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青の街 緑の夢 3

数ヶ月後 オークウッド侯爵の所有地


エリザベスは、夫であり国王のフリードリヒと共に山の狩りに誘われて、この地に来ていた。

国王夫妻が、山の狩りに参加したのは初秋のころで、木々は徐々に赤や黄に色づき始め、澄み渡る空気の中で、かすかな冷気が二人を包んでいた。

狩りへの招待を受けた時、エリザベスは一瞬迷ったが、結局断る理由も見当たらず、「夫妻でどうぞ」との誘いに従ってフリードリヒと共に貴族の山の領地へと足を運んだ。


狩りに興味があるわけではない二人にとって、この場はただの社交の場に過ぎない。

狩りの会話の合間、時折エリザベスの目に映るフリードリヒは、変わらず寡黙で落ち着いた雰囲気を纏い、周囲の貴族たちと無難に話を合わせている。

彼もまた、ここに楽しみを見出しているわけではなかった。そもそも、王妃としての立場を持つエリザベスと彼の間には、いつしか微妙な距離が生まれていた。


10年前、リシャールが試練に落ち、エリザベスが不承不承ながらもフリードリヒと婚約したあの日から、エリザベスは自分の人生を、夫ではなく国に捧げる覚悟を決めていた。

ラニエール公爵の子息の一人、フリードリヒ・レナード・アルヴォール。

彼の髪は暗い茶色で、少し癖のあるウェーブがかかっており、無造作に見えるが、どこか整った印象も与えていた。彼の目は薄い青色で、内に秘めた思慮深さを表しており、見る者に落ち着きと安心感を与えた。

中背でしなやかな体型をしており、動作は控えめかつ丁寧で若干内向的な印象は、フリードリヒに対する嫌悪感というものはなく、エリザベスに安心感を与えた。

試練に合格し、彼女の隣に立つ資格を得た彼は、当時の彼女にとって十分な夫であり、頼りになる存在でもあった。

しかし、いざ結婚生活を始めてみると、その安定した関係は次第に満たされないものへと変わっていった。


フリードリヒは誠実であり、子どもたちにも愛情深く接していた。

彼らの三人の子どもは、まさに国の未来を担う存在として、両親の愛情を受けて育っている。

しかし、夫婦としての絆や情熱がそこにあるわけではなく、あくまでも「王家の使命」として日々をともに過ごしているだけの関係だった。

お互いに強い感情をぶつけ合うこともなければ、心から支え合う瞬間もない。それは、愛情と呼ぶには薄すぎ、義務感と呼ぶには堅苦しさのない、不思議な距離感だった。


狩りの合間、エリザベスはふとフリードリヒに声をかけた。

「ここでの狩りは初めてね。あなたはどう?楽しんでいる?」

フリードリヒは一瞬微笑を浮かべ、冷静な口調で返した。「まあ、悪くはない。君とこうして出かけることも……大事なことだろうからね」

「そうね」とエリザベスもまた微笑を返し、かすかに視線を落とした。

二人の間に漂うのは、互いを責めることもなく、ただ静かに過ごす長年の習慣だった。

仮面夫婦と呼ばれるほど冷たいものではないが、愛情深いおしどり夫婦と称されるほどの熱もない。

公務として大衆の前に立つ分には、十分な仲睦ましさを醸し出していた。


招待された貴族たちにとって、この夫婦は国の象徴でもあり、敬意を払うべき存在であった。

そのため、どこか浮世離れした存在であるエリザベスとフリードリヒが、実際どのような結婚生活を送っているのかは誰も尋ねようとしなかったし、二人もまた敢えて公表していない。


その日、静かに進んでいた狩りの場が一転、予期せぬ騒然としたものに変わったのは、獲物が突然、遠くの狩場から国王夫妻の近くへと走り込んできた瞬間だった。

エリザベスが馬上から気配を感じたその刹那、彼女の乗っていた馬が驚き、暴走を始めた。

馬は制御がきかず、エリザベスを乗せたまま坂道を滑り降りるように、そしてついには急な崖の方へと向かって突進していった。

フリードリヒや周囲の狩りの同行者が気づいた時には既に遅く、エリザベスの姿は遠く崖下へと消えていった。


皆が慌てて崖に駆け寄るも、険しい山道と深い森が視界を遮り、すぐに彼女を見つけるのは困難を極めた。

山の持ち主である貴族や使用人たちが総出で探し回るものの、周囲の天気が急変し、冷たい雨が激しく降り始めたため捜索は中断を余儀なくされた。

大雨の中での捜索は危険であり、視界もきかないため、一同は心配しつつも、翌朝再び探すことを決断する。


一方、エリザベスは奇跡的に崖下で無傷のまま地面にたどり着いていた。

荒い呼吸を整えながら、雨に打たれぬうちにと急いで立ち上がり、馬を引きながら辺りを見渡すも、見慣れない地形に完全に迷ってしまっていた。

視界が暗くなり始め、気温も急激に下がってきたため、エリザベスは意を決して馬と共に帰り道を探して森を進み始めた。

ほどなくして、空はどんよりとした雲に覆われ、冷たい雨が本降りとなって降り始めた。

服がじわじわと濡れて体が冷えていくのを感じながら、エリザベスは足を進める。

しかし、足元がぬかるみ、さらに視界が悪くなる一方で、歩みを進めるのも困難になってきた。

やがて木々の間にぽつんと見える小屋の影を発見し、彼女は安堵の息を漏らした。


小屋はどうやら山の管理人のものであるらしく、古びてはいるが屋根があり、雨風をしのぐには十分だった。

エリザベスは馬を外に繋ぎ、静かに扉を押し開けて中に入ると、無人であることを確認して、濡れた服を絞りながら小屋の中に腰を落ち着けた。

小屋の中には乾いた毛布と少しの食料が置いてあり、彼女は冷えた体を毛布で包みながら、嵐が過ぎるのを待つことにした。


雨の音が激しく小屋の屋根を打ちつけ、心に静かな不安が広がる中、エリザベスは疲れ切った体を預け、冷たい床に身を寄せた。



――――――――――



同敷地内の崖下


林の影に潜み、鋭い眼差しで辺りを見回していたクローヴィス。

大臣が「ボンクラ男」と呼ぶ獲物の暗殺を依頼されていて、その獲物が山に来るという情報だったので、その観察にきていた。他に誰がきていたかは興味もないし確認もしていない。


彼は、降り出した大雨に顔をしかめながら、舌打ちをした。

「ちっ、こんな雨の中で観察なんざやってられねぇ……」と、内心毒づきつつ、彼は周囲に雨宿りができる場所がないかと視線を巡らせた。

運よく、少し離れた場所に木々に囲まれた古びた小屋を見つけると、彼は素早くそちらに駆け寄り、「ありがてぇ……」とつぶやきながら中へ飛び込んだ。


扉を開けた瞬間、予期せぬ人物がそこにいたことにクローヴィスは驚き、動きを止めた。

小屋の中で冷たい空気を一身に浴びるようにじっと座っているのは、一人の上品な女性。

薄暗い中で、粗末な毛布をかぶっているものの、彼女の金色の髪がほのかな光でも反射し、表情は疲れてはいるものの崩れ落ちることなく、どこか毅然とした雰囲気を漂わせており、地域の住人でないことは一目でわかる。


エリザベスも、突然現れた訪問者に驚きながらも、すぐに冷静さを取り戻し、その人物を観察するように見つめた。

30代後半だろうか。

暗い色の長髪のくせ毛で、片耳に小さい輪っかのピアスを幾つかして、ラフなシャツの隙間から翼のロケットを首から下げているのが見える。

大男ではないが、色黒でガッチリ筋肉質で引き締まった体型。明らかに貴族ではなく、かといって戦士や傭兵でもなさそうだ。

目の前にいる男は少々薄汚れた風貌ながら、鋭い目つきと無駄のない動きから、貴族の使用人である山の管理者や、ただの通りすがりではないと察することができた。

彼の鋭い眼光と疲れを知らぬような身体の緊張感は、彼が何らかの危険な世界に身を置いていることを示していた。


「……邪魔か?」

クローヴィスは視線を外し、気まずさを隠すように軽く肩をすくめた。

だが、エリザベスは眉一つ動かさず、静かに彼を見据え、毅然とした声で答えた。

「いえ、こんな天候ですから。お好きなように。」

それを聞いて、クローヴィスは警戒しながらも小屋の隅に腰を下ろし、しばらく沈黙が続いた。

雨が屋根を打つ音だけが響き渡り、互いに自己紹介もしないまま、二人は静かにその場に座り込んでいた。


クローヴィスは、一見無関心な態度を装いつつも、内心でこの女性の正体に少し興味を抱き始めた。

「こんな山の崖下に、こんな上品な女が一人でいるとはな……」

彼は疑わしく思いつつ、口に出すことはなく、ただじっと彼女を観察していた。

一方のエリザベスも、この妙な男の正体を推測しようとしていた。

この男の側には何か不吉なものが漂い、目の奥にはかすかに野生の鋭さが感じられた。


今夜だけの奇妙な共存が、二人の間に新たな展開をもたらすことになるとは、まだ誰も予想していなかった。

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