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2 ざまあの夏

 結婚式会場に着いたら、事前の打ち合わせどおりに行動する。


 イヴリンは「男性の友人と一緒に来ている」と、ゴドウィンたちに伝えている。彼らの性格を考えればきっと、あちら側からイヴリンに接触してきてからかってくるだろう。


 ……その予想は的中し、式の後のガーデンパーティーでイヴリンが一人でカクテルを飲んでいると、ゴドウィンとその妻のアイビーがやってきた。


「やあ、イヴリンか。本当に来てくれたんだな」

「てっきり、来てくれないものだと思っていたわ」


 ゴドウィンはにやにやした顔で、隣のアイビーはほっとしたような顔で言う。


「滅相もございません。ご結婚おめでとうございます」

「ああ、ありがとう。おまえも早くいい相手が見つかるといいな」

「まあ、そんなことを言ったらイヴリンさんがかわいそうよ、ゴディ」


 がはは、と笑うゴドウィンをアイビーが諌める。ここまでだと、浮かれポンチになった新郎を新婦がたしなめている図に思われるが――


「だって、ほら。イヴリンさんはもう二十二歳だし、もらい手も見つからないわよ」

「それもそうだ。それに昔から思っていたが、イヴリンは飾り気もかわいげもなくて、持てあましていたんだよ」


 ……ふざけるな、とイヴリンは心の中だけで叫び、微笑んだ。


「それは……申し訳ありませんでした」

「それに比べてアイビーは本当に愛らしくて、最高の妻を持てたものだ!」

「ふふ、ありがとう。……ああ、そうだわ。イヴリンさん、これをどうか」


 そう言ってアイビーは、自分が持っていたブーケから花を一本抜き取り、イヴリンに差し出した。


「あなたにも幸せがありますように、というおまじないよ。受け取ってくれるわよね?」


 ……イヴリンの表情が、凍り付く。


 花嫁が持っているブーケから花を抜き取って、未婚の女性に渡す。

 それはこの国では確かに、「私の幸せをあなたにも」という意味だが――それは基本的に、花嫁と相手の女性との間に優劣の関係がない場合にのみ成立する。


 アイビーという伯爵令嬢が、イヴリンという商人の娘に差し出す。

 これは、「施し」であり、相手を軽んじる行為になる。


 アイビーがそれを知らないはずがない。

 知っていて……イヴリンを貶すために、花を差し出しているのだ。


 周りの者たちが、ちらちらとこちらを見ている。

 イヴリンが花を受け取れずにいると、アイビーの目が潤んでいった。


「……受け取ってくださらないの? わたくし、あなたとはお友だちになりたいと思っていたのに……」

「おい、イヴリン! アイビーの厚意を無下にするつもりか!?」


 ゴドウィンが目尻をつり上げた、そのとき――


「お待たせ、イヴ!」


 爽やかな声が割って入り――ぎゅっ、と抱きしめられた。


「広い庭だから、迷っちゃって!」

「ダレン……」

「……そ、そいつは誰だ!?」


 ゴドウィンがひっくり返った声で言う。それもそうだ。


 今イヴリンを抱きしめるのは、金髪に碧眼を持つ見目麗しい青年。

 設定年齢は二十二歳だが、十八歳くらいに見えるやや童顔。甘い顔立ちに毛穴というものが存在しないのではと思えるほど艶やかな肌を持つ、絶世の美青年だったからだ。


 ダレンがイヴリンのつむじにキスをする――ふりをしてから抱擁を解いたので、彼の腕に手を添えたイヴリンはゴドウィンとアイビーに向き直った。


「招待状のお返事にも書いたように、彼が私の同伴者のダレン・アトキンズです」

「お初にお目にかかります。ならびに、ご結婚おめでとうございます。イヴリンの婚約者の、ダレン・アトキンズと申します」


 そう言ってダレンがきれいなお辞儀をすると、アイビーが「婚約者!?」と悲鳴を上げた。


「そ、そんなの聞いていないわ! だいたい、あなたは二ヶ月前まではゴドウィンの――」

「僕たちは元々顔見知りだったのですが、今年の五の月に五年ぶりに再会しました。僕は、美しい女性になったイヴリンに恋をして――しかも彼女はちょうどフリーだったので、交際を申し出ました。そしてつい先日、僕と彼女の家族の間のみではありますが結婚の約束をしたのです」


 ダレンははにかんでそう言い、イヴリンの腰を抱いた。

 ……ゴドウィンはぽかんとしており、アイビーは顔を真っ赤にしている。


「……そう、だったのか? ええと、まあ、その……おめでとう?」

「……そ、そうね、おめでたいことだわ。でも……ダレンさん、だったかしら? イヴリンさんはあまり愛想がなくて、おしゃれの才能もないつまらない女性だと、夫から聞いておりますよ」


 アイビーは愛想笑いをして、ふう、と切なげなため息をついた。


「その……こんなことを申し上げるのは非常に心苦しいのですが。イヴリンさんでは、ダレンさんを幸せにできないのでは、と思うのです」

「おい、アイビー――」

「そうですか? ……僕の顔、そんなに不幸せそうに見えますか?」


 ダレンはきょとんとして言い、ゴドウィンとアイビーを見て満面の笑みになった。


「僕はイヴリンと再会して、交際を始めて、結婚の約束をして……毎日がとても楽しいのです。それに僕は、イヴリンは愛想がないとかおしゃれの才能がないとか、そんなこと思いませんよ? いつもかわいく甘えてくれるし、僕とのデートのときには着飾ってくれるし。……あれ? もしかして新郎さんがイヴリンの魅力に気づいていなかっただけじゃないのですか?」


 ……その言葉に、ゴドウィンの口元が引きつった。

 彼は、アイビーとの浮気に夢中になりイヴリンを放っておいた自覚がある。だから、ダレンに指摘されてぐうの音も出ないのだろう。


「あと、それから……そんなイヴリンにあれこれ贈ってあげるのが、とても楽しいのです! イヴリンにどんな色が似合うか、どんなデザインのドレスが素敵か……そういうことを考える時間が楽しいですし、僕が贈った服を着て笑ってくれるイヴリンを見られれば十分です」


 ダレンはそう言って、「あれ?」と首をひねった。


「考えてみれば、イヴリンっていいところしかないですよね? でもなんであなたたちはわざわざ、彼女のことを悪く言うんですか?」

「そ、そういうつもりでは……」

「わたくしたちは、その……ダレンさんのためを思って助言を――」

「あ、そういうの結構です! 僕は僕の力でイヴリンのいいところをたくさん見つけますし、それに彼女は二人きりのときだと案外……」

「も、もう、そこまでにして!」


 イヴリンがぱっとダレンの口を塞ぐと、彼はもごもごしつつも笑った。


 イヴリンはため息をつきたい気持ちになりつつ、ゴドウィンとアイビーを見て気丈に笑った。


「……彼も言ってくれたように、私は今、とても幸せです。こんなに幸せな時間があるものなのだと、二十二年生きてきて初めて知りました。最愛の人と巡り会う機会を与えてくれたお二人には、感謝しかありません」

「……ということで、僕の未来の奥さんはとても恥ずかしがり屋で、そこがとってもかわいいのです。いくら僕の恋人がかわいいからって、ちょっかいかけないでくださいね?」


 イヴリンが毅然として言い、ダレンがのろけで締めると、ゴドウィンもアイビーもそれ以上何も言わなかった。

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