目覚め 8
「昔の大戦についての情報は、詳細には伝わっていないのですが——」
前女王ソフィアは、そう前置きをした上で、アテナエルの質問に答える。
「1000年ほど前、王家を乗っ取ろうとしたある大臣が、自分の魔力で作った「地の者」という、特殊能力を持った反乱軍を組織した。
当時の国王は、大戦前後に大臣の手下に暗殺されてしまう。
そこで王妃アテナエルが、トーラーと言われる、能力の高い緑の国の住人と共に、大臣の反乱軍に対抗する。
しかし決着がつかず、大臣を封印したところで休戦となった。」
彼女の話は、本当に短いものであった。ソフィアは、お役に立てななさそうで申し訳ないと言いつつ、言葉を付け足す。
「私が祖父から伝え聞いた話はそれだけです。トーラーは、地下に安置されています。
私もその話を聞いた時に地下で確認したきりです。当時は、あれが重要なものだったと認識していませんでした。後ほど、その場所をご案内いたします」
「あなたに王位を継承する際に地下の小部屋の話をしたものの、急ぎではなかったので実際にお見せしていない部屋があったのですが、覚えていますか?そこのことです。」
ソフィアはジュリアンの方を向き、質問をする。
「そんな話があったのですね……。即位前にお話していただけなかったのは、緊急性が乏しいからですか」
「ええ、いつ何かあるという話は伝わってなかったので……。即位前に色々お話しをして、混乱させてはと思い……ジュリアンさんには、そういう気遣いが無用ということは、今は存じ上げておりますが」
ジュリアン自身も、ソフィアからまだ引き継ぎされていない事項が少しだけあったと記憶していたが、日常業務に追われて、ついつい後回しにしていた。
「なるほど。1000年も経つと、こうも話が変化するわけだ。だが何も伝わらないよりはマシだな」
そう、ぽつりと呟くアテナエル。
「ワラワは王妃ではない。王妃はただの器だ。
奴を封じ込めてワラワも眠りについていたのだが、現代に大臣が復活したようだ。もっとも、あの術は1000年持てば良い方だ。
なのでワラワも目を覚まし、そのままでは活動できないのでこの肉体に入り込んだというところだ」
ジュリアンは我が耳を疑った。
「な……に……?まさか、マディラの体を使って、戦いを始めるつもりなのか?」
「いかにも」
その言葉を聞くや否や、ジュリアンの普段の冷静な表情が一瞬で崩れ去り、怒りの色が瞳に宿った。
彼は座っていたソファを押し倒すような勢いで立ち上がり、まるで雷鳴のような声で叫んだ。
「勝手にマディラの中に入り込むな、出て行けっ!」
その叫び声は、まるで宮殿全体に響き渡るかのような力強さで、初めてジュリアンがここまで怒りを露わにした姿を目の当たりにする者は、その場にいなくとも衝撃を受けるほどの迫力があった。
彼が王が即位して以来、彼の感情がこれほど爆発することは一度もなかった。
あまりの剣幕に、遠くにいた侍女たちがビクつき、何事かと数名が様子を見にやってきた。
側にいたソフィアも、目を丸くしてジュリアンを見上げている。
彼は怒りで拳を震わせ、瞳には激しい光が宿っており、まさに、怒りが頂点に達した瞬間だった。
高貴で整った顔立ちは普段の冷静さとはかけ離れ、激情に駆られた姿がそこにあった。
彼の高身長でしなやかな体がピンと張り詰め、近くにいた侍女たちはその緊張感に気づき、顔を見合わせた。
「どうしても誰かの肉体が必要だというなら……、僕が代わりになる。彼女はダメだ!」
その言葉は、ただの怒りではなく、彼がマディラに対してどれほど深い想いを抱いているかを示していた。
しかし、アテナエルはジュリアンをチラリと一瞥し冷静な口調で、無慈悲に答える。
「貴様では力不足だ。そして同化してしまった以上、この肉体が滅ばない限り他には移れない」
その言葉を聞いた瞬間、国王はさらに顔を歪めた。
自分はマディラより能力が劣っていると正面切って言われて不愉快だが、的外れな指摘でもないのでグッと我慢をし、彼は言葉を続ける。
「——彼女は戦いに身を投じてはいけない、争いから遠ざけるために、この世界に来たのに……」
彼女の体を取り戻せないかもしれないという現実が、彼の心に重くのしかかる。
彼の胸中には深い焦燥と恐れが混じり、力なくストンとソファーに腰をかけて俯くジュリアン。
「おそらく緑、赤、青の3世界で最強の力の持ち主なのに、こういう有事に活躍してもらわないでどうする。
それとも多くの犠牲者を出すまで、彼女を表舞台に立たせないつもりか?
再び争いが長引き、さらに数百年後に決着が持ち越されることになっても、同じことを言うのか。」
そう言いながら、少し目を閉じて何か思案し、目を再び開いて言葉と続けるアテナエル。
「……なるほど、そなたが気にしているのは彼女の眠れる本質だな。安心しろ。この力を使う事はない。なぜなら、ワラワのほうが強いから」
え?と驚きの表情をして顔を上げるジュリアン。
一瞬で誰がどの世界の生まれか見抜き、一眼見ただけでその力量を推し量ることができ、その上で自分の方が強いと断言する彼女の正体は一体——
ジュリアンの疑問をよそに、言葉を続けるアテナエル。
「ま、そんなことはもはや議論をすることではない。来るべき日が来てしまった、それだけだ。それよりも、地下室に案内してくれないか」
――――――――――
城内地下室は数箇所存在しており、それぞれがちょっとした貴族の屋敷分くらいの広さがある。
それは、有事の際には城下町の住人や兵士たちが立て篭もるシェルターの機能を有しているからである。
だが、今ソフィアが案内しているところは、趣が違っていた。
そもそも、入り口が城のハズレにあって滅多に人が通らない場所なうえ、隠し扉になっている。
ジュリアンも何度も通りがかっているこの廊下に、まさか仕掛けがあるなんて思いもしなかった。
狭い地下への階段を降り、人が二人並べるくらいの横幅の通路を歩くこと数百メートル。
左手に再び隠し扉があり、そこを開けると、全体が石のブロックに囲まれた部屋があった。
壁沿いに配置された石の棚には、10枚ほどのカードが不規則に並んでいる。
ジュリアンがそのうちの一枚を手に取り、裏表を確認する。
「これは……タロットカードですか?」
22枚からなる、寓話を書き記したカード。
「私はこの部屋の存在を知るのみで、このカードの意味は全くわからないのです。」
ジュリアンの質問にソフィアは返答するが、彼の欲している答えではないことは重々承知していた。
「一般的には、タロットと言われているかもしれないな。
ワラワ一人では大臣の手下等の相手をするのが大変なので、このカードに力を与えて、空からばら撒いた。
カードに選ばれしこの国の人間は、手にしたカード特有の特殊能力を持つことになり、その力を持って地の者に対抗をした。」
アテナエルがそう呟く。
「大戦中に、カードの能力が限界を超えて使い物にならなくなったものは、ここに安置されている。数枚、色が抜けているカードがあるであろう。それがもう使えないカードだ」
アテナエルの説明を受けてよく見ると、カードには色がついているものと、白黒のものがあった。
「休戦状態になり役目を終えたか、主人を亡くしたカードはここに戻ってきているはずだ。
今ここにないものは、数百年の時を経てまた役割を全うしようと、すでに相応しい者を見つけて新しい主人のもとに飛んでいったのだろう」
「なるほど、だからカードが所々歯抜けなのか」
彼女の説明に、合点がいった風にジュリアンが返事をする。
「カードの状態はわかった。現段階ではこれで十分だ。一旦部屋に戻って休息する」
そう言って、アテナエルが部屋を出ようとしたので、ジュリアンとソフィアも、彼女の後に続いた。




