5 別れの冬
「……あの女の言ったとおりなら……今の僕の体はもう、七十歳近いはずだ。寿命は、もってあと五年といったところかな」
ダレンはみずみずしい自分の右手の平を見つめて、苦笑した。
「……信じられないだろう? こんなにつやつやの肌なのに、心は二十五歳なのに、体はしわくちゃのじじいなんだ。実際、目も見えにくくなったし、食事や着替えをするのも一苦労。……身の回りのことはトムがしてくれるけれど、自力では表に出て行くこともできない」
そこでダレンはイヴリンを見て、悲しそうに眉を垂らした。
「……こんな話をして、ごめん」
「……もし話をしたことであなたの気持ちが少しでも楽になったのなら、それでよかったと思うわ」
イヴリンは、笑みを返す。
確かに、ダレンの話の内容は衝撃的だ。呪いとか不老とか、そんなことをいきなり言われてもすぐには受け入れられないが……だからといってダレンのことを責めるつもりはない。
「あなたはずっと、自分の体の問題を抱えていたのね。……辛かったんじゃないの?」
「ふっ。辛い、なんて感覚はとうの昔に捨てたさ」
「本当に?」
イヴリンの追求に、ダレンははっとした顔になった。
そして彼は手を下ろし、力なくまぶたを閉ざす。
「……。……嘘だ。辛かった……んだと思う」
「そうよね」
「僕は、化け物だ。十八歳のあの日から、見た目は一切変わらない。それなのに、中身だけは人の何倍も早く年老いていく。……三十歳までしか、生きられない……」
「ダレン……」
「……イヴリンは? 君は確か、ええと……」
「あなたが事故死してから、老貴族のもとに嫁いだわ。その方は去年、亡くなったの。今は夫の財産をもらって、一人で暮らしているところ」
「……なんだ。君はきれいなんだから、すぐ再婚できるだろう」
「今のところ、そういうつもりはないわ」
イヴリンはあっさり答えてから、ダレンの手を取った。
大きくてみずみずしい手だ。だが……確かに、握ってみると違和感がある。
「……昔のあなたの手は、もう少し硬かったわね」
「悪いな、じじいになって」
「でも、その口の悪さは昔と同じ」
「そりゃあ、心だけは二十五歳のつもりなんだから」
「そうね。……十八歳の頃のままの見た目でも、中身がおじいさんでも、あなたは確かにかつて私の婚約者だったダレンのままだわ」
イヴリンが静かに言うと、ダレンはゆっくり目を開いた。
「私ね、結婚してからも結構楽しい時間を過ごせたけれど……それと同じくらい、あなたと過ごした一年間も楽しかったの。契約をして、優しくて甘い恋人のふりをしてもらって、ゴドウィンたちにもざまあってやって……」
「ああ……いたな、そんなやつ。どうなったんだ?」
「しばらくして奥さんの方が浮気をして、結局離縁したみたいよ」
「ふっ、本当にざまあみろだな」
「そうね。……それでね。あのとき、もし契約期間が終わっても友だちでいられたらいいな、って思っていたの」
ダレンが、小さく息を呑んだ。
イヴリンは微笑み、ダレンの手をそっと撫でる。
「あなたがお仕事の都合で隣国に行くとは、分かっていたわ。それに契約のこともあったから、あのときは言えなかったの」
「……そうか」
「あなたは? 私にこうして再会できて、少しは嬉しいと思ってくれた?」
「……。……嬉しい……に決まっている」
「ダレン……」
掛け布団の中からもう片方の手が出てきて、震えながらもイヴリンの両手を握り込んだ。
「僕も……いろいろ仕事をしてきたけれど、一年というのは一番長かった。その長い時間を、イヴリンと過ごせて……楽しかった。だんだん体が衰えていっても、君は静かに受け入れてくれた。……それが、本当に嬉しかった」
ダレンの手も声も、震えている。
彼はこれまでの七年間、どんな気持ちで生きてきたのだろう。
母親の歪んだ愛情によって常人離れした体になってしまった自分のことを、トム以外に言えなくて……どれほど苦しみ、悲しみ、寂しい思いをしてきたのだろう。
「ねえ、ダレン。……あなたに残された時間は短いのかもしれないけれど、私はその残された時間を満喫してほしいと思っているわ」
「……どうせ僕は、五年程度で死ぬ男なのに?」
「あら、あなたも同じような状況だったトムさんの妹さんを助けたでしょう? あなたが現れなかったら、妹さんは寂しいまま亡くなっていたかもしれないわ」
イヴリンがそう言うと、何かに気づいた様子のダレンが意地悪そうに笑った。
「へぇ。……それじゃあまさか、君が六年前の僕になってくれるってこと?」
「そのつもり」
「え……」
「……えっ、分かっていて聞いたんじゃないの?」
ダレンの方が変な顔をするので突っ込むと、彼は気まずそうに視線をそらした。
「そ、それは思ったけれど……言えるわけないだろう! 自意識過剰みたいじゃないか!」
「あなたは元々自意識過剰っぽかったけれど……」
「それは、そういう設定だからだ! ……君はまだ若いし、生活にも余裕があるだろう。無理に、こんな中身じじいの側にいなくていい」
「でも私がいなくなったら、あなたが寂しくて泣いてしまうかもしれないわねぇ」
「泣くわけないだろ! ……いや、泣きはしないが……寂しいとは、思う」
「ほらね?」
「……。……僕は、一人で歩くこともままならない。いずれボケて君のことを忘れるかもしれないし……体がこれだから、君を愛することも子どもを作ることとかも、できない。君を幸せにできるとは思えない」
ダレンが居心地悪そうに言うので、イヴリンは笑った。
「だったら、一緒に幸せを探していきましょう? 大丈夫、私は旦那様の介護をしたこともあるのだから、あなたの面倒も見られるわ」
「え……好きな子に介護をされるとかちょっと嫌……って、今のなし! なしだ!」
思わずといった調子でこぼした言葉に、ダレンは真っ赤になって言い訳した。そんな姿は七十歳の老人ではなくて、二十五歳の青年そのものだった。
「ええっ……今、とっても素敵な言葉が聞こえた気がするのに……」
「それはっ……」
「ま、今はいいわ。たくさんおしゃべりをして、疲れたでしょう? ……少し休みましょうか」
「……」
「大丈夫。あなたが起きたときも、ちゃんと側にいるから」
「……そうか。ありがとう、イヴ」
ダレンは、今にも泣きそうに笑った。
イヴリンは、小さな村にある小さな家で暮らすようになった。
トムは二人のことを思い、村にある別の家で暮らしてくれることになった。彼は、「ダレン様が幸せそうで、何よりです」と笑っていた。
ダレンの体の機能は徐々に落ちていったが、彼の心はイヴリンと同い年の青年のそれだった。
そしてもう契約はずっと前に満了しているのだが、「好き」や「かわいい」といった言葉を自然に告げてくれるようになり、イヴリンも同じように「好き」を彼に返していった。
二人は一緒に暮らして愛を語り合う仲になったが、結婚はしなかった。イヴリンの方はどちらでも構わなかったのだが、君を何度も未亡人にしたくないと、ダレンの方が首を縦に振らなかったのだ。
その代わりに、二人は二十七歳のときにおそろいの指輪を作った。リングの内側にそれぞれの名前が彫られた、世界で一対だけの指輪だった。
彼が十八歳のときに掛けられた呪いを解く術も調べたが、一向に見つからなかった。
それでも、とイヴリンとトムが協力して調べた結果、ここから遠く離れた国に行けば解除の方法が判明するかもしれない、と分かった。
だがそのとき既にイヴリンとダレンは二十九歳になっており、ダレンはもう起き上がることもできない体になっていた。
そうして真冬のある日。
イヴリンに手を取られたままダレンは目を閉ざし、それから二度と目を覚まさなかった。
おそらくこのときの彼の体の年齢は、八十歳以上。十分長生きしたと言えるだろう。
彼の墓には、イヴリンの知らない名前が彫られた。トム曰く、これがダレンの本名らしい。
母親に付けられたこの名前をダレンは嫌っていたが、宗教の問題で本名でしか墓を作ることができなかった。
黒いドレスに身を包んで墓前に立つイヴリンの指には、銀色の指輪が嵌まっていた。
その内側には、「ダレンよりイヴリンへ、愛を込めて」という、彼がイヴリンと共に過ごすためだけに付けた名前が、彫られていたのだった。
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