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読切怪奇談話集(仮)

会社からの帰り道に出る中年女

作者: やなぎ怜

 社会人二年目だったか三年目だったか。とにかくブラック気味の会社に勤めていたころのこと。


 いつからかは覚えていないんですが、会社からの帰りが夜遅くなったときは、決まって「中年女」が現れるようになったんですね。


 「中年女」とは私が勝手に心の中で呼んでいた名前であって、本当にそれが中年の女性だったのかは今もって定かではありません。


 けれどもなんとなく、服の雰囲気とかからそれくらいの歳の女性なのかなと思って、そう呼んでいました。


 顔は、わからなかったんですよね。くしゃっとしていて。


 ひとの顔をコピー用紙に印刷して、無造作にくしゃっとしたような、そんな感じの見た目でした。


 だから、「中年女」と呼んではいたものの、実際どんな顔をしていたのかはわからなかったんですよね。


 「中年女」は黄色っぽい布に白い小さな花がプリントされたワンピースを着ていました。何度も見たので今でも覚えています。


 髪は短いけれどもパーマがかかっていて、横にふわっと広がっていて、たぶん白髪染めした茶髪で……でも顔はさっき言った通りにくしゃっとしていて。


 それで


「おせわになっております~」


 って言うんですよね。


 最初、声をかけられたときは「え?」とは思ったものの近所のひとかなと混乱気味に考えて、反射的に会釈したんですが。


 でも顔がくしゃっとなっていて。


 外灯の下にたたずんでいたので、顔がくしゃっとしているのも、白い小花柄の黄色いワンピースを着ていることも、よくわかったんですよね。


 一拍置いて、私の心臓がバクバク音を立て始めたのがわかって。


 冷や汗をかく余裕すらないくらいびっくりして。


 けれどもその場から走って逃げ出せるほどの度胸もなくて。


 しばらく「中年女」と見つめあうような形になったことだけは、覚えています。


 「中年女」の顔はくしゃっとしているので、目なんてどこにあるのかわからないんですが……。なんとなく、見つめあっていたんじゃないかな、とは思います。


 そのあとは普通にガクガク震える脚を動かして、ゆっくりとその場から立ち去りました。


 当時住んでいたマンションまで、そこから歩いて二〇分くらいだったかな。


 それくらいかかったんですが、結局最後まで歩きで。家まで走って逃げ込みはしなかったです。


 それでまあ、当たり前ですけれど、そんなの見ちゃったら帰り道、変えますよね。


 でもいたんですよね。「中年女」。


 やっぱり帰りが日付変わって夜の遅い時間になって、仕事のことで頭がいっぱいだったけれど、さすがに昨日の今日だから「中年女」のことを思い出して道を変えたのに。


 いたんですよね。


 白髪染めした茶髪にパーマ。白い小花柄の黄色いワンピース。


 露出した腕の肌の感じから、やっぱり「中年女」なのかなとかパニックになりながらも見てしまって。


 それで


「おせわになっております~」


 って言うんですよね。


 二度目でもめちゃくちゃ怖かったですよ。


 言葉の意味もわからないし、顔がくしゃってなってるのもわけがわからないし。


 それでも「中年女」を刺激したくなくて、軽く会釈して通りすぎました。昨日はそれでなんともなかったなということをかろうじて思い出せたので。


 「中年女」は実際になにもしてこなかったんですよね。


 追いかけてくるとか、なんか「呪ってやる」的な怖いことを言ってくるとか、こちらを加害しようという素振りはなくて。


 でもめちゃくちゃ怖かったですよ。


 言葉の意味もわからないし、顔がくしゃってなってるのもわけがわからないし……。


 顔がくしゃってなっているから、かろうじてこの世ならざるものなのだろうということがわかるくらいで。


 就職と同時にこの土地にやってきた私にはそういう妖怪とか、都市伝説があるのかとかはまったくわからなくて。


 ネットで調べてみたりはしたものの、調べかたが悪かったのか、それらしい情報は引っかからなかったですね。


 その土地に住んでいる唯一の親しい人間と言えば彼氏くらいだったので、彼にちょっと愚痴ったんですよね。


 ただそのときは頭がおかしいと思われたくなくて、「中年女」という呼称は使いましたが、顔がくしゃっとしていることは言わなかったんですよ。


 そしたら「顔くしゃっとしてる?」って聞いてきたので、あ、地元じゃ有名なのかな? と思ったんですよ。


 そしたら


「それ、お袋」


 って。


 ちょっと居心地悪そうな顔で言われて。


 私はそれ以上なにも聞けなくて、「あ、そうなんだー」って言って別の話を振りました。


 でもまあそれがきっかけになるんでしょうか? 色々と無理になって、逃げるように会社を辞めてマンションも引き払って、ぜんぜん別の遠い土地に引っ越して今に至ります。


 あれからだいぶ経つし、もう終わったことだと思いたいです。


 でもときおりふと当時のことを思い出して、あのふたりは今もあの土地にいるのかなとは考えちゃいますね。


 それと、引っ越してからは当たり前かもしれませんが、「中年女」は帰り道に現れなくなったんですが……正直今でも夜の道を歩くのは怖いです。


 中年女のあの


「おせわになっております~」


 という声は、まだ忘れられないです。

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