青の街 15
鈴乃のマンションにて意識を取り戻したものの、手足が縛られている彬
「キスをする前に短剣で刺してきたくせに。それから涼子とも付き合ってはいない」
本人が意識を取り戻しているのを知ってか知らずか、隣のリビングにいる鈴乃が真唯佳に、彬について誤解を生む表現で色々吹き込んでいるので、彼は思わず呟く。
彬たちが私立中学に通っていた頃、系列の大学図書館で出会った涼子とは、何度か呼び出されるがままに会ったことはあるが、お互い付き合っている認識はなかったし、その話は結婚後に妻にしている。
あまり変な事を吹き込まれて真唯佳が誤解すると、いくらやましいことがなくても、釈明が大変だから勘弁してほしい。
昼間に街の図書館で過ごしているうちに、クレイヴの持ち主と接触できたらラッキーだと思ったが、まさかそれが鈴乃だとは、初めは我が目を疑った。
ただ、喫煙室の出入り口で不自然に接触してきた人物以外、他に候補者がいなかったので、半信半疑で、ともかく食事に誘った。
食事中は、真唯佳の話題にならないように細心の注意を払っていたし、異世界出身のセバスチャンも他人のフリをした。
ニーベルや特殊能力に話が及ぶと、魔剣の話に話題が飛ばないとも限らない。
クレイヴが目的で異世界から戻ってきた、などと言わない方が得策に決まっている。
人間界に来て目にしたニュース、人気のないところで男性が次々と刃物で重傷を負わされている件は、おそらくあの魔剣が絡んでいる。
図書館で、過去の新聞記事等を読んで、彬はそう確信した。
そして、これまでの手口を分析した結果、最終的にクレイヴで襲ってもらうためには、人気のないところに行く必要があった。
鈴乃の家が都会のど真ん中だったため、この部屋に上がり込むのが一番手っ取り早かった。
そういった事情から、酒の勢いも借りて、今更ながら旧友を口説く羽目になり、最低限のボディタッチはしたが。
あの演技が好評だったのは良いが、こっちはいつどこで魔剣の囮になるかを計算しながら喋っていたので、残念ながら会話を楽しむ余裕なんてなかった。
そう回想しているうちに、ガタガタガタっとリビングで騒がしい物音が聞こえ始め、鈴乃が真唯佳を襲おうとしているらしい。
始まったか……と、彬は後ろ手に壁を触りつつ、上下左右の住人を巻き込まないように、1206号室の範囲で結界を張った。
真唯佳は、彬が結界を張ると発する波動を感じることができるらしく、こうすることで、自分が近くにいる事を示し、安心させる狙いもある。
術に際して、どこまでがこの家の範囲か想像を働かせながら壁伝いにエネルギーを流すのだが、ふと、この部屋の間取りについて彼は思考を巡らす。
改めて、自分がいる部屋の角をしっかり見てみると、体の左側を預けている方は、壁ではなく仕切り戸である。そして隣は確実に別部屋が存在し、微かに人の気配がすることに気づく。
縛られた両足を器用に動かし、引き戸を少し動かして覗いたその光景に、彬は思わず息を呑んだ。
――――――――――
真唯佳は、「彬は不誠実な男で影で色々している」と鈴乃に言われ、声を震わせて、反論をする。
「彬は、私の知らないところで不誠実なことをするような人じゃない」
さっきの動揺で、恐らくただの知り合い以上の関係だって言うのはバレてしまったはず。もう隠すことなく彼女の想像を否定する。
鈴乃は小さな笑みを浮かべ、「どうかしら?彼自身が昔、自分は聖人君子じゃないって言っていたわよ」と、真唯佳の言葉をあざ笑うように囁いた。
「あなたの前ではいい子ちゃんを演じてるけど、実際はストレス発散のために、隠れて色々してるんじゃないかしら。可哀想ね。そうそう、彼が喫煙者だって知ってた?」
「っ……」と、真唯佳は驚愕のあまり息を飲む。
心に渦巻く動揺が表情に現れかけたその時、鈴乃はふと口元を歪ませて、不敵な微笑みを浮かべた。
彬だって時には悩み傷ついているのは、真唯佳だって知っている。
そして、自分といることで苦痛を感じていない保証はなかった。それを言われると反論できない。
真唯佳の顔に困惑と恐怖が走るのを見て、鈴乃は楽しげに続けた。
「あなたにはもったいないから、私が食べてあげたわ。そして次はあなたの番よ」
そう言って手元に手繰り寄せられたのは、黒い鞘に黄金の柄、柄頭に赤から透明のグラデーションがかかった水晶がついている、全長50センチほどの剣。
「知っている?この赤いのは彬君の血の色よ。この子は美味しそうに彼の血をすっかり飲んでしまったの。次はあなたの番よ!」
鈴乃の手に握られた魔剣が、月光を反射して不気味に輝き、辺りにただならぬ緊張感が漂い始める。
鈴乃は、真唯佳が彬の話で動揺をしたのを見計らいクレイヴで襲いかかり、壁に吹き飛ばされる真唯佳。
だが、ぶつかった衝撃と同時に感じたのは、微かな気配。
彬が、結界をたった今張った……?
彼は今もこの家のどこかにいて、意識は戻っている……!
「大人しくこの子の餌になりなさい!」
「鈴ちゃんやめて!」
魔剣の虜となっていた鈴乃は、通常の人間では出せないようなスピードで文字通り飛びかかり、力も強いのでかなりの衝撃で真唯佳は再び弾き飛ばされる。
彬の結界がなければ、簡単に壁が破壊されて床も抜けてしまうレベルだ。
だが本来なら真唯佳の力では、十分彼女を圧倒することができる。
しかし、彼女を傷つけてしまうのが明白なので、避けてばかりで真唯佳は一向に反撃する気配がない。
セバスチャンにも、手を出さずに部屋の隅にいるように指示を出している。
真唯佳はぎりぎりで攻撃を避け続けていた。しかし、その躊躇いが彼女の隙となった。
「甘いのよ、いつだってそう!」
そう叫びながら何度も鈴乃から攻撃を仕掛けられるも、避けるか受け止め、その衝撃を吸収しきれずに壁や床に体を打ち付ける真唯佳。
「しぶといわね……」
攻撃で致命傷を負わせられない上に、真唯佳が自分を傷つけるのを避けるので埒が明かないので焦り出す鈴乃。
突然、リビングの仕切り戸に手をかけ、鈴乃は隣の部屋に飛び込んだ。
そこにいたのは、両手両足を縛られた彬だった。
「彬!」
悲鳴に近い叫び声を出す真唯佳。
逃げれない彼を左手で抱き抱え、首元に刃物を突き付ける鈴乃。
「あなたが餌食にならないなら、もう一度彼を餌にしてもいいのよ。彬君、凄いのよ。今まで刺してきた誰よりも強く、生命力に溢れているの……。すごく気に入ったわ、もう一生ペットにしたいくらい」
そういいながら歪んだ笑顔を見せる。
「真唯佳、僕はいいから早く鈴乃を止めるんだ」
「ごめん、それはできない……お願い、もうやめて……」そういいながら泣き顔になる真唯佳。
彬は、自分は動けないので真唯佳の足手纏いになっているのはわかっている。
真唯佳にとって、鈴乃は人間界での大事な友達だ。そしてただでさえ彬との話を聞かされ、感情が不安定になって、とてもではないが冷静に戦闘をする精神状態ではない。
真唯佳が命令を解かない限りセバスチャンも動かない。状況が膠着してしまっている。これを打開するためには……
「鈴乃、隣の部屋には誰がいるんだ?」
彬は、恐らく鈴乃が嫌がるであろうセリフを口にした。
その瞬間、誰もが驚きの顔をする。もう一人、この家に誰かがいる??
案の定、触れてはいけない話題だったらしく、彬は鈴乃の逆鱗に触れる。
「お前、一体何をしたー!」
そういいながら激情に駆られた鈴乃が、躊躇いもなく彬の右腿にクレイブを突き刺す。
あまりの苦痛に彼は顔を顰めるが、ここで声をあげると余計に真唯佳を困らせるので、グッと飲み込む。
「やめてーっ」
そう叫んで真唯佳が気を失い、床に倒れ込む。
魔剣の柄頭についている水晶が不気味に光り、彬の血を再び吸い上げ、赤く染まっていく。
そして、彬の意識が遠のいたらしく、結界も切れてしまう。
セバスチャンは、真唯佳から止められていたが、流石にこの状況は相当マズイので、次もし真唯佳に刃物が下されそうなら、自分が全力で止めに行くしかないと飛び込む準備をする。
彬の血をすっかり吸い切って満足した鈴乃は魔剣を抜き、真唯佳に狙いを定め、大きく振りかざした。




