青の街 緑の夢 7
アルバス城 王妃の部屋
月光の下で、クローヴィスのロケットがかすかに輝きを放った。
それは、彼がいつも身に着けていたものであり、エリザベスが山小屋で一夜を過ごした時に見たものと同じ形状だった。
「……そのロケット、まさか……クローヴィス、あなただったの?」
エリザベスは混乱した。
「あの夜、私を庇ったあのクローヴィスがどうして……?」
一瞬のうちに、かつての温かな記憶と、今、目の前にいる冷酷な暗殺者の姿が重なり、理解しがたい矛盾に心が揺さぶられ、王妃の顔に疑念と混乱が入り混じった表情が浮かぶ。
彼女の瞳は、かつての記憶と目の前の現実の間で揺れ動いていた。心の中で信じたい気持ちと、裏切られたと思う気持ちが交錯する。
クローヴィスもまた、王妃の困惑を前にしばし動けなかったが、その隙を逃さずに一気に部屋を後にし、王妃の視界から消え去った。
王妃は、混乱したままロケットの輝きとクローヴィスの後ろ姿を見つめていた。
愛情と憎悪、信頼と裏切りが渦巻く彼女の胸には、かつてないほどの激しい感情が沸き起こっていた。
クローヴィスは何とかアルバス城から逃げ帰り、大臣に状況を報告した。
「彼女は以前の王妃ではない。彼女には光の魂が取り込まれているため、その力を奪わない限り、あんたのものにはならない」と伝えた。
すると大臣は薄笑いを浮かべる。
「彼女一人をここに連れてくるのが無理なら、圧倒的な物量戦で城を攻めて妃を狙い、攻撃を仕掛けて光の魂を追い出してやろう」と不気味な計画を打ち明けた。
一方、王妃の中に宿るアテナエルも、黒装束の人物、クローヴィスに宿る黒い光——サタナエルの存在を敏感に感じ取っていた。
アテナエルにとっても、サタナエルは狙うべき相手であり、王妃の復讐心とアテナエルの目的が一致したことで、二人の運命が一つの目標に向かって動き始めたのだった。
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クローヴィスによるエリザベス襲撃未遂の後
大臣の策略は日に日に狡猾さを増し、国土全体に邪悪な「地の者」が再び溢れ返っていた。
彼はその邪悪な生物たちを増殖させるだけでなく、不安にかられた国民たちを催眠術で支配し、反乱軍を育て上げていた。
かつて王家を敬った民衆は、今や王妃を恐れ、憎悪の眼差しを向け始める。
その動揺に満ちた状況に、王妃はアテナエルから授かった魔剣を手に取り、再び立ち向かおうと決意する。
彼女は魔剣を掲げ、地面に巨大な魔法陣を刻むと、国全体に広がる邪悪な影を鎮めようとした。
しかし、彼女の身に宿るアテナエルの力は、彼女が制御できる限界を遥かに超えており、強力すぎる魔力の奔流に、彼女の心は少しずつ蝕まれていった。
大臣とクローヴィスに対する復讐心と、クローヴィスがかつて自分を勇気づけてくれた記憶が交錯し、王妃は精神の均衡を崩し始めていた。
自らを正当化するための言葉が、冷たく響き渡るようになる。
「私は神じゃないの。少しの犠牲は仕方がない……そう、これは必要な犠牲よ……」
と、彼女はタロットカードに選ばれし味方、トーラー達が魔法陣の巻き添えで傷ついていくのも無視するようになる。
その態度に、トーラー達は不信感を募らせ、王妃に対する忠誠心が揺らぎ始めた。
エリザベスの目に映る復讐の炎は、彼女のかつての優しさや正義感を覆い隠していった。
――――――――――
宮殿の一室
エリザベスは、目を閉じたままゆっくりと深い呼吸をした。静かな部屋で、彼女の心は動揺と混乱で満ちていた。
彼女が自らの復讐心に駆られて行動しているのは確かだったが、次第にその熱情が、彼女の心を蝕んでいることを、自分自身で感じ取っていた。
アテナエルは、もともとは自分の悲願を叶えるために取り込んだはずだが、その力を感じるたびに、何とも言えぬ異様な重圧と冷や汗が流れた。
「私は……もう、後戻りできないのかもしれない……」
呟きながら、王妃は手を自分の胸元に当てた。
アテナエルが、彼女の内側でその存在感を強め、じわじわとその力が彼女の意識に影響を与えているのを感じる。
次第に、あの冷徹で高慢なクローヴィスの顔が脳裏に浮かんだ。
彼に取り込まれたその黒い光——サタナエルは、確かに強力な力を持っている。
彼女は、彼に対抗できるようなアテナエルに取り込まれながらも、次第にその力が自身の正気を脅かしていることに気づき始めていた。
それは、まるで霧が少しずつ濃くなり、視界を奪っていくようだった。
王妃はその圧倒的な恐怖とともに、これ以上このままでいると、自らも光に侵されてしまうのではないかと感じていた。
クローヴィスのように、彼女もまたその力に飲み込まれてしまうかもしれないという、深い不安が胸を締めつけた。
「私は……どうしてここまで……」
自らの未熟さ、計画の甘さを痛感し、王妃は深くため息をついた。
これほどの力を持つ者同士の戦い——リシャールの禁じ手の魔法、そしてクローヴィスとサタナエル。
それらの力に対抗するには、彼女の未熟な魔術では到底及ばないことは明白だった。
最初はアテナエルに頼り、その力を借りて逆転を図るつもりだった。
しかし、彼女がその光を感じるたび、ただの力の使い手としてではなく、内面からしっかりと支配されているように感じる自分に気づかざるを得なかった。
目を閉じると、光の玉は優しく、そして少し哀しげに彼女を見つめていた。
まるで言葉を発していないのに、その心が伝わってくるような錯覚を覚える。
アテナエルの気持ちもまた、王妃を助けたい、彼女の悲願を達成したいと願っている。
しかし、その力は彼女が持ちこたえるにはあまりにも強力すぎて、王妃は次第にそれに飲み込まれそうになっていた。
その時、王妃はふと、アテナエルの提案に思い至った。
それは、勝者になることではなく、ただ単に終わらせること。終わらせることで、全てを封じ込め、すべての邪悪を遮断する——
「壺に封印すれば、あの男は二度と邪悪な影を落とすことはない……」
彼女はその言葉を心の中で繰り返した。それはまさに、自らが辿るべき運命、そして最後の選択肢であることを理解していた。
そして、かつての復讐心を超え、この狂乱の戦いに終止符を打つために必要な手段であるとも思えた。
「リシャール……」王妃は冷静に呟く。
彼女にとって、彼はもはや過去の存在、もしくは邪魔者でしかない。
彼の力を封じ込め、彼の存在をこの世界から消すことが、唯一の解決策だと、彼女は確信した。
アテナエルの光が再び彼女を包み込む。
王妃はその力を感じ取りながら、封印のための術を組み立てる準備を始めた。
魔法陣の形を心の中で描き、その中に必要なエネルギーを集める。今度こそ、全てを終わらせる。
「私の勝利を、そして平和を取り戻すために……」
エリザベスは冷徹な決意を胸に、最後の術の準備を始めた。




