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青の街 12

蒼の屋敷のリビング


日が沈んだ頃に蒼が仕事から帰宅すると、セバスチャンはいるものの、彬の姿はそこになかった。

夕方、セバスチャンが図書館に彬を迎えに行くと、「先に帰っていて」と言われたが、そんな彬と待ち合わせていたのが、彼と同年代の女性だったと言う。

「えー、ナンパ?あいつ、まさか真唯佳ちゃんっていう人がありながらそんな奴だったのか。真唯佳ちゃん、今からでも遅くはない、俺に乗り換えたら?」

と蒼が声を上げるも、その場の空気は冗談を交わすには少し妙な緊張感を孕んでいた。

蒼の言葉にもかかわらず、真唯佳は意外なほどに冷静だった。動じる様子もなく、肩を軽くすくめるだけで言い放つ。

「そんなの、しょっちゅうだから」

「え?」と蒼は虚を突かれた表情を浮かべる。

真唯佳は平然と続けた。

「王宮では、私が招待されないような、得体の知れない会食なんて珍しくないの。いちいち気にしてたらきりがないわ」

その余裕に、セバスチャンは少しホッと胸を撫で下ろした。自分の発言が、真唯佳の神経を逆撫でする事はなさそうだと安堵する。


意識しないと忘れるけど、ああ見えても奴は一国の(あるじ)だったと、再認識する蒼。

得体の知れないと言う表現が独特だが、ある意味、日常茶飯事と言うことか。

真唯佳もそのあたりを心得ているのだろう。

「朝帰りだったらさすがに問いただすけど、夜中には帰ってくると思う。一応、彬が戻るまで起きて待っているわ。ちょっと寝るのが遅くなるかもしれないけどね」

真唯佳がふと視線を落とし、どこか遠くを見つめるように言うその言葉に、蒼は一瞬、彬が「囮になる」と言っていたことを思い出す。

ひょっとして、まだその役目を果たしているのかもしれない。


興味が湧いた蒼は、彬が今どこにいるのか、集中して気配を探る。

すると、まるで迷路のように複雑な気配の中、ひっそりとした地下街にいるのが分かる。

「うわ、あいつ、繁華街の地下に潜ってんな。わかりづらっ」と、呆れたように呟く。

真唯佳が首を傾げて「どうしたの?」と尋ねると、蒼は肩を竦め、軽く笑って返す。

「うんにゃ、これは……ちょっと長い夜になりそうですぜ、お姫様」



――――――――――



繁華街の地下深くの飲食店


ダウンタウンの喧噪から離れたこの場所は、まるで都会の秘密の楽園のようだ。

入り口は目立たず、通り過ぎる人々には気付かれないが、扉を開けると、別世界に足を踏み入れたかのような感覚が広がる。

店内は、柔らかな照明とジャズを生演奏しているらしく静かな音楽が漂い、心地よい雰囲気を醸し出している。

壁には美術品やアンティークが飾られ、テーブルはシックで快適な椅子で囲まれてる。

席間には適度な距離が取られ、プライバシーが確保されていた。


女性との再会の乾杯をする彬は、グラスを持ちながら、彼女の瞳をじっと見つめ、微笑を浮かべた。

彼女——識瀬鈴乃は少し顔を赤らめ、照れくさそうに笑み返す。

鈴乃は、真唯佳と彬の共通の友人で、二人が異世界の出身だと知っても、仲良くしてくれていた。

大人っぽくなったけど、君の魅力は変わらないと彬に持ち上げられ、「やだ、そんな風に褒められるとすごい照れちゃうじゃない。でもありがと。」と彼女もグラスを手に取り、さりげなく彬の顔を見つめ返した。


「彬君も、変わらず良い男ね。今日の服装もとてもおしゃれ。

その白いシャツに紺のジャケットが雰囲気にぴったり。

当時から学年でトップクラスにモテてたこと、自覚していた?

そんな素敵な男性と、一緒に楽しい時間を過ごせるなんて嬉しい。」

彼女の台詞に彼は軽く肩をすくめながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべると、テーブルに置かれたタパスの盛り合わせから一つつまむ。

「モテたかはわからないけど、実年齢より下の学年に所属していたから、年上好きの子にはウケが良かったかもね」と、彬はさらっと返事をする。

「え、やだ、そうだったの?ずっと一緒にいたけど全然気づかなかったわ……」

彼女は驚いたように目を見開き、話しながらも料理を少し口に運んだ。


テーブルには、二人の会話に花を添えるように小皿が並び、店内の賑やかな笑い声や軽やかな音楽が心地よく響いていた。

「あれから10年……もっと経ってる?こっちに来るなら連絡くれたっていいじゃない。よくこっちにくるの?」

彼女は真剣な表情で尋ね、懐かしさと少しの寂しさがその声ににじんでいた。

「まさか、あれ以来、全然来てないよ。昨日電気屋に行ったら、すっかり街も取扱商品も変わっていて、びっくりしたよ。」

彬が笑いを交えながら答え、思い出すように視線を少し横に流した。

彼の声からは、街並みや自分自身が変わった時間の重さが垣間見えた。


「これまで全然来なかったのに、急に何かあったの?」

彼女が問いかけると、彬は小さくうなずいて、「何かあったわけではないけど、ちょっとした仕事でね。」と返した。

その仕草が意味深に見え、彼女は少しだけ目を細めて彬の顔を見つめた。

「仕事なんだ、そうよね。10年も経てば社会人よね。図書館から出てきたから、一瞬学生かと思っちゃった。でも学生なら、そんな洗練された服装しないわね」

そう言いながらわずかにグラスを揺らす鈴乃。

彼は笑いながら肩をすくめ、「そうかな?でも君と会える気がして、少し気合を入れてみたんだ」と返事をしながら彼も再びグラスに口をつけた。


「偶然出会ったのに、私のために、なんて。でもそう言われると、嘘でも嬉しいわね。」

鈴乃は視線を逸らしつつも、少し照れた様子で答えた。

会話の合間に訪れる沈黙も、懐かしい気持ちを伴い、心地よく流れていった。

彬はグラスを傾けながら、目を細めて彼女を見つめて微笑むと、鈴乃の方も頬を染めながら、くいっと一杯目を飲み終わる。

彬はさりげなく近づき、声を低くして続ける。

「嘘じゃないよ。君がこうして目の前にいてくれると、心が安らぐ。まるで時が止まったみたいだよ。当時は真唯佳がそばにいたから、僕の気持ちを伝えることはできなかったけど」


鈴乃は軽く笑いながらも、どこか居心地の良さそうに視線を彼に戻した。

「10年以上ぶりの再会なのに、まるで昨日も一緒にいたみたいね。そんな風に言ってくれるなんて、ちょっとドキドキしちゃうわ。」

彬は、ほんの一瞬、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべ、彼女にさらに近づいて目を覗き込む。

「でもやっぱり、学生の頃から変わらないところがある。今でも君には、純粋な輝きがあるんだ。」

彼女が視線をそらして小さく笑うと、「もう、彬くん調子いいんだから」と照れながら返す。

彬はさりげなく次は何を飲む?とメニューを差し出し、二人とも二杯目をオーダーする。


「ところで、さっきの人、誰?」

鈴乃が急に話題を変えて、少し身を乗り出して尋ねる。彼女の目は好奇心に輝いている。

彼女は元々ミーハーで、気になる人には根掘り葉掘り聞く癖があった。

鈴乃の車での店への移動中は、食べ物の好みを聞かれたくらいでそんなに話しかけてこなかったが、少しお酒が回ったせいか、その一面が顔を出している。

彬は内心「見られていたか……」と思いながらも、気づかれないように微笑みを保ちつつ「さっきの、とは?」と、わざとぼかすように返事をした。

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