4 再会の秋
「……イヴリン様、お久しぶりです」
「……あなたは……?」
ある秋の日、別荘を一人の男性が訪ねてきた。
見たことがあるような、ないような。
いまいち印象に残りにくい男性を前に首をひねるイヴリンに、男はお辞儀をした。
「四年ぶりになるでしょうか。かつてあなたの婚約者だったダレン様の仕事の仲介役――と言えば分かるでしょうか」
「……ああ! 最初に私に声を掛けてきた、あの怪しい人!」
ぽん、と手を打ったイヴリンが言うと、男は「言いますねぇ」とぼやいてから、イヴリンを見てきた。
「……お願いがございます。どうか、あの方――ダレン様に、会ってはくださいませんか」
「え? ……でもそれって、契約違反ーってダレンが言うんじゃないの?」
三年ぶりの名前を唇に載せて懐かしい気持ちになっていると、男は目線を床に落とした。
「……罰なら、私がお受けします。イヴリン様に一切の咎がないようにすると、お約束します。ですから……どうか、来ていただけませんか」
「私から会いに行くの? もちろん、いいけれど……」
幸いイヴリンには、時間も金もある。
そういうことでイヴリンは一日で仕度をして、翌日男に連れられて別荘を離れた。
彼曰く、ダレンは現在隣国の田舎で暮らしているという。
「もう仕事はしていないの?」
「……はい。実のところ、イヴリン様の件が最後のお仕事だったのです」
馬車での旅の道中にそんなことを言われたので、イヴリンは驚いた。
「ええっ。彼、仕事に誇りを持っている様子だったけれど……ま、まさか、私のせい?」
「いいえ。……もう、ダレン様も分かってらっしゃったのです」
男はそれだけ言い、後は黙ってしまった。
数日の路程の末に、イヴリンは国境を越えた先にある小さな村にたどり着いた。
あの華やかな美青年が住んでいるとは思えないほど慎ましい村の、一番奥。小さな二階建ての小屋で、ダレンと男は暮らしているという。
家は、ドアを開けてすぐがリビングだった。二階に、ダレンの寝室があるという。
「……ダレン?」
ギシギシきしむ階段を上がって、ベッドルームのドアを開ける。
……小さな部屋の奥に、ベッドがあった。そこに寝ている金髪の男性の姿を見て――えっ、とイヴリンは声を上げた。
「ダレン……なの……?」
「……誰?」
か細い声が返ってきた。
急ぎベッドに近づいたイヴリンは、そこに横たわる人を見て息を呑む。
なめらかな金色の髪に、澄んだ青色の目。艶やかな肌に、潤った唇。
彼はまさに、ダレンだった――否、三年前と全く見た目が変わらないダレンが、いた。
ダレンはぼんやりとした目でイヴリンを見上げると、ゆっくりと目をこすった。
「……変だな。ずっと前の契約者が、いるように見える」
「ええ、正解よ。……私のこと、覚えている? イヴリンよ」
イヴリンが問いかけると、ダレンはイヴリンを見て小さく笑った。
「……ああ。さてはトムが、余計なことをしてくれたんだな」
「……ダレン。あなた、様子がおかしいわ」
「そうかな? ……いや、そうかもね」
ダレンはそう言って体を起こそうとして――そのままずるっとシーツを滑って仰向けに倒れてしまった。
「大丈夫!?」
「……だめだな、僕。もう、動けなくなっちゃった」
「何を言っているの……?」
唇を震わせたイヴリンが問うと、ダレンは彼女の手を借りてベッドに寝直した。
「……聞きたい? ああ、でも、僕の身の上話を聞くことに関する契約書を書かないと……」
「そういうの、もういいから。……もしあなたが何か話したいのなら、聞くわ。無理のない範囲でいいから、言ってちょうだい」
イヴリンが椅子に座ってそう言うと、ダレンは「参ったな」と微笑んだ。
「……トムが他の誰でもないイヴリンを連れてきた理由、なんだか分かった気がするよ。……じゃ、あんまり楽しい話じゃないけれど……聞いてくれるかな」
「……ええ」
「……僕はね。きっと、あと数年しか生きられないんだ」
はらり、と窓の外で、一枚の葉が落ちていった。
ダレン――本名は違う――は、二十五年前に遠いところにある国で生まれた。
小さい頃は両親がいたが、ダレンが十歳くらいの頃に両親が激しい喧嘩をして、父親が母親に家を追い出されてしまった。
父親を恋しがるダレンに母親は、「おまえはあんな男になってはだめよ」と言った。
それを聞いたダレンは、「お父さんがお母さんに意地悪をしたのだろう」と思った。ダレンは父親のことが大好きだったが、もしかすると夫婦の仲は元々よくなかったのかもしれない、と思って自分を納得させた。
ダレンは成長するにつれて、父親そっくりになっていった。
だが母親はダレンを見るたびに、「私の自慢の息子」と褒め称えた。特に彼女はダレンの容姿が気に入っていたようで、「顔だけは絶対に傷を付けてはだめよ」と常日頃から言っていた。
どうやら、自分の顔はとても優れているようだ。
ダレンもそのことに気づき、父親譲りの美貌のおかげで近所の少女たちからも人気だった。
……だが、ダレンが十六歳のある日。
母親に連れられて、ダレンは怪しげな建物に向かった。そこで――ダレンは、怪しげな術を掛けられた。
術がうまくいったと聞かされて、母親は大喜びをしていた。ダレンには何のことか分からなかったが、「これであなたはもう大丈夫よ」と言われたので、よく分からないがまあいいか、と思った。
……だがダレンは、すぐに気づいた。
あの術を受けた日から、体の調子がおかしい。髪などが一切伸びないし、怪我をしても一瞬で治ってしまう。
ダレンが母を問いただすと――恐ろしい事実を聞かされた。
ダレンはあの術により、年を取らない体になってしまったのだ。
母親は、父親の顔立ちに惹かれて結婚した。若い頃の父はそれはそれは美しい青年で、父親にそっくりのダレンを産んだ母親は、幸せの絶頂にあったそうだ。
だが父親は少しずつ年を取り――母親の好みではなくなっていった。
そしてダレンが十歳の頃に、母親は父親に難癖を付けて追い出した。中年男性に近づいていく元美青年を、見ていられなかったそうだ。
母親はダレンの成長を楽しみにしつつも――彼もいずれ父親のように年老いていくのが、恐ろしかった。一番美しい状態のまま、息子の顔を残したかった。
だから彼女は怪しげな術を使う者に依頼して、息子が不老になるようにしたのだった。
「よかったわね」と笑顔で言う母親を――ダレンは、信じられない気持ちで見ていた。
それだけでも十分衝撃的だったのに、とどめのように母親が「あ、でも、不老の代償に体は早く年老いるそうなの。だから三十歳くらいまでしか生きられないそうだけど、美しくもないのに長生きなんてしたくないものね!」と言ってのけやがった。
……気がついたらダレンはキッチンにあった包丁を手に取り、自分の顔に突き刺していた。
母親が、悲鳴を上げる。一瞬だけ焼け付くような痛みが走ったが――包丁を抜くとすぐに、傷口は塞がった。
自分は、もう、普通の青年ではない。
化け物になってしまった。
ダレンは包丁を母親に向け、「どうして」「あなたのためにしたのに」と訴える母をめった刺しにした。
母親を殺したダレンはすぐにあの怪しげな建物に行ったが、そこはもうもぬけの殻だった。
ダレンは、故郷を飛び出した。
不老の体は、傷つかない。成長もしない。まだ短命という自覚はなかったがそれでも、自分の顔が全く変わらないという恐ろしい事実に直面して生きるしかなかった。
それから一年ほどは、自暴自棄に暮らした。
そんな彼を助けたのは、ある国で暮らす兄妹だった。その妹の方は、不治の病に罹っていた。
彼女は生まれつき容姿に恵まれておらず、恋人ができたことが一度もない。そんな彼女の体は病によって蝕まれており、もうすぐ死んでしまう。
一度でいいから、偽物でいいから、恋がしたかった。
素敵な恋人に愛をささやかれてみたかった。
兄妹は貧しい中でも、ダレンを拾って世話を焼いてくれた。
だからダレンは切実な願いを抱えた女性のために、恋人のふりをすることにした。
病床にある彼女に愛をささやき、かわいい、愛している、と告げる。
キスのふりをして、頭を撫でて、贈り物をする。
女性は、喜んでいた。彼女の兄も、妹の幸せそうな姿に涙を流していた。
そして――女性は二ヶ月ほどして、死んだ。
とても幸せそうに、ダレンに手を取られて死んだ。
女性の葬儀の後で、彼女の兄――トムはダレンの協力者になってくれた。
ダレンはトムを連れて諸国を回り、「誰でも屋」になることにした。
一時は荒れに荒れまくったのに、どういう心境の変化なのか、ダレンにもよく分からない。
だが、ナイフで切りつけても殴ってもすぐに治ってしまうこの気持ちの悪い顔でも、使いようがある。「契約」のための道具なのだと割り切ると、この顔もなんとか受け入れられる気がした。
そうして彼は最短一ヶ月、最長一年で、いろいろな女性と契約をしていった。
長時間同じ場所に居座ると、自分の体のおかしさに気づかれるかもしれない。だから仕事を終えたらその町を離れ、トムが連れてきた依頼者と新たに契約をして演技をする。
絶対に、体の関係にはならない。自分のような化け物の子を、作ってはならないから。
そうして――最後にダレンは、イヴリンの婚約者の役をした。
その途中で彼は、かつて母親の言っていたことが真実だと分かった。
彼の体はおそらく、常人の四倍近い速度で年を取っている。
見た目こそ十八歳の頃と変わらない艶やかさだが、筋肉は衰え方向感覚も鈍り、よく転んだりするようになる。イヴリンと過ごして半年くらいの頃にはおそらく、彼の体はもう五十歳近かったのではないかと思われた。
だからダレンはイヴリンの依頼を最後に、静かに暮らすことにした。
幸い、資金だけは潤沢にある。これで残りの数年間なら、十分暮らせる。
もう……いろいろなことに、疲れてしまった。




