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独り旅 6

ウォルソン村 3日目


マディラは朝食後、一人で村はずれの大岩を見にきた。

セバスチャンが案内してくれた昨日の村の様子では、十分に大岩に注目する時間がなかったため、何がアテナエルの興味をひいたのか確認するべく、足を運んだのだ。


昨日の地主の話だと、岩山は村の守り神だが、彼はその岩を取り除いて大きな道路を引き、宿場町として発展させたいらしい。

薄曇りの空の下、村の外れにぽつんと佇む大岩は不気味な静けさを漂わせていた。

その岩は思っていたよりも大きく、古くからここに根を下ろしているかのように感じられる。

マディラは大岩の周りをぐるりと歩きながら、その表面に刻まれた古い模様や不自然な亀裂に興味を引かれた。


——これをどかして、奥の町のキャンベルウッドを繋げれば、リバーウッド経由で、より早く王都アルバスに地方の特産品が流れる……本当かしら?

そんなことを思案していたその時。



岩ばかり見ていたので、足元を全く意識していなかったが、彼女のブーツに何か引っかかった気がして地面を見ると、そこには透明な糸が張られている。

そして次の瞬間、ふっと背後に何かの違和感を感じた。

気づいた時にはすでに遅かった。

鋭い音が空気を切り裂き、マディラは急に肩に走る痛みに息を呑んだ。


「——!」


彼女は反射的に振り返ったが、何も見えない。

ただ、彼女の左肩に突き刺さっている、細い毒矢だけが真実を告げていた。

肩から鈍い痛みがじわじわと広がり、体に力が入らなくなっていく。


マディラの視界が揺らめき、足元がふらついた。

なんとか立とうとするが、毒のせいで体が言うことをきかず、膝から崩れ落ちた。

岩のそばに倒れこむと、冷たい地面が彼女の頬に触れた。

肩から伝わる血の感触と、毒の影響が意識を薄れさせていく。


「……誰……?」

意識が薄れゆく中、彼女は最後の力を振り絞り、辺りを見渡した。

視界の端に、何かが動いた。

木々の間、薄暗い森の奥に、黒い影がじっと彼女を見つめている。

顔はフードに覆われ、素性は分からないが、その冷たい眼差しだけがはっきりと感じ取れた。



――――――――――



マディラが倒れた数時間後


ロイドが宿場町への開発を目論み、強引に工事を進めようと、村外の工事業者がどんどん村の奥の大岩に入って作業をする。

村には、大岩が移動される知らせが届き、村は騒然とする。

それが暴動のきっかけとなり、村の人々は二分された。

信仰を重んじる住民たちが反発し、工事を止めるようにロイドの屋敷に詰めかける。

館の窓から、その反対住民を眺めていたカインは、村人を次々と催眠術で操り始める。


カインは、村人の負の感情を吸い込み、怪しい力に目覚めていた。

優雅で知的だった青年の姿は消え、どこか影がかった表情を見せている。

「……この村は俺の手の中にある。反抗する者は、ただ排除すればいい。」

黒い力に乗っ取られることで、村全体を支配するかのような冷徹な眼差しに変わっていた。

彼の声は低く、催眠術にかけられた村人たちは、無表情のまま従順に命令に従う。

「——抵抗する者を捕まえろ」と。



――――――――――



セバスチャンは、何かがおかしいと気づいていた。

村の住民たちが急に冷たい眼差しを向け、自分に襲いかかってくる。

先ほどまで自分に温和だった村人たちが、怪しい目つきの村人に接触することで何かの催眠術にかかり、彼を敵視するようになった。

しかし、同じように接触されたにもかかわらず、自分だけは何も起きていない。

必死に逃げながらも、どうしてこんなことが起きているのか。

彼自身もその理由を完全には理解していなかった。


礼拝堂の裏手に逃げ込み、セバスチャンは隠れた。

息を切らしながらも、涙が頬を伝う。

「どうしてこんなことになってしまったんだ……」と、拳を握りしめながら呟いた。

心優しいセバスチャンにとって、村人たちが操られ、敵として追い詰めてくる光景は耐えがたいものだった。


彼は腰を下ろし、震える体を押さえながら、心の中で繰り返し問い続けた。

「このままでは村が、みんなが……」

その時、村人二人の話し声が聞こえる。

どうやら、礼拝堂に見張りが二人ついている事に気づく。

ウィルバートとルーファスだ。

ヤバい、見つかれば襲われる、と彼が息を潜めていたところ、二人の会話が聞こえてきた。


「——俺たち、ここに配置されているけど……、あっちが騒がしい。見に行った方がいいんじゃないか」

礼拝堂の外は静かな空気に包まれており、森の中から聞こえるかすかな風の音が耳に届く。

ウィルバートは立ち尽くし、遠くの村の中心から時折響く音に、不安そうな視線を向けた。

「持ち場を離れた時に限って問題が発生するんだよ、ここにいた方がいいって」

ルーファスはどっしりと構え、むしろ薄暗い礼拝堂の扉に背を預けるようにして立っている。

彼の顔には、一見のんびりした表情が浮かんでいるものの、その目は鋭く、周囲の異変を警戒している様子だ。


「そんなにやばいの?あの旅人。」

ウィルバートは声を潜めながら身を乗り出し、ルーファスの表情を覗き込む。

ふと、彼の顔に不安の色が浮かび、かすかに唇を噛む。

礼拝堂の冷たい壁に手をつきながら、どうにも落ち着かない様子だ。


セバスチャンは、その会話を聞きながら、二人が誰のことを話しているか考える。

旅人……ここは小さい村なので、マユカさんしか滞在していないはず。

一体、彼女の身に何が……


「やばいかは分かんねーけど、女で剣もって一人旅ってあんま聞かねーよな。

彼女の手当をした人に聞いたけど、背中に無数の傷跡があったらしいぜ。」

ルーファスは少し顎を引き、興味深そうに話を続ける。

彼の語る話の内容に、ウィルバートは思わず息を飲んだ。

「スパイか罪人とかじゃないとそんなふうにならなくね?……しかも、大量の金貨をもっていたらしいぜ。どこで手に入れたんだろ」

そう続けるルーファスの言葉にウィルバートの目が見開かれた。

金貨の話が出ると、彼の表情は一瞬で険しくなり、何か得体の知れないものを見たかのように眉をひそめる。

礼拝堂の中に閉じ込められた旅人への疑念が心の中で膨れ上がり、妙な居心地の悪さが二人の間に漂った。


「罪人……関わりたくねーな。スパイかもなー。」

ウィルバートはわずかに後ろに下がり、礼拝堂の扉を睨むようにして呟いた。

「こんなところになんの用かは知らねーが、だから地下に閉じ込められているのか。」

ルーファスは肩をすくめ、扉を一瞥した。

その視線は冷たく、そこに潜む謎に対する一種の無関心さがうかがえたが、内心では何かしらの不安が消え去らない。

そんな会話をしている二人に、いつの間にか催眠術にかかった村人の集団が近づく。

その集団の異常な様子に見張りの二人は気付くも、攻撃を受けて倒れ、起き上がると、同じような異常な集団と同じになり、見張りの任務を忘れたようで礼拝堂は無人になる。


セバスチャンは、自分が村人の集団に襲われずに済んで安心すると同時に、ますます混乱している。

これは、村の大岩を動かそうとした祟りかもしれない。

村人が変な催眠術にかかり、そして……自分が連れてきた旅の女性が罪人かスパイ??

自分の第一印象では、いや一緒に村を回ったり幼馴染と会話している雰囲気では、あの上品で美しい女性からそんな影のある雰囲気は全く感じなかった。

それすら演技だったのだろうか。

そして彼女は今、怪我をしてこの礼拝堂の地下にいるらしい。

見張の村人二人は、襲われる前はまともだったことを考えると、マユカさんも催眠術にかかっていない可能性がある。

訳ありの人かもしれないけど……、それでもいい。今は、まともな人と話したい。


覚悟を決めてセバスチャンは建物の中に入り、地下に降りていった。

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