独り旅 4
マディラが小川の岸でうたた寝を始める
しばらくして、一人の青年が小川に沿って歩いてきた。
背が高いその青年は、シンプルなリネンシャツに袖をまくり上げ、土埃が付いた濃いグレーのズボンを履いている。
足元には使い込まれた革のブーツを履き、肩には何かの道具が入った布製の小さな袋を掛けていた。
青年は、金髪の女性の姿を見つけて一瞬立ち止まった。
彼女は二十歳前後だろうか。
倒れているのか、ただ眠っているのか分からず、不安に駆られた彼は、彼女が息をしているか確認しようと、そっと彼女の顔の近くに手をかざした。
彼は陶芸家のようで、手は大きく、土に触れてきた証であるかのように少し荒れている。
暗めのオリーブグリーン色の髪が無造作に額にかかり、優しい瞳が内気さを物語るように、少し控えめに彼女を見つめている。
その瞬間、女性が目を開け、澄んだ碧眼が青年を見上げ、驚きが顔に浮かんだ。
「あ……すみません、起こしてしまいましたか?」
青年は少し戸惑いながらも、心の中で自分の鼓動が速くなるのを感じた。
彼は目の前にいる美しい女性に一瞬で心を奪われたのだ。
彼女は軽く頷き、身を起こすと、彼を見上げた。
「大丈夫よ。——あなたは?」
「俺はこの川の上流にある村に帰る途中です。ここで何をしていたんですか?」
青年は少し気恥ずかしそうに答えた。
女性はその言葉にふと反応し、少し考え込んだ。
(——その村、トーラーを探すために我々が向かうべき場所かもしれぬ)
いつの間にか目覚めていたアテナエルが、マディラの心の中で呟く。
「村に帰る……?」
そう呟くマディラを見て、青年は不思議そうな顔をしたが、彼女の言葉の意味を深くは尋ねなかった。
「村まで案内しましょうか?近いし、徒歩でも夕方までには着きますよ」
「ええ、それがいいわ」
彼女は立ち上がり、馬に手を伸ばして軽く撫でた。「案内してもらおう。歩くね」
青年は頷き、彼女と共に村へ向かった。
「俺はセバスチャン。あなたは?」
そう聞かれてマディラは少し戸惑う。本名は流石にまずい。
「私は……マユカよ。よろしく」
そう言い、にっこりと微笑む事で、彼女は一瞬間が空いたことを誤魔化す。
そんな彼女の事情を知らないセバスチャンは、微笑みかけられて、ときめいてしまう。
村に入ると、石造りの家々が並び、素朴で温かな雰囲気が広がっていた。
村人たちはのんびりとした様子で、日常の作業に勤しんでいる。
彼女は、村の様子を眺めながらふと立ち止まり、青年に向き直った。
「ここに少し滞在したいの。どこかに宿はあるかしら?」
セバスチャンは、彼女が急に村に滞在すると聞いて、驚きながらもすぐに笑顔で頷き、村の一角にある唯一の小さな宿を紹介した。
「ここの宿は親切だし、料理もうまいです。滞在するにはちょうどいい場所だと思います」
マディラは微笑みながら、「ありがとう。しばらくここに滞在して、次の手掛かりを探してみるわ」と言った。
彼女の言葉の真意は理解していなかったが、青年はその美しい微笑みに心を揺さぶられながら、彼女とほんの数時間での別れではないことに内心喜んだ。
「もしよろしければ、明日、村を案内しましょうか?」
「村までの道中、付き添っていただいて、その上、明日もセバスチャンさんのお時間をいただくなんて……、それは申し訳ないわ」
「俺は大丈夫です。それに、何日か滞在されるなら、ここがどんなところか知っておいた方が便利だと思います」
セバスチャンの申し出に、それはそうか……と思い直すマディラ。
「では、明日の午前中、お願いしようかしら」
「はい、朝食後に宿の下に参りますので!」
そう、セバスチャンは元気に返事をした。
翌日——
セバスチャンは、マディラにウォルソン村のあちこちを案内した。
村の静かな風景や古くから続く風習を紹介しながら、最後に村の奥の自分の工房に連れて行く。
父親と一緒に営んできた小さな窯があり、彼は実用的な陶器を作り、それを近隣の村々や城下町にまで売りに行っていると語っていた。
工房に入ると、ひんやりとした空気が漂い、かまどには火が入っていないことにマディラが気づく。
「今日は作品を焼いていないの?」と彼女は尋ねた。
セバスチャンは少し苦笑し、かまどを見ながら肩をすくめる。
「ええ、最近はあまり火を入れていません。実は……父のように繊細な絵付けがどうしてもできなくて、いつも途中で失敗してしまうんです。」
工房を見渡しながら、彼は続けた。
「それに、かまどの維持も簡単じゃなくて、手間がかかります。
——他の陶芸家の作品を見ると、なぜか陶器そのものよりも、それを飾る台や棚に目がいってしまって……。
陶芸そのものより、別のことに心が向いているのかもしれません」
彼は少し視線を落とし、寂しげに工房の空気を吸い込む。
「父のような才能が自分にはないんだなと、最近よく感じるんです。でも、他の何かを見つけなきゃって思っているんですが……」
彼の言葉には、職業への情熱を失いかけていることがはっきりと滲んでいた。
彼の家を出て、村の中央に戻ろうと二人が歩いていると、セバスチャンと同年代のひと組の男女に遭遇する。
一人は、小柄で、柔らかな栗色の肩の長さの髪を編み込んでいる少女。
透き通るような緑色の瞳と、笑顔が印象的で、この村でよく見かけたシンプルなドレスにエプロンを着ていた。
もう一人は背が高く、筋肉質な体型を持っており、どこか冷たい印象を与える黒い髪を短く刈り込んでいる青年。
鋭い青い瞳を持ち、感情を表に出さない表情が特徴的。
上質な革のジャケットやブーツを身に着けており、身なりには気を遣っていそうな印象だ。
「やあセブ、そちらの方は?」
「昨日からこの村に滞在している、マユカさんだよ。村の案内をしていたんだ。マユカさん、こちらはカインとリサです。二人は僕の幼馴染です」
「初めまして、こんにちは」
マディラはにこやかに挨拶をする。
カインが興味深そうにマディラを見つめ、声をかける。
「マユカ様、この村の全体を見ていただいて、興味を持たれたなら、ぜひとも俺の屋敷へ。
我が家はこの村で歴史がありますので、ご紹介させていただければと思います。
歴史的に興味深いものや珍しい品々も所蔵していますので、お楽しみいただけますよ。」
そして幼馴染二人に対して、カインは言葉を付け足す。
「君らは普段から見ているから興味ないでしょう。それに、リサは元々昼からセブの家に行くって言っていましたね」
マディラは一瞬戸惑いながらも、あまりセバスチャンの時間を拘束しても申し訳ないと思い、カインの真摯な表情と興味深い申し出に心を動かされた。
「ありがとうございます。ぜひお伺いしたいです。
朝からセバスチャンさんに案内していただき、彼のお時間を十分いただきましたので。」
こうして、マディラだけがカインの屋敷へと招かれることになった。
一方リサは、マディラをひと目見た時から心中穏やかでなかった。
彼女はセバスチャンに密かに想いを寄せており、上品で美しいマディラに嫉妬心を抱いていた。
彼女がカインの屋敷へと行くことになり、リサはほっとしたような表情を見せる。
カインたちが歩き出してから、「やっといなくなったわね」と心の中で呟き、セバスチャンに向かって微笑んだ。
「お昼にしましょう。お父さんが亡くなってから大変でしょう?何か手伝えることがあったら遠慮しないで言って。」
しかし、セバスチャンはリサの言葉に生返事を返すだけだった。
彼の心は、マディラとカインのことが気になっていた。
「ちょっと、やりかけの仕事があるから、お昼はいいや」と言って、工房に引きこもってしまう。
リサは、その言葉に一瞬驚いたが、セバスチャンの姿を見つめながら、彼との変わらない距離感に胸を痛めた。




