青の街 14
彬が倒れたと思われるマンションの近くの、時間貸し駐車場
彬が魔剣に刺されたことを察知し、同時に魔剣の詳細の所在がわかった真唯佳は、セバスチャンと共に蒼の車に乗り込み、夜の繁華街近くのこの場所に来ていた。
「ここで待機しているから、行っておいで。何かあったら俺も加勢に行くから、遠慮なく声かけて」
車から降りた真唯佳に、蒼は車の窓を開けて、中から声を掛ける。
真唯佳は小さく頷き、「ごめんね、何から何まで。なんだか迷惑かけっぱなしで」と少し恐縮した様子で言う。
蒼は、軽く肩をすくめて微笑む。
「俺たちの仲じゃない、良いってことよ。ほら、早く」と手を軽く振って促した。
そう言われて、真唯佳は早速セバスチャンとお目当てのマンションの入り口にたどり着く。
運よく、マンションの住人と思しきビジネスマン風の男性がエントランスにいたので、真唯佳とセバスチャンは住人のように堂々と建物内まで入り込み、すんなりエレベーターの12階に辿り着くことに成功する。
内廊下を進み、6号室の前。
S H I K I S Eとローマ字で書かれているのを確認し、真唯佳は意を決してインターホンに指を伸ばし、呼び鈴を押す。
しばらくし、若い女性の声で返事がある。
「鈴ちゃん、彬が帰ってこないのだけど、今どこにいるか知ってる?」
唐突な話をインターホン越しに話す真唯佳。
無音のまま、十数秒ほど時間が経過する。
もう一度呼び鈴を押す真唯佳。
さらに10秒ほどし、今度は玄関のロックが解錠される音がして、少し扉が空いて中から女性がこちらを覗き、少し驚いた様子で話し出す。
「——真唯佳、こっちにきていたの?全然知らなかったわ。」
真唯佳は微笑を浮かべ、軽く手を振るような仕草で答える。
「ハロー、久しぶり。元気そうね。さっきまで彬と会っているって聞いたのだけど……今、どこにいるか知らない?」
鈴乃は、なんのこと?ととぼけようと思ったが、真唯佳の後ろに立つ男性が気になり、思わず扉を広く開けてしまった。
夕方見かけた若い異国の男性。
彬が他人だと言い張ったけど、やはり知り合いだった……!
鈴乃はわずかに間を置き、「確かにさっきまで一緒にご飯を食べてたけど、結構前に別れたわ。今はどこにいるか知らない。」と、あくまで自然な口調を保ちながら答えた。
そう早口に呟いて扉を閉めようと思ったが、真唯佳が足を差し込んでいたので閉めることができない。
「そうなんだ。ところで、久しぶりに会ったから、ちょっとお話ししない?こんな夜中だけど」と、さらりと切り出した。
女性は一瞬言葉を失い、わずかに顔をしかめた。
「なんて非常識な子なの。突然そんなこと言われても……」と返すが、その背後には動揺が見え隠れしている。
真唯佳はその反応に気付かぬふりをして、軽く肩をすくめる。
「まぁまぁそんなこと言わず。すぐに帰るから」
真唯佳の無邪気な笑顔を見て、一度中にあげないと帰りそうにないのを察し、じゃ、ちょっとだけね、と言って、鈴乃は二人を中に招き入れた。
強引に部屋に上がり込んだ真唯佳とセバスチャンはリビングに通され、フカフカのソファーに二人で座る。
冷たいお茶でいい?と聞きつつ、冷蔵庫からハーブティーが入ったペットボトルを取り出す鈴乃。
「ありがとう、すぐに帰るからお気遣いなく。——それにしても良い夜景ね。毎日こんな風景を見ながら過ごすなんて羨ましいわ」
真唯佳の言葉に、そう?と言いながら3人分のお茶が入ったコップを運んでくる鈴乃。
女性もふと窓の外を見ながら、つぶやくように「元気そうで何よりね。今は何しているの?」と問いかけた。
真唯佳は、ふっと小さく笑う。
「え、今?何をしてるってわけではないけど……彬はなんて言っていたの?」
女性は肩をすくめて答えた。
「彬くんとは、あなたの話はしていないわ。図書館で見かけたそちらの男性の事も、他人だって言い張っていたし」と、セバスチャンの姿をちらりと意識している様子だ。
「あ、紹介遅れちゃった。彼はセバスチャン。」
彼について説明を始めると、複雑な話になるので、真唯佳はあえてそれ以上紹介しない。
鈴乃とセバスチャンはお互いに軽く会釈をしつつ
「ふぅん、ともかく、さっきは私と彬君のそれぞれの話で盛り上がったので、あなたのことは何も聞いていない。」と、女性はさらりと答え、昔話を思い出すように続ける。
「だいたい昔、あなた達があまりに仲良しだったから、付き合っちゃえばって言ったのに「真唯佳は父親から嫌われていて、関わると破滅の道だからそれは無理」って言ってたの。その後、彼は婚約したって聞いて、その人と結婚したのかと思ったから。」と、過去の出来事をあっけらかんと語る。
「今もあなた達は関わりがあるの?玄関であなたを見た時は、後ろの彼が旦那さんかと思っちゃった」
鈴乃の言葉に、セバスチャンは真唯佳の旦那と言われてちょっと嬉しいと一瞬思ってしまう。
それと同時に、彬は真唯佳一筋だと思っていたのに、サヤから、二人は仲が良かったにも関わらず彬には婚約者がいたと聞かされて、その時は意外だと思ったものの、やはり本当だったのだと驚く。
真唯佳は、前日に自分の気配を感じて近づいてきたのが鈴乃だとすると、自分がこの街にいるのは知っているはずなのに、この一連の会話ではそのように聞こえないと感じる。
鈴乃の質問にどう答えようかと、真唯佳は微妙な表情を浮かべる。
「あ……うん、そうね。話せば長くなるけど、彼も私も……っていうか、国全体で色々あったから。」と、うまく言葉を濁す。
へぇ、そうなんだ、と一応返事をする鈴乃。自分が行くことのない遠い国の出来事は興味ないであろう。
この話の流れから、彬と結婚して子供もいるなんて、とてもじゃないけど言えないな、と真唯佳が思っていたその時。
「そういえば——」と言って話題を変える鈴乃。
「彼、随分と女性との会話が上手なのね。昔から女子に人気だったけど、ますます男に磨きがかかってびっくりしちゃった」と、楽しげに目を細めながら彬の話題を続けた。
真唯佳は、急に話が変わったことに一瞬戸惑い、「え?」と小さく声を漏らした。
鈴乃は意味深な笑みを浮かべ、「さりげないボディタッチとか、キスも上手で。いつもあんな風に女性に声をかけて、一夜の恋を楽しんでるの?」と質問をする。
「知らなかったけど、彬くんって、私たちより年上だったんですってね。さっき聞いたわ。どおりで当時女子大学生と付き合っていたのね」
さらにそう言って意地悪な微笑みを浮かべる鈴乃。
真唯佳は彼女の言葉に茫然とし、一瞬視線が揺らいだ。
公務の一環として、国王が王宮の内外で他の女性と会っているのを知っている上、鈴乃の自信に満ちた様子に、ふと不安が胸をよぎる。
真唯佳は、その含みを持たせた言葉に困惑を隠せず、「一体、なんの話をしているの……?」と、やや硬い声で返した。
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「——ホント、なんの話をしているんだ、彼女は。まだ酔っているのか?」そう呟く彬。
彼の意識は少し前に回復していて、気を失うほどに魔剣にエネルギーを持っていかれた割に、体力の回復が早く、不思議な感覚だった。
ただし出血がひどく、すぐに動けそうにないのと、歩けないように腿を深く刺されてしまい、傷口はまだ回復していない上、どうやら背中の方に手を縛られて、両足も縛られている。
そして、ずっと羽織っていた濃紺のジャケットが脱がされていた。
食事の時から鈴乃は妙にアレに食いついていたが、持っていることで一定の効果があったと言うことか……。
確実に取り返さないとマズイが、今どこにあるのだろうか。
彬がいる場所は、おそらくリビングの隣の空き部屋で、室内は真っ暗。
多少体力も回復しているが、手足のロープがかなり頑丈で引きち切れないため、術を行使しての傷の回復はちょっと厳しい。
この手足の重さと縛られている感触は、ロープというより、ワイヤーを何重か巻かれているかもしれない。
床に寝転がされていたが、なんとか体を動かして部屋の隅に移動し、上体を起こして三角座りの体制になるのに成功したところで二人の会話が始まった。
リビングの会話は、彼に丸聞こえであった。




