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青の街 16

再び彬が魔剣に刺されたショックで、意識を失う真唯佳


鈴乃は彬から魔剣を抜き、次に真唯佳に狙いを定め、大きく振りかざしたところ——

室内が再び結界に包まれる。

それに気づかない鈴乃は、素早くクレイヴを真唯佳目掛けて下ろすも床につきささり、光の波紋を広げる。

鈴乃を止めようと飛びかかる体勢だったセバスチャンも、真唯佳の行方を見失う。

いつの間にか、彼女は鈴乃の後ろ、彬の前に立っていたが、同じ真唯佳のはずなのに、明らかに顔つきが違う。

真唯佳はその場にスッとしゃがみ込み、先ほど刺されたばかりの彬の傷跡に触れて治療を施したところ、彬の意識が戻り、「アテナエル……」と呟く。


——これが、自分が本来仕えるべき主君の真の姿……

セバスチャンは生唾を飲み込んで、初めて目にする、この圧倒的な存在感の女主人を見つめる。

「遅くなってすまない。なかなか真唯佳が入れ替わろうとしなくてな。——自分で手が出せぬなら、さっさと代わればいいものを」

そう呟きながら、彬の手足付近でバツっと音が二回ほどする。

「セバスチャン、これを外すのを手伝ってやれ。一人では無理だ」

そう言いながら、アテナエルはゆっくりと鈴乃の方に近づく。

すぐに彬の方に近づいたセバスチャンは、彬がワイヤーから手足を抜く際に切断面で傷付かないようにサポートをする。

「もし可能なら、この家のどこかにある僕の上着を探してくれないか。君から借りた大事なものが入っているはずだ。——アレはよく効いたようだ。ありがとう」そう彬は小声でセバスチャンに指示を出す。


今朝、蒼が彬たちを図書館まで送り届ける時に、彬はセバスチャンから彼のタロットカードを借りていた。

トーラーとクレイヴ、ともにアテナエルが関係しているものだとしたら、その二つはお互いに惹かれ合うのではないかと彬は思った。

それは考えすぎとしても、カードは魔力を帯びている可能性が高く、クレイヴの持ち主がなんらかの反応を示すと読んだのだ。

実際、鈴乃はカードが入った胸ポケットを気にしていたようだし、ジャケットを取り上げられたので読みは外れていなかったようだ。


真唯佳の雰囲気が急に変わり、一気に形勢逆転したことにたじろぐ鈴乃は、「何よ一体」と後退りしながらそう言葉を投げかける。

「——それを返してもらおうか。本来はワラワの物。そなたのような小娘では、扱うのは到底無理な代物」

アテナエルが軽く指を動かすと、親友の足元から光の鎖が出現し、彼女の動きを封じた。

「やめて!やめてよ!」

そう叫ぶ鈴乃に構うことなく、アテナエルは彼女の地面に向けて右手をかざすと光の魔法陣が鈴乃の足元に出現し、彼女を包み込む。

「あ、熱い……っ!?」

魔剣が鈴乃の手から滑り落ち、床に突き刺さる。

同時に、彼女は意識を失い、その場に倒れ込んだ。

アテナエルは魔剣を手に取り、冷たく笑みを浮かべる。「ようやく戻ってきたか、我が力よ。」

しかし、倒れた親友を見下ろすその瞳には、一瞬だけ悲しみが浮かんだかのようにも見えた。


彬が弱々しい声でアテナエルに問いかける。

「彼女——鈴乃は、無事なのか……?」

「ふん、命に別状はない。——だが二度と剣には触れさせぬ方がいいだろうな。」と答えるアテナエルの声は冷たかった。

しかし手のひらを彼女の額にかざし、癒しの魔法をかける仕草に、わずかばかりの優しさが感じられた。

「一つお願いがある」

彬は、大事そうに短剣を確かめるアテナエルに話しかけた。



――――――――――



鈴乃と真唯佳が話していた頃——


彬が結界を張ろうと自分の周りに意識を巡らせていた時、ふと、隣の部屋から微かな音が聞こえた。

かすかだが、確かに人の気配がする。

壁を支えにしながら、何とか隣の部屋の扉までたどり着く。

扉を引いて覗き込むと、薄暗い室内で床に横たわる人影が目に入った。

それは、全身を包帯で巻かれた男だった。

まるで瀕死のミイラのような姿だが、その鋭い視線がしっかりと彬を捉える。

「……ヨォ、久しぶりだな。」

その低い声を聞いて、彬はハッとする。絢祐(けんすけ)だ。


彼は鈴乃同様、中学時代の友人だった。ここで再会することになるとは思いもしなかった。

「お互いこんな姿で再会するとは……、情けないもんだ。」

小声でそう話しかける絢祐の声には、苦しさの中にもどこか自嘲の響きがあった。

「……彼女に何があった?」という彬の問いに、絢祐は目を閉じて苦しそうに息を整えた後、静かに答えた。

「彼女か……いや、あの剣だ。最初はただの脅しだったんだ。俺が怒らせちまったのが悪いんだけどな……」

彼は苦しそうに息をつきながら話し続けた。


鈴乃も絢祐も、中学時代はお互いにただの知人として接していた。

それぞれ色んな人と付き合って、成人してから再会し、二人は付き合うことになった。

ある日絢祐と口論になり、鈴乃は父親の趣味の刀剣コレクションとして飾ってあったクレイヴを脅しのつもりで手に取ったところ、だんだん血水晶の虜になる。


「魔剣——あれが彼女を変えたんだ。最初は俺の腕に軽く傷をつけただけだった。でも、それがだんだんエスカレートして、俺の血を、剣に飲ませるようになった。」

彼は辛そうに目を伏せ、かすかな声で続ける。

「俺が止めるべきだったんだ。でも、どうにもならなかった。俺が動けなくなった頃には、もう剣に支配されてた。俺の血じゃ足りなくて、次は外で——」

言葉が途切れる。苦痛と悔しさが混じった表情の中に、彼女への複雑な感情が浮かび上がっていた。

彬はその言葉を聞きながら拳を握りしめた。魔剣が、鈴乃の心を蝕んでしまったのだ。

それがどれだけ残酷な影響を与えたのか、絢祐の身体と表情が何よりも雄弁に物語っていた。

「俺なんかが言える立場じゃねぇけど……あの剣は、お前らがどうにかしなきゃならねぇもんだろ?」

友人の目が再び彬を見据える。その視線には、深い信頼と託された思いが宿っていた。

「ああ、今、真唯佳たちが隣にいる。鈴乃を止めてみせる」

彬は深く息をつき、友人の言葉の重さを感じながら答えた。



――――――――――



彬は、隣の部屋を指さしてアテナエルに話しかける。

「——可能なら、あの部屋に倒れている彼も治してやってくれないか。鈴乃が魔剣の虜になるきっかけになった最初の犠牲者だ」

アテナエルが絢祐を見つけ、冷ややかな目で包帯に巻かれた彼を見下ろす様子は、部屋全体を一層ひんやりとした雰囲気に染めていた。

床に横たわる彼は意識が朦朧としながらも、わずかにその目を開けてアテナエルの姿を見上げていた。


「ふむ、瀕死ではあるが……助ける価値はあるのか?」

その言葉は、まるで冷たい刃が心に突き刺さるようだった。

彬はすぐに彼女の隣に進み出て、彼女の目を見据えた。

「価値があるかどうかで決めないでほしい」

その返答に、アテナエルはわずかに口元を歪め、魔剣を持ち上げた。

「そなたと違い、瀕死の人間は通常の治癒ができない」


彼女は淡々とした口調でそう言うと、魔剣の鋭い刃を自らの手のひらに押し当て、ゆっくりと切り裂いた。深紅の血が彼女の手から滴り落ち、絢祐の口元へと垂れる。

その光景を見守る彬は、一瞬息を飲んだ。

友人の唇に血が触れると、彼の体が微かに震え、包帯越しにその指先が動いた。

「ワラワの血で命を繋ぐことはできる。ただし、癒されるだけではない。これが何をもたらすかは彼自身の器次第だ。」

アテナエルの言葉は暗示的であり、彬はその意味をすぐには理解できなかったが、友人の命が救われつつあるのを見て安堵の表情を浮かべた。

「ありがとう……。」

アテナエルは彬に目を向けると、何かを言いかけてから視線を外し、剣を軽く振って自らの血を拭った。


「魔剣の真の持ち主は、この血水晶に操られることはない。並の者では、ただの餌だ——この男も、その小娘もな。」

赤い輝きが彼の体を包み込み、包帯越しに傷が癒えていくのがわかる。やがて彼は深い息を吐き、目を大きく見開いた。

「……今度痴話喧嘩をするときは、周りに刃物がないところでやるんだな。」

皮肉を込めた一言を呟くアテナエル。その言葉の裏には、ほんの僅かな憐れみが隠されているようにも感じられた。

絢祐は真唯佳を見て「あんた……誰だ?」と呟く。

「ワラワか?真唯佳の裏の顔とでも言っておこう。少なくとも、この場で剣を振るえるのはワラワだけだ。」


絢祐は言葉を失いながらも、まだ痺れる身体をゆっくりと動かし始めた。

アテナエルは魔剣をじっと見つめながら、冷たく笑みを浮かべる。

「この剣を持つというのは、そういうことだ。扱えぬ者には災厄を、扱える者には力を。だが、それに飲み込まれる者は、ただの道具にすぎぬ。」


その言葉に、包帯の中から絢祐が苦笑を漏らした。

「……こんな目に遭っちまったけどさ、まあ、お前らの元気そうな姿が見れたのは良かったよ。」

彼は少し間を置いて話し始めた。

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