?そこから葉っぱを出して私の傷口に当てて欲しい)と、マディラは頼む。
セバスチャンは奇妙な依頼に戸惑うものの、幸い隣の部屋に剣を含め彼女の荷物一式が置いてあり、カバンを覗くと確かに青い大きな葉が数枚入っている。
「葉っぱは見つけました。これを、どこに……」
(左の肩から毒が入って、痺れて当分動けなさそう。だけどその葉っぱを患部に押し当ててくれれば、ほんの数分で動けるようになる)
セバスチャンは、異性であるマユカの体に触れることに戸惑いを感じながらも、左の肩を見ると、確かに包帯がされている。
そっと包帯を取るとために髪の毛をどかしたところ、背中の無数の傷が見えた。
村人たちが話していたのはコレか……と一瞬たじろぐも、彼は言われた通り、葉を傷口に貼る。
数十秒後。
痺れが取れてきたのか、彼女がセバスチャンに話しかけつつ、自分の右手で葉っぱを押さえる。
「ありがとう。やっと動けるようになったわ」
そう言いながら彼女が左肩から手を離したところ、すでに彼女の傷口は無くなっていた。
治癒能力を有する能力者の存在を知っていたものの、初めてその術を目の当たりにした彼は、驚きのあまり息を飲む。
そんな彼の様子を気にせず、左腕をドレスの袖に通して服装を整えながら、マディラはセバスチャンに話しかけた。
「上の様子を見にいきましょう。——スパイなんかじゃないわよ、あなたには話してなかったかもしれないけど、個人的に人を探しているだけよ。……騒動が落ち着いたら、もう少し詳しい話をしてもいいわ。」
――――――――――
マディラは、セバスチャンとともに村をさまよう。
だが、村の様子は一変していた。
村人たちは、誰かの催眠術に操られたように、無表情で二人を取り囲む。
目には不気味な光が宿り、命令に従うだけの存在となっている。
「彼らを倒すのは避けたい……でも、進まないわけにはいかない。」
マディラは静かにセバスチャンに言った。
彼もまた、どこか苦渋の表情を浮かべながら、頷く。
村人たちが襲ってくるので、マディラは剣で次々と峰打ちで気絶させるも、すぐに起き上がってくる。
「もう、面倒臭い!一気にやらせてもらうわっ」
そう声を荒げたかと思ったら、マディラは剣をしまう。
彼女は両手のひらに意識を集中させると、掌が発光するのを確認してしゃがみ込み、バンっっと勢いよくその光を地面に叩き込む。
その瞬間、彼女とセバスチャンの周囲360度に光の波が地面を進み、その光に触れた村人たちが一斉にバタバタと倒れ、気絶をする。
マディラの圧倒的な強さを見せつけられ、唖然とするも、罪人やスパイというより、気高いというか、もっと特別な存在という印象を彼女に抱くセバスチャン。
そこに、拍手をする音が聞こえたので二人が振り返ると、カインが立っていた。
「いやあ、マユカさん、お見事。ただ者ではないと思ってましたが——ここまでとは」
彼にはもはや、かつてのセバスチャンの友人だった面影はなく、その目には邪悪な力が溢れ、全てを支配する意志が宿っていた。
マディラは素早く振り返り、セバスチャンに向かって一言。
「ここからは私に任せて、あなたは下がって。」
セバスチャンは一瞬躊躇するも、彼女の毅然とした声に従い、少し後ろへ下がる。
「終わりにしよう。」
カインは冷たい声で言い放つと、彼女に向けて一気に攻撃を仕掛けてきた。
風のように素早い動きでマディラに迫り、その手からは黒いエネルギーが放たれる。
マディラもまたその攻撃を受け流し、何度も激しい衝突が繰り返される。
しかし、カインの力は強大だった。
彼の一撃を受けたマディラは空中に吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられた。
土埃が舞い上がり、マディラの動きは止まった。
「マユカさん!」
遠くからセバスチャンの声が聞こえたが、マディラは動かない。
だがそれは、彼女の意図したものだった。
(今は動いてはいけない……彼を油断させる。運が良ければ、もしくは——)
アテナエルがそう囁くので、マディラはその指示に従い倒れたまま。
わざと無防備に見せることで、カインの油断を誘おうとしていた。
しかし、マディラが動かないのを見たセバスチャンの胸に、怒りと恐怖が一気に溢れた。
彼の心の奥に押し込めていた感情が爆発し、激しい怒りが彼を突き動かす。
「これで終わりか?」
カインは勝ち誇ったように笑い、再び黒いエネルギーをマディラ目掛けて放つ。
と、その時。
「もう……許さない……!」
セバスチャンは突然カインに向かって駆け出し、まるで全く違う人物のように立ちはだかった。
カインの攻撃をまともに受け止めた彼の身体に、邪悪なオーラがまとわりつく。それでも彼は引かない。
「こいつが……彼女を傷つけるなんて許せない!」
その瞬間、セバスチャンの身体からは力強い光が放たれ、カインの邪悪な気を全て受け止めた。
カインは驚愕の表情を浮かべ、反撃しようとするが、その力は倍になって跳ね返り、カインを直撃した。
「ぐわあああっ!」
カインは一瞬にして崩れ落ち、その場に倒れ込む。
「どうだ……これで終わりだ……」セバスチャンが息を切らしながら、震える拳を握り締める。
だが、終わりではなかった。
カインは血を流しながらもゆっくりと立ち上がり、狂気に染まった瞳で二人を睨む。
「くそ、ゼクス様……。せいぜい束の間の勝利に浸っておけ。だが、5大将軍にはお前など敵わない……!」
カインの声は低く、もはや彼自身ではないようだった。
そして、彼は暗い笑みを浮かべながらゆっくりと倒れ込む。
自らの手で命を絶ったようで、彼の姿は黒い煙となって徐々に消えていった。
セバスチャンは肩で息をしながら、倒れたマディラの元へ駆け寄り、彼女の無事を確認すると、静かに息をつく。
マディラがゆっくりと起き上がり、微笑んだ。
「あなた……強いのね。」
彼女のその言葉に、セバスチャンはふと思い出した。
そうだ……彼女が探していたと言っていたが……それは……
彼は自分の中で、ようやく確信を得た。
これまで感じていた違和感、そして力が発揮された瞬間、すべてがつながった。
「俺は……ひょっとしてあなたの探していた人ってことですか……」
その言葉に、彼女は優しく頷いた。
――――――――――
その頃 アルバス城 図書室
マディラが不在の時に、アテナエルとトーラーの事を調べるジュリアン。
以前、「エル」を持つ者の話を聞いたことがあったがうろ覚えだったので、トーラーや昔の言い伝えで関連しそうな事項を調べていた。
「アテナエル……まさか、彼女の正体が予想通りなら、僕とマディラが一緒に戦っても敵わない……」
アテナエルが、マディラの眠れるものを起こしてしまうかどうかは、本来のマディラの人格がどれだけ毒が抜けているかによるような気がした。
自分よりも長く赤の世界から離れていたので、おそらく大丈夫だと思うが——。
では、敵対していたという大臣は何者なのだろう?
アテナエルと互角にやりあえる実力がないと、休戦に持ち込めないのでは……?
そう考えを巡らせているうちに、ジュリアンは、冷や汗が一筋、頬を伝うのを感じた。




