青の街 緑の夢 1
アルバス城
夜空に煌めく星の下、壮麗な王宮は華やかな光で彩られている。
大広間へと続く石畳の道には、貴族たちが次々と馬車で到着。豪奢な飾りを施された馬車や、美しく装飾された馬具が暗闇に輝き、次々と集まる人々のざわめきと足音が、徐々に会場の高揚感を高めていた。
宮殿の門の前では、近衛兵が整然と並び、来賓を丁寧に迎えている。
一人ひとりの到着が発表され、今宵の舞踏会に相応しい服装に身を包んだ貴族たちが姿を現すたび、門の周りには小さな感嘆の声が響く。
宮殿の入口は花とリボンで美しく装飾されており、ゲストたちは輝くシャンデリアの光に導かれるようにして広間へと進む。
長い大理石の階段の手すりには、王家の色を象徴する旗や紋章が掛けられていた。
途中にある中庭では、貴族の若者たちが軽く挨拶を交わしたり、噴水の周りでさりげなく談笑していた。
広間に足を踏み入れると、豪華な赤い絨毯が敷き詰められ、壁には金色の彫刻や精巧なタペストリーが飾られている。
中央には大きなシャンデリアが輝き、その光がガラス製のワイングラスや鏡に反射して、無数のきらめきを生み出してる。
舞踏会場の端には、この国の未来を担う青年貴族たちがそれぞれグループを作り、談笑しながら室内の様子を伺っている。
一部の有力な後継者達は、王族や要職に就く貴族と親しく言葉を交わし、存在感をアピールしようとしているが、中には物静かに様子を見守る者もいる。
しばらくすると、宮殿内の一角で静かに奏でられていた音楽が変わり、王室参加者の紹介を告げるファンファーレが鳴り響いた。
人々の視線が広間の大階段に集中し、国王の長女がゆっくりとその姿を現す。
柔らかな金髪が背中まで流れ、薄いカールが自然にかかっており、大きな瞳は深い緑色で、見る者を魅了する輝きを放っていた。
彼女の肌は陶器のように白く、健康的な美しさを感じさせ、絢爛たるドレスに身を包んだエリザベス姫の登場に、場内は一瞬の静寂とともに息を呑むような感嘆の声が上がる。
彼女の同年代の若者たちは一斉に彼女に注目し、それぞれの思惑を胸に微笑みを浮かべたり、一歩進み出ようとする者もいた。
一方で、貴族の令嬢たちはその美しい姿に憧れの眼差しを向けつつ、周囲の反応を気にしていた。
姫が会場に入ると、楽団が優雅なワルツを奏で始めた。
貴族たちが次々と彼女に挨拶をする中、婚約者候補となりたい者も順番を待ちながら、機会をうかがっている。
その一方で、貴族たちの間には早くも噂話が飛び交い、舞踏会が持つ華やかさと緊張感が入り混じる独特の空気感が漂い始めていた。
その若者の集団から離れて立つ青年貴族が一人。彼の髪は深い栗色で、艶やかに整えられており、瞳は冷たい青色をしているため、どこか神秘的。
深紅や黒を多用した金の刺繍が施されたジャケットは、彼の高貴な血筋を強調し、肩から流れるようなマントは、彼の動きに合わせて軽やかに揺れ、特に背中には家紋が刺繍され、彼の家の威厳を表していた。
その貴族——リシャールは、エリザベスに向かって優雅に一礼し、手を差し出して申し込んだ。
「踊っていただけますか、エリザベス姫」。
彼の礼儀正しい表情に、エリザベスは心の中でわずかな違和感を覚えつつも、静かに手を取った。
二人が舞踏会場の中心へと向かうと、周囲の人々がさりげなく視線を向け、彼らが舞台に立つ瞬間を見守っていた。
音楽が静かに流れ始め、リシャールとエリザベスはステップを合わせて踊り出す。
エリザベスはリシャールの手の温もりと少し硬い指先を感じながら、穏やかに笑みを浮かべていた。
「エリザベス姫」リシャールが低い声でささやいた。
「ついに、「試練」を受けるよう言い渡されました。私の身分も、そして能力も申し分ないと、お認めいただいたのです」。彼の口調には、抑えきれない自信と歓びが滲み出ていた。
エリザベスは軽く頷き、彼を見つめる。
「ええ、そのお話は私も聞いております。リシャール様は確かに試練を受けるにふさわしい存在だと、国中で評判ですものね」。
言葉は慎重だったが、その瞳には控えめな好意と敬意が感じられた。
「姫、もう婚約は時間の問題でしょう。私はエリザベス姫にふさわしい立場を証明するために全力を尽くします」と、リシャールは少し高揚した声で言った。
その顔に誇りが表れ、背丈がそれほど高くないことも気にせずに胸を張っていた。
エリザベスは一瞬、答えに窮し、瞳を伏せた。
彼女は特に好きな人がいるわけでもなく、これまで国のしきたりに従う覚悟でいた。
しかし、リシャールから伝わる執着にも似た思いには、少しばかりの不安が胸をよぎる。
「ありがとうございます、リシャール様」エリザベスは努めて穏やかに微笑み、応えた。
「私も、国のためにふさわしい相手と結ばれることが最良の道だと思っています」。
その答えは彼に安心を与えたかのようで、リシャールは満足げに頷いた。
二人が踊る様子を遠くから見守る者たちは、次期王妃候補のエリザベスと彼女に熱意を燃やすリシャールの姿に何かしらの運命を感じ取っていた。
踊りが進む中で、リシャールはエリザベスの手をしっかりと握りしめ、彼女に対する自信と期待を感じさせる一方で、どこか焦燥感のようなものも垣間見えた。
――――――――――
数日後 後宮内二の間 エリザベスの私室
青年男子禁制のこの建物の最高位に位置する一の間は、正妃であるエリザベスの母親が使用していたが、その次に格式のあるこの二の間は、王位継承権の第一位である彼女が使用していた。
夜空の星が王城を静かに見守る中、エリザベス姫は自室の窓辺に立ち、物思いにふけっていた。
先日の舞踏会でのリシャールの、試練を受けて彼女の婚約者になるという言葉。
彼女は王家の中で最も年長の姫君であり、つい最近、王位継承のための「試練」を無事に通過したばかりだった。
そのため、次期王妃の候補としてその名が挙がるのは当然のことだったが、その重みが彼女の心にのしかかっていた。
エリザベスがもし王妃となれば、王家を支える夫が必要となる。候補に名を連ねた中で最有力なのは、地位も能力も申し分なく、若くして大臣職に就いているアルヴェロン侯爵の長男、リシャール・ヴァレリアン・レオンハルトだった。
しかし、彼女の心は複雑な感情に揺れていた。リシャールは確かに地位も名声もあり、試練を受けるに値する能力の持ち主だったが、姫が彼に対して感じるものは……どうしても「惹かれない」ものだった。
エリザベスは、リシャールを初めて見たとき、その洗練された容姿と高貴な立ち振る舞いに感心した。
しかし、時間が経つにつれて、彼の存在に対する印象は徐々に変わっていった。
彼の年齢は彼女よりも年上であり、初めはその成熟した風貌に惹かれる部分もあったが、次第に彼の言動が彼女の心に引っかかるようになった。
リシャールは、優雅な服装や立ち居振る舞いとは裏腹に、彼女が好むような軽やかさや柔らかさに欠けていた。
彼の口調はどこか堅苦しく、時折、他の者たちが会話を楽しんでいる中で、自分の好みや意見を強く主張する姿が見られた。
さらに、リシャールが特に好んで語る魔術や技術に対する興味の方向性は、エリザベスにとって異質なものであり、彼女の価値観や倫理観とは相容れないものであった。
彼が自らの趣味について情熱的に語る様子を見ていると、彼女は次第にその熱意が少し過剰で、周囲の空気とは調和していないと感じるようになった。
彼女にとって、彼の興味や情熱は不気味であり、魅力的な外見と裏腹に、彼の心の奥には何か暗い影が潜んでいるように思えた。
そのため、エリザベスは彼に近づくことをためらい、むしろ彼との会話が苦痛になっていった。
彼女はリシャールに対する興味を失い、彼との距離を保つことが自分を守るために必要だと考えるようになった。




