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独り旅 1

アルバス城 後宮内の食堂


マディラがアテナエルと同化して数日後。

大臣が復活していると言われても、実害が報告されていたわけではないので、王宮は何も変わらない日常を取り戻していた。

マディラとジュリアンは、昼食を一緒に取る約束をしていたが、天気がいいので、後宮の中庭に面した小さなダイニングルームに二人は入室した。

窓からは庭園の花々が咲き乱れる様子が見え、優しい風がレースのカーテンを揺らす。

大きな長テーブルではなく、二人掛けの丸テーブルが中央に置かれ、上には白いテーブルクロスがさらりと掛けられている。

ランチの席は、国王と王妃が普段から親しく会話を楽しむ特別な時間である。


ジュリアンは通常の公務で着用する日常使いのコートを脱ぎ、白いブラウス姿で椅子に腰掛ける。

一方、マディラは軽やかな淡いブルーのドレスを身にまとい、柔らかな微笑みを浮かべながら座る。

料理は、彼らの日常にふさわしい質素ながらも洗練された献立が並んでいる。


「——旅に出たい?」

香ばしく焼き上げられた鶏胸肉を一口大に切り分けていたところ、マディラからそう切り出されて、思わずナイフを止めて驚きの声をあげるジュリアン。


先日は閉じ込めてくれ、で、今度は旅に出たい、か……

最近どうも、彼女の言動が突拍子もない。

これが緊迫した状況ならともかく、何も起きていないのにそういうことも言われても、ジュリアンは判断に迷い、詳細を聞こうとする。

「目的は?」

「有事の際に、アテナエルがなんとかするのはそれとして、普段「地の者」と何かのトラブルが発生した時に、いちいち私が対応するのも大変だし。

そもそも、そういう時のためにトーラーがいるはずで、数名はすでに能力者になっているなら、探しに行こうかな、と」

「アテはあるの?」

「——ないわ」

「……」

ジュリアンがローストしたニンジンを口に入れようとしたところ、そんな返事が彼女から返ってきて、再び右手が止まり、数秒間、口を開けた状態になってしまった。


自分は細かい方ではないが、流石にマディラの行き当たりばったりぶりには、ジュリアンはまさに開いた口が塞がらなかった。

彼の呆れ顔を見てまずいと思ったのか、バスケットに入っている全粒粉パンに手を伸ばしながら、マディラは一瞬うーんと考え込み、そう言えば、と慌てて言葉を付け足す。


「アテナエルが言うには、トーラー同士、そしてトーラーとその生みの親であるアテナエルは惹かれ合う性質があるから、後宮を出てどこかうろつけば誰か見つかるんじゃないかって。確か」

どうやら、マディラというより、アテナエルが早くトーラーの一人でも自分の傍に置いておきたいのかもしれない。


アテナエルは、常にマディラと会話をしているわけではなく、通常は眠っているらしい。

そして、ふとした拍子にマディラに話しかけ、またすぐに眠りにつく。

なので、今この瞬間、ジュリアンと話しながら同時にアテナエルに聞いているのではなく、あくまでこの前、彼女にお願いされた内容を思い出しながら、マディラは旅の相談を持ち掛けていた。


確かに、後宮とは、国王と限られた人間しか出入りできない、ある意味この国で最も人の出入りが少ない特殊な場所であり、ここに閉じこもっていてはそう簡単にトーラーに出会うことはない。

また、もしも本当に大臣が何か行動を起こした場合、トーラーとアテナエルに頼るしかない。

なら1日でも早く、現在目覚めているトーラーを数名見つけるのは、とても重要な事である。


ジュリアンがそのような発想になるには、この国特有の事情がある。

グリーンフレードムは四方を海に囲われて、他の大陸の他国から相当距離がある上、エルニドの結界があるため、王都や地方拠点に小規模な警備兵はいるものの、軍隊を有していない。

1000年前は、トーラーだけで互角だったのであればおそらく大丈夫だと思うが、もしも本当に国土が戦闘状態になった場合、その程度で戦力が足りるかどうか——

ジュリアンは現在、敵の規模や大臣たちの個々の戦闘レベルを把握していないので戦略を立てようもないが、祖国ニーベルの陸軍規模の軍が必要となれば、予算も人員も武器も何もかもを一から調達することになる。

その見極めのためには、確かに早く数名のトーラーを探し出し、マディラの護衛や諜報活動などをしてもらった方が良い。


「なんとなく、言わんとしていることは分かった。だけど、僕は今後数週間の予定が詰まっているので城を空けるわけにいかないし、君だって、半月後の式典の準備があるから、ちょっと難しいんじゃないか」

全てを食べ終わったジュリアンが、ハーブティーを飲みながらそう答える。


「式典……神殿への奉納かぁ」

ジュリアンは、マディラの希望を前向きに検討しようと思ったが、なに分タイミングが悪い。

そして、マディラはイベントの予定をすっかり忘れていたらしく、デザートのフルーツを突きながらちょっと考え、具体的な日程の提案をする。


「旅は、あなたは来なくて良いわ。私だけで大丈夫。あと、式典が前回とあまり内容が変わらないなら、3日もあれば準備ができる。10日……いや5−6日ほどで戻るなら、いい?」

どうやら彼女は式典前に行くという選択肢が捨てきれないらしいが、かなりタイトなスケジュールのため、彼は念のため確認する。

「今日これからは無理だかから、明日1日かけて準備をして、明後日出発し、10日以内に帰って来れるならいいけど……。そんなに遠くに行ったり、長期滞在できなくていいの?」

「見つからないなら、その時は諦めるわ。仕切り直しをして、また行けばいいのだから」

王妃の計画には、滞在を延長して公務をすっぽかすという選択肢がないことを確認し、口をナフキンで拭きながら、まあそれなら、とジュリアンは了承し、午後から議会があるから行くね、と言って席を立った。

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