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青の街 緑の夢 2

数日後 アルバス城 庭園


ある穏やかな午後、エリザベスは王宮の庭で静かなひとときを楽しんでいた。

陽光が優しく木々の葉を照らし、彼女はその心地よい光の中で、淡い風に揺れる花々を眺めていた。

そんな折、彼女の侍女の一人が急ぎ足で駆け寄り、頭を下げた。

「姫様……リシャール様の件でございますが……」

エリザベスは侍女の緊迫した表情に少し眉をひそめた。「どうかしたの?」

内密の話なのか、侍女が姫に近づき、そっと耳打ちをした。

「リシャール様は、試練に……落ちたとの報告が入りました」


その言葉に、エリザベスは一瞬息を呑み、目を見開いた。

試練に落ちた、という予想外の知らせは、彼女にとって衝撃的だった。

しかし、すぐにその気持ちを隠し、冷静さを取り戻した。

「そう……ですか」と、低い声で返事をしたが、その表情にはわずかな驚きが浮かんでいた。

彼女はあの舞踏会の夜にリシャールが語った自信に満ちた言葉を思い出し、胸の奥で複雑な感情が渦巻くのを感じた。

(彼が試練に落ちるなんて……いったい何があったのかしら)と心の中で思いつつも、その内々の情報を知ったことを表には出さず、ただ頷くにとどめた。



――――――――――



一方、リシャールの屋敷では、試練の報告が届き、王家の使者の一人が重々しい足取りで彼のもとへと向かっていた。

リシャールは、試練の結果が確定するのを待ちわびていたところだった。

使者が応接室に入室し、うつむきながら告げた。

「リシャール様……試練の結果でございますが……」

リシャールは表情を輝かせ、何かを期待するように家臣を見つめた。

「どうだったのだ。わたしの力と身分なら、当然……」

しかし、使者は深く頭を垂れて続けた。「……申し訳ございません。試練は……通過されませんでした」

その瞬間、リシャールの顔から血の気が引き、目を見開き、同席していた彼の両親もただ茫然とその結果を聞いている。

「何だと? それは何かの間違いだろう。私が……このリシャール・ヴァレリアン・レオンハルトが、落ちるはずがない!もう一度、もう一度試させてくれ!」

彼は激昂し、近くのテーブルを叩きつけんばかりに強く睨んだ。

使者は冷静に頭を下げたまま、再試験を申し出ようとする彼に静かに答えた。

「申し訳ございません、リシャール様。試練は一生に一度と定められており、再試験は一切認められない決まりでございます」


その言葉を聞いたリシャールは、愕然として声を失った。

「一生に一度……?そんな、ありえない……。私はこのために……」彼は次第に拳を握りしめ、唇を噛んだ。

自信に満ちていた自分が、敗北と拒絶に直面し、再挑戦すらできないという厳然たる事実が突きつけられたのだ。

心の奥底で、彼の執着と自尊心は冷たい怒りに変わり始めていた。

リシャールは自らの運命を受け入れなければならなかった。


試練の間のレポートによると、彼の倫理観の欠如が明らかになった。

姫の婚約者候補としての地位を失うと知り、落胆の念が彼の心を覆い、失った機会への怒りと恥が交錯した。



――――――――――



その後


リシャールは、失った名誉を取り戻すための策を練る。

彼は、黒魔術の知識を利用して、自身の名声を取り戻す計画を立てた。しかし、計画は思うように進まず、むしろ彼自身の命を危険にさらす結果となる。

禁断の儀式を行うための準備が整う頃、王国のスパイにその動きが察知され、王家への挑戦として見なされた。


彼の父親、かつては王家と緊密な関係を持っていた侯爵も、その事実を知り、衝撃に包まれた。

リシャールの禁断の技が発覚すると、王家を守るために爵位が剥奪され、家族の所領は取り潰しの危機に瀕した。

「お前は、我が家を破滅に導く存在だ!」と父の絶望的な声が響き、彼は勘当される。

リシャールの心には、深い失望が広がった。愛していた父からの断絶、家族の名誉が失われる苦痛が彼の心を締め付け、冷酷な憎悪の念が生まれた。

しばらく後、彼は行方不明となり、その身を隠しながら、暗い影の中で王家への復讐を誓った。



――――――――――



リシャールの行方不明から十数年後 アルバス城 地下牢


城の地下深く、湿気と冷気が漂う牢獄の中、一人の男が無造作に足を投げ出して座っていた。

彼の名前は広く知られ、辺境の村から王都の大通りまで、どこに行ってもその名が囁かれていた——高額の懸賞金をかけられた盗賊、そして腕利きの暗殺者、クローヴィス。

だが今、彼は重い鉄格子の向こうで退屈そうにしている。


「まったく、あの時、どうしてこうなったかねえ」と、彼はため息まじりに呟いた。

薄暗い牢の中、唯一の光源である壁の隙間から差し込むかすかな月明かりに、彼の整った顔立ちが浮かび上がった。口元には苦笑が浮かび、少しばかり自嘲の色が滲んでいる。


彼は、ほんの数日前のことを思い返していた。

あの夜、城の倉庫に忍び込んだ時のことだ。護衛は素早く片付け、宝物庫へと辿り着いた。

だが、そこで待っていたのは金銀の山ではなく、張り巡らされた魔法の罠だった。

罠の存在は予感していたものの、彼の予想をはるかに上回る複雑な結界が仕掛けられており、最初のひとつを解こうとした瞬間、体が動かなくなってしまった。

彼は、あの時の自分の油断を嘲笑するかのように鼻で笑った。


「俺も歳をとったもんだな、あんな単純な罠にかかるなんてな」

首にかけられている、翼の形のロケットを手で弄びながら、彼はつぶやいた。

だが、腕を引っ張る鎖の重さが彼を現実に引き戻す。

逃げるために切り抜けなければならない壁と鉄の厚さを考えると、ため息をつかずにはいられなかった。


それでも、彼の目には失望の色はなかった。

むしろ、その黒い瞳には退屈を紛らわせるような挑戦的な光が宿っている。

「さて、ここから出るにはどうしたものか……」と彼は独り言を漏らし、再び壁の隙間から覗く月の光を眺める。

まるで、牢の中ですら自らの運命を嘲笑するように——クローヴィスは、薄暗い牢獄でじっと時が過ぎるのを待ち続けていた。


その時。

牢獄の静寂を突き破るように、薄暗い隙間から異様な気配が漂い始めた。クローヴィスが顔を上げると、月明かりに混じるかのように、黒い光のような何かが微かに揺らめきながら現れた。

それは闇そのもののようでありながら、どこか意志を持つ存在感があった。


「お前……何者だ?」クローヴィスは、黒い光に向かって小声で問いかけた。

だがその問いが終わる前に、黒い光が静かに語りかけてきた。

「俺は、ある目的を持つ存在だ。お前、ここで何をしている?」黒い光の声は、深く、冷たい響きを持ちながらも、妙に人間味があった。

「見ての通りだよ。捕まって退屈してるんだ」と、クローヴィスは軽く笑って答えた。

「それに、自由が恋しいってところかな。俺に何かできるのか?」


黒い光はしばらく沈黙した後、「お前の望みを叶えることはできる。だが、その代わり——お前の肉体を寄越せ」と言い放った。その言葉に、クローヴィスの顔から笑みが消え、鋭い視線で黒い光を見つめた。

「肉体だって?つまり、お前が俺を操るってことか?」

「そうだ。だが、お前の意思はそのままだ。お前にとって、それほど悪い話でもないだろう?」


クローヴィスは一瞬考えた。

彼の人生は、常に危険と隣り合わせだった。

そしてこの牢獄で、ただ退屈に過ごすことなど、彼の性には合わない。

彼はゆっくりと笑みを浮かべ、「上等だ。面白そうじゃないか」と、承諾の意思を示した。


その瞬間、黒い光がクローヴィスの体に吸い込まれるように入り込んだ。

鋭い痛みが体中を走り抜けたが、その痛みはすぐに消え去り、代わりに力がみなぎってくるのを感じた。

暗闇に包まれた牢獄の鉄格子が、まるで紙のように彼の力で曲がり、彼はそのまま牢を抜け出した。


脱獄の知らせが城中に広がる前に、クローヴィスはすでに城を後にし、森の中へ逃げ込んでいた。

だが、逃亡している途中で、木立の陰から突然一人の男が姿を現した。一人のフード付きマントを被った男が立ちはだかったのだ。


「随分と大胆に逃げ出したな」とその男は冷ややかに言った。

「その腕前、ただの盗賊にしておくには惜しい。俺の仲間になれ。さもなくば、今すぐ脱獄犯として通報してやる」

クローヴィスは眉をひそめ、「お前は誰だ?」と尋ねた。

その男は一瞬言葉に詰まった後、低い声で答えた。「俺は……『大臣』だ」

名を失ったリシャールは、こうして新たな道を切り開こうとしていた。

そして、クローヴィスはその奇妙な提案を考えながら、不敵な笑みを浮かべた。

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